久遠の先は、茜射す道

桜泉

第一話 序章

 その男、名を峯と申します。

 男と申しましても、まだまだ小僧で御座ります。

 生まれはオノコロシマ。

 郷士ごうしかしらにて、たいそうな網元の御曹司で御座りましたが、明治維新の果てに、仕官していた御先祖様の身分が無くなり、拝領した領地は小作人のものになってしまいました。

 港から山の上まで、他人の土地を踏むことなく屋敷に帰れましたものを、御国の方針とは言え、いささか思うところも御座ります。

 まぁそれでも、山と屋敷は残りましたので、界隈では屋敷の峰さまで通っておりました。

 祖父の代で殿様商売を始めたのが、没落の切っ掛けで御座ります。

 荷を買っては雇いの船頭に任せ、我は客船で逢坂おうざかの港へ行くなど、盗んでくれと言っている様なもの。儲かる筈も御座りませなんだ。

 そうして財を無くする当主も果てて、方々に散った土地を買い戻したのが、峰の父で御座りました。

 田畑もあり、生活には困りませなんだが、これと言って、次男三男に財を分けるほど、金銭に変わる収入も御座りませなんだ。

 峰が尋常小学校を卒業した年に、縁あって、それなりに名の通った御店おたなへ、奉公に上る事となりました。

 立売堀いたちぼり界隈でもハイカラな、西洋洗濯屋で御座ります。

 丁稚でっちの身分は、まぁ色々と辛いものが御座りまするが、この峯にとって、堪える程に酷い仕打ちでは、御座りませなんだ。

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