神域に至る王 VS 神格を殺す者
硬貨が跳ねてから、音が鳴り終えるまでの刹那。
殺到する七つの
「その蛮勇と胆力だけは褒めてやる。だが王を前に狼藉が過ぎたな」
あくまで決闘という体を採ったのは王の矜持を通す為。始まってしまえば小娘一人の為にくれてやる時間など一秒すら惜しい。
再び木製の椅子に腰掛けんと踵を返した魔王ムルルガイは、ふと肌に覚える熱に疑問を抱いた。
陽光の熱ではない。もっとより確かな、灼熱の兆し。
「出力、倍化〝五千倍〟」
振り返ることはしない。一歩も動かぬままに、魔王の意思はオーブに乗せられ抉った丘だった地形のさらに先を射貫く。
だが仕損じた小娘の気配は途絶えない。派手に巻き上げた土煙に紛れ、魔王の周囲には眩く輝く九つの光玉が配置されていた。
陽向家当主、陽向旭の真名は『九つの日を重ね束ねる者』。擬似太陽の光玉を合わせて九つ、自身の思いのままに操るその力は魔王のオーブとよく似ていた。
そして真名を用いた奥義、退魔の本式。退魔の直系たる心身に宿る存在そのものを具現させる秘奥。
陽向旭の場合は、擬似太陽を束ねた火行の極致。
明けの明星を押し退け、宵闇を照らす極大の夜明けこそが当主の本意気。
通常不可能とされる他者の真名解放の行使。規格外の神童とされる陽向日和は、その不可能を〝模倣〟の異能を以て可能に覆す。
加えてさらに〝模倣倍化〟によってその威力は叩き上げられ、本来の真名保持者の威力を容易く超える。
「展開、模倣〝退魔本式・
魔王を中心に円形に囲われた九つの光玉は一際眩く光を放ち、直後に爆裂。全方位へ振り撒かれた熱量は残る丘の全てを平らに融かした。
「…貴様」
溶岩と劫炎に呑まれる魔王ムルルガイは、オーブの一つを足場としてそれ以上の被弾を避けていた。他六つのオーブが魔王の周囲で結界を張り溶岩地帯と化した戦場の熱力を阻む。
「どこ、見てるの」
行方を見失った小娘の声はすぐ上から。やはり視線を向けるより速くオーブの結界六重を頭上へ分厚く配置する。
大した体重も乗せられないはずの童女の踵落としは、どういうわけか結界の四層までを蹴り砕いた。
「…、〝劫火壱式・鳳発破〟」
退魔師が基礎中の基礎として覚える五行法。火行の壱。
結界に触れる小さな足の踵から火球が一つ生み出され、言霊として吐き出された銘と共に爆ぜる。
「…!」
残り二層が爆発に耐え切れず割れ、魔王は足場として使っていたオーブごと溶岩の海へ叩き落とされる。
まだ終わらない。魔王にせよ魔神にせよ、この程度では討ち滅ぼせない。
自身も落下するまでの間に指を一つ立て、追加で唱える。
「解放、〝退魔反転式・落陽〟」
〝反転〟の異能発動。〝旭光〟の術式を再構築しその効果を裏返す。
火行の奥義は翻り、熱は奪われ大気を凍て付かせる。
融解しながらも大地を舐め続けていた溶岩はその一言で全て氷結し、その内から一つ、巨大な氷柱が突き出る。中には日和に蹴り飛ばされた状態で静止している魔王の姿が閉じ込められていた。
「〝我が身は陽を宿す者〟」
凍土の上に着地し、言霊を紡ぐ。
「〝重なる陽極を讃え、納めた祝詞に誓いこれに遵守を示せ〟」
氷柱が割れる。オーブが回転して巨大な氷塊を次々と粉砕する様子を日和は見上げていた。
当然だ。まだ仕留めていない。
「〝その陽は撫ぜ愛でる調和の恩光〟」
だから使う。これこそが自身の真の力。退魔師の本領を意味する名を遣う。
「真名解放、『陽向日和』」
優雅に降り立った貴族風の王は、しかし動作とは裏腹に臓腑を煮え滾らせる憤怒を隠し切れていなかった。
「小娘。貴様」
「どうでもいいけど」
何事か呪詛を吐き出そうとした魔王を遮って、準備を整えた日和がひんやりと冷気を放つ氷上に厚草履を滑らせて一歩前に出る。
まったくどうでもいい。魔王の言葉になぞ耳を貸すことはない。敵は敵でだけあればいい。殺すことだけ念頭に置き、それ以外にはなんの感情もいらない。その一点に関してだけは、日和は人外滅殺主義の義兄晶納に僅かなり賛同するものがあった。
今の日和が気にするところは一つだけ。
「命の替え、あといくつ?」
魔王を取り巻くオーブの数が六つになったことを確認して、殺す残りの回数をただ問うた。
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