第153話 ダンジョン開放前夜

大変ご迷惑お掛けしております。

お待たせしました!













 海中の底、水深でおよそ千メートルの地点に建造物が沈んでいるのを、潜水中に見つけてから暫くして、ソリトは東島の砂浜ビーチまで戻り、宿へと帰った。


 気になりどうにかして行けないかと、ソリトは初めに潜水を試みた。

 だが水深二百メートル付近の浅海で息が限界となり、失敗に終わった。

 限界まで空気を取り込んでも十メートル弱伸びた程度。


 普通の潜り方では決して辿り着けないのは想定内。

 何処まで潜れるかある程度把握するのが目的。

 その上で次は普通の潜り方から【空間機動】で足場を作り海底まで跳躍するという少し枠から外れた方法を試みた。


 結果、五百メートルまで到達した。が、十、二十と深く潜る程、体は海中の水圧で重くなり、跳躍速度が減速していき、最後は息の持続時間で終わった。


 一度東島、本島へと戻り街の魔道具店や商店等で水中で自由に呼吸出来る物はないか訪ねてみたが、聞いたことがないと言うことだ。


 振り出しに戻ってしまった。

 そうして、宿へと向う途中も、ダンジョン開放前夜で多くの者が活気づき、改めて何処のダンジョンに行くかと予定を確認している声が聞こえたりと、賑わっている最中も海底にある遺跡へ行く方法を考えるソリト。

 そして、一階の食事処で食事する今も尚。


 その傍らで、ルティア、ドーラ、聖剣、聖槍、クティスリーゼの四人は楽しそうに食事をしている。


「ドーラちゃん美味しいですか?」

「お魚おいしいやよ!」

雑食トカゲ。何でも食べる」

「ちゃんとおいしく食べてるんよ。あとなんか腹立つやよ!」

「ドーラちゃん落ち着いてください。師匠も余りドーラちゃんに喧嘩腰な発言は止めてください」


 ルティアは少し眉間に皺を寄せた顔で聖剣に言った。

 弟子に止められたからか、聖剣は不機嫌に頬を膨らます。


「むぅ…弟子が反抗期」

「反抗期違います」

「手慣れてますわね」


 夕飯で早々に注文したカルパッチョを食べながら一部始終を見たクティスリーゼは、


「まぁ、これが日常的になれば、ね」

「二人の間に入って仲を取り持つ行動すら出来ないうちなんて……死ぬしかないッス」

「自分を折って自害するほうが難しいですから!痛いですし、苦しいですから止めましょう!」


 陰気な雰囲気を纏い始めた聖槍を必死にルティアは捲し立てて必死に止める。


「うっ…でも、ルティアさんに迷惑と心配を掛けるくらいなら消えたほうがマシッス…」


 逆に聖槍の卑屈を強める事になったようだ。

 その故、ルティアはどう止めたらいいのかと指をピクピク震わせながら慌てふためいている。

 その時、今度は聖剣が聖槍に声を掛けた。


「聖槍。卑屈止める」

「は、はいッス」


 すると、聖槍から陰気な雰囲気が消え、大人しくなった。


「これから聖槍様は師匠に任せた方がいいですね」

「精進。ガンバ弟子」

「ザ・師匠みたいな励ましで拒否されたぁーーーー!」

「あぁ…わたくしの性癖に慣れてもらって、ルゥちゃんにたくさんツッコまれたくなりますわ」

「クゥちゃんの性癖に慣れたくないわーーー!」

「心に刺さる鋭いツッコミ…久方ぶりに再会した日にされていれば、ソリトではなくルゥちゃんに対してこの性癖を向けていたかもしれませんわ」

「そんな可能性聞きたくなかったです!」

「お前らうるさいぞ。食事は静かにするもんだ」


 考え事をしながらソリトは、冷静な声で全員に指摘し、魚料理を口にする。


「普段なら師匠やクゥちゃんたち側として弄ってくるのに、真面目に返された!」

「当たり前だ。お前は〝変対〟なんだから」

「言葉はヘンタイなのに、お前が対処担当だろ、と感じる気がするのは何故でしょう」

「何を当たり前なことを」


 その瞬間、ルティアは愕然とした表情を浮かべて口を開いた。


「あーーーーーーー!当たってたぁーー!そんな不名誉っぽいの嫌ですよ!」

「ルゥちゃん、それは流石にわたくしも傷付きますわ」

「普通!いや普通で良いですけど、ソリトさんとの差が逆に怖い!」

「この性癖を晒すのは心に決めたソリトご主人様にだけですの。ですから、ルゥちゃんに晒すのは女の子が好きな事だけですわ!」

「もう遅いですし、そんな事実は知りたくなかったです!」


 一瞬ソリトに視線を向けた後、胸を張って堂々とクティスリーゼの発言に、いつも以上に鋭くツッコミをするルティア。

 癖の強い聖女と聖槍が新たに加わった事で、ここ最近はとても騒がしい。


 だが、ソリトは不思議と孤児施設にいた頃のようで悪くない気分だった。


「ソリト達もこの宿だったのか」


 背後から聞こえてきた覚えのある声に、ソリトは振り返る。

 そこには、ソリト達の前の船でダンジョン島へ訪れて【雨霧の勇者】のシュオンとそのパーティメンバーがいた。


 たった今食事に来たようで、料理の盛られたプレートを手に持っている。


「ん?君等もこの宿か」


 今度は、前の方から聞こえてきた声に顔を正面に向けると同じく先の船で訪れていた【日輪の勇者】グラヴィオースとパーティメンバーがいた。

 シュオンと違い、彼の手にある料理プレートが筋骨隆々な逞しい体躯と百八十センチはあるであろう身長ゆえに小さめに感じる。


「「「…………」」」


 そのままソリトはシュオン、グラヴィオースの二人と共に無言で視線を交わらせる状態を続ける事になった。


 シュオンだけならまだ先程の問い掛けに対して返事を交わすくらいの事は出来ただろうが、グラヴィオースは顔見知り程度であっても知り合い、親しい等の間柄という程、距離感が近くない。

 ここでシュオンだけに返事を返せば、面倒な展開になりそうな予感もあり、ソリトは沈黙を貫いている。


 シュオンの方は自分から切り出すべきか、もしくはそのタイミングを失ってしまったのか、ソリトとグラヴィオースの方に視線を彷徨わせている。


「とりあえず、席にお座りになられる事を提案致しますわ。いつまでも立っていては他の宿泊客の邪魔ですので」

「クティスリーゼ殿の言う通りだな」

「うむ」


 クティスリーゼの言葉に従い、シュオン一行はソリト達の右側のテーブル、グラヴィオース一行は左側のテーブルにそれぞれ座った。


 沈黙は続く。

 すると、クティスリーゼがソリトのコートの袖を突っついてきた。

 振り返ると同時に、彼女は話しかけるんですの、と手で小さくジェスチャーを入れる。


 めんどくせぇ、と思いながらもソリトはシュオンとグラヴィオースの方に少し気になった事を切り出しとして話し掛ける。


「二人揃って同じ宿なのか尋ねてたが、宿に案内されたんじゃなかったのか?」

「私達は御者に宿まで運んでもらい、ダンジョン発生地を事前に確認しに行ったのだ。宿の案内は街に戻ってきた時だ」

「俺達の方も同じだ」

「……御者が侯爵家の従者かは聞いたのか?」

「いや、聞いてないな」

「俺も聞いてはおらんな」


 ならば、発生地の確認は最低でも宿に着いた後に荷物を宿の従業員に運んでもらうべきだろう。

 確かにアーランド侯爵の人間が用意した馬車なら多少の信頼を置いても良いかもしれない。

 だが、その御者が侯爵家の従者か分からないのならば、質の悪い人間の場合、道中で荷物のほんの一部を盗まれていた可能性もある。


 ソリトが人間不信であり、疑り深く、考え過ぎという事もある。

 あるが、想定はしておくべきだ。

 それを言うほど親しくはない為、シュオン達にソリトは口に出すことはない。


「せめて、宿に荷物を預けてからにしておけ」


 これくらいの助言はしておこうと思い、ソリトはシュオン達に言いながら食事の手を進める。


「そうだな、今度からはそうするよ。ありがとうソリト」

「それで、君達の方はどうしていたんだ?」


 直後、グラヴィオースの言葉にルティア、クティスリーゼ、聖槍の三人が喉を詰まらせる声が漏れるのをソリトは耳にした。


 自分達だけ海でバカンスしてました!なんて言い辛い。

 それは理解できる。

 しかし、明日からダンジョンという未知の領域に挑むのだから一時ひとときの間、リフレッシュする事にやましいことなど一切ない。


 だというのに、


「どうしますか?私達だけバカンスで海に行きましたなんて言えません!」

「くっ…わたくし、今だけ【天秤の聖女】である事が恨みがましく感じますわ」

「うち達の人生これで終わりッス。憐憫と蔑如の視線に晒されて生きていくんス……」


 テーブルの中心に集まって小声で話し合っている。

 自分の人生を卑屈に想像している一本槍もいるが、つい最近いつも通りになっているなので問題ないだろう。


 しかし、万が一ということもある、とソリトはとりあえず諌めておいた。


「ドーラ達は海で遊んでたんやよー!」

「「「……!?」」」


 その時、ドーラの正直な発言により、三人の話し合いはあっさりと無駄になった。

 すると、グラヴィオースが大きく高笑いをし、ドーラの座る右側の席の前まで回り込むと屈んだ。


「ドーラというのか?」

「………うん」

「海はどうだった?」

「…た、楽しかったやよ」

「うむ、そうか。肉体や精神を休めるのは時に大事な事である。海は心を解放する。精神を癒すに最適な場所だ。子どものうちに元気に遊べ!」


 一瞬ソリトは、あれ?何度かドーラと会ってるよな?、と疑問に思った。


 確かに、ドーラはアルスの魔物群スタンピード、その後の雪山での戦闘の二回。

 しかし、どちらもその時ドーラはドラゴンの姿だった。

 つまり、グラヴィオースとは人の姿ではこれが初めてであり、ドーラからの印象は最悪。


「ドーラ……」

「ん?」

「ドーラ、あるじ様をイジメたおじさん嫌いなん!近づかないでほしいやよ!」


 グラヴィオースの表情を少し険しそうな顔に変えて、膝をついた。

 ソリトが、子どもが好きなのか、と思っているとグラヴィオースが何かを呟いている声が聞こえた。


「……さん…は、ない」

「ん?」

「俺はおじさんではなぁーーーい!」

「「「グラヴィオース様ぁ!!」」」


 グラヴィオースが食堂を後すると同時に彼のパーティメンバーは自分達の頼んだ料理を急ぎかき込んで食べ、律儀に食器を置き場に持って言ってから全力で追いかけて行った。


「食うのかよ」


 なんて一言だったが、すぐに追いかけろよ、リーダーだろ、律儀なのか分からんわ、とソリトは内心でツッコミ三昧だった。

 しかし、ルティアと比べるとキレもない普通の感想に過ぎない。


「聖女、お前がナンバーワンだな」

「何がですか!?」

「ドーラ、言い忘れてたがアイツの件は水に流したんだ」

「そうなん?」

「ああ」

「無視しないでください!謎のままモヤモヤして気持ち悪いので!」

「話せとも好きになれとも言わない。モヤモヤしてるかもしれないが、一応許してやってくれ」

「わかったやよ」

「なんか良い感じに利用された!」

「皆様、早く食べないと料理が冷めてしまいますわよ」

「なんかクゥちゃんの言葉に納得出来るけど納得できません」


 ルティアの不服な言葉と共にソリト達は食事を再開した。

 グラヴィオースの事はパーティメンバーが何とかするだろうと考えて。


「それにしても、グラヴィオース殿はおじさんと言われることに対して本当にメンタルが弱いようだ」


 隣のテーブルで自身のパーティメンバーと食事をしているシュオンが笑い声を漏らして話を切り出した。


「確か、会議で自己紹介をしている最中にソリトがおっさんと言って傷ついておりましたわね」


 それにクティスリーゼが言葉を返すと、続けてルティアが会話に入る。


「おっさん、おじさんというワードに関してはガラスのようにパリンと割れてしまう方なんですね」

「そのようだ」

「割る…」

「……ドーラ後であやまりに行くやよ」

「じゃあ後で一緒に行きましょう」


 ルティアが微笑みながら言うと、ドーラは嬉しそうに返事をして頷いた。


「助言。誠心誠意丁寧に、頭を下げてこう言う。おじさんって言ってごめんなさい、おじさん。と」

「いや余計に傷抉ってますって師匠!」

「…そそ、そうッス。み、身が裂けるッス……」

「それはそれで怖いですよ」

「そ、そうッスよね。身が裂けるべきなのはうちだけで良いッスよね。役立たずな一点を突かれてバキッと裂けるように…」

「ホラー!怖い話はまた今度にして」

「所で、ソリト達は…」


 シュオンが話題を切り替えた瞬間、ソリトはテーブルをバンッ!と叩いて席から立ち上がった。


「そうだ、それだ!一点を突いて割れば良いんだ!」

「グラヴィオースさんのメンタル割ったらダメですって!」

「そうと決まれば限界直前まで特訓だ!」

「え、あっ!ちょっとソ……」


 ソリトはルティアのツッコミに反応することなく、食器置き場に綺麗に完食した後の食器を返して、宿を飛び出した。






 ソリトが宿を飛び出していった直後、


「「「「「……………」」」」」

「……特訓って…ソリトさん本当は許してない?」

「す、直ぐに!早急さっきゅうに止めに行かねば!」


 ルティア達は早々に食事を済ませシュオンのパーティメンバーに片付けを頼みソリトを探しに行った。


 しかし、結局見つからず、宿に戻ってきたに説得することになった。

 そして、帰ってきたソリトを必死に説得しようと決まった二時間後、彼は今にも倒れそうなくらいに酷く疲れた顔で話をする状態ではなく、大人しく道を開けて宿に入るのを見ている事しか出来なかった。


 ただ、その時、一人だけ訝しんだ顔でソリトを見ている人物がいた。

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