量産作家
asai
量産作家
深夜2時前。
パソコンの前で貧乏ゆすりをしながら手荒くスクロールしている男がいた。
食べ終わったカップ麺の容器の中に、コバエが出入りしているのにも見向きもしない。
作家志望の彼は小説投稿サイトを険しい顔で読み漁っていた。
プログラマーとして働いていた彼は、仕事もプライベートにおいても、
誰にも評価されない自分の現状に全く満足していなかった。
アイデアの量と質ならば他の人には負けない。根拠のない自負が彼にはあった。
しかし、それを誇示する手立てがなかった。
そんな時、ふと、一人で完結できる小説という表現に行き当たった。
仕事の合間に書いた初めての小説にたまたまコメントがつき、
褒められることも認められることもなかった彼の自尊心は久方ぶりに満たされた。
その後も定期的に投稿しては、たまにつくコメントが生きがいになっていた。
この調子で量産していくと、きっといつか評価される。
灰色の毎日を支えるアイデンティティになった。
浮き足立った彼はその勢いで仕事を辞めて、自称専業作家になった。
周りには、小説を書いてることを吹聴しプライドを高めていった。
そしてもちろん彼自身も、ゆくゆくは星新一のように量産型の作家になれると思っていた。
しかし現実は違った。
最初こそ、定期的に物語を書き上げていたが、
次第にネタが尽き、10作品ほど書いたあと、何も書けなくなってしまった。
その作品も誤字脱字や論理的飛躍が散見されるもので、
決して自信満々に人に見せられるようなものではなかった。
彼はかつての自分の作品についたコメントを何度も見ては、
肥大したプライドと見合わない能力を棚に上げて、
他者批評で自分の立場を作ろうとしていた。
「ちっ」
舌打ちをしながら、新しい物語を書くわけでもなく、他人の小説にネガティブなレビューをしていった。
彼の中では彼が一番だった。
「くそ、これの何が面白いんだよ、こんなのただの文字の羅列だろ、くだらねぇ」
自分のやってることを批判していることになっているのを知ってか知らぬか、頭を掻き毟った。
「そうだ」
彼は作品を量産できる方法を思いついた。
やり方は簡単、
一文字ずつ文字の羅列を作っていくだけ。
きっとその中には名作も生まれるはずだ。
彼は慣れた手つきで簡単なプログラミングを打ち、
毎秒五千字打たれるテキスト生成ソフトを作り上げた。
彼には機械学習の技術も実装の仕方もわからなかった。
ただただ、「あ」から順番に文字を生成するだけであった。
あ
い
う
え
お
・
・
ん
ああ
あい
あう
、、、
二列目が最後の「ん」までくるとまた三行目から始まった。
これを全て保存するという気の遠くなる工程だったが、
彼自身、手を動かさないため問題なかった。
彼は作品とは到底言い難いそれらをカクヨムに上げていった。
しかし、サーバーに大量の負荷がかかりカクヨムは彼にアラートを発した。
彼は辞めなかった。
カクヨム側の最後の警告として、これ以上投稿すると、訴訟も辞さないという通達とともに、強制的に退会させられた。
彼は、わずかな貯金と数多の借金でハードディスクを買い集め、
プログラムが吐き出し続けるテキストを保存し続けた。
それでも足りないハードディスクや、PCの維持費と膨大な電気代を払うために、
彼は働き始めた。
働いている間にも、1秒にいくつもの彼の作品が作られる。
それを生きがいに、彼は働き続けた。
世界で最も作品を生産しているというアイデンティティがモチベーションだった。
彼がいきているあいだは、読むに値するストーリーは一話も出来なかった。
一生作家志望で死んだが、死ぬ間際も満たされていた。
彼は生前買い揃えた膨大なハードディスクとソーラー発電とともに、
死後もテキストを生成する仕組みを、山奥の誰もいない小屋に作り上げていた。
大地震や大洪水、大恐慌や世界戦争が起きても
プログラムは文字を紡ぎ続けた。
彼が死んでから数十億年後、たくさんの短編や長編ができていた。
文字の羅列は、この世に生み出されるであろう物語は全て作り上げてしまった。
とうとう彼こそが史上最も作品を作った人間になった。
しかしだれもその作品を、その偉業を讃える者はいなかった。
それを見て、喜ぶものも一人もいない。
読み手の人類がいない。
残ったのは羅列だけだった。
しかし彼は、成し遂げたのだった。
量産作家 asai @asai3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます