第132話 懐かしの味

 苦悩の叫びが部屋中に響いた後、仕方なく罵声を浴びせるとクティスリーゼは満足した。

 ソリトはそれだけで寝起きからごっそりと体力を持っていかれた気がした。


 治療院には職員用の食堂があるらしく、おそらくそこで待っている筈ですわ、とクティスリーゼの案内でやって来ると、シスターマリーがいち早く気付いて、ソリト達に話しかけてきた。


「やっと来ましたね。お腹、空いてるでしょ?食事持ってきてもらうように頼んでくるわ」

「あ、シスター。なら一つ頼まれてくれないか?」

「え?」


 暫くして、シスターマリーが料理を乗せたカートを押して戻ってきた。

 ソリトとクティスリーゼの目の前に置かれたのは、ビーフシチューに付け合わせの小さなパンと小さな皿にもられた少量のサラダだ。

 その後に、この治療院の給仕の人らしき者達がルティアやドーラ、子ども達に同じものを配膳していった。


「本当にこれで良いの?」

「ああ。シスターマリーがいるからな。変た〜【天秤】はこれで良いか」

「はい。これがいいですわ」


 配膳されたメニューはソリトの暮らしていた孤児院でシスターマリーが特別な時に作ってくれていたものだ。

 例を一つ上げるなら、誕生日。

 と言っても多くの子ども達がいるので、その月の最後にまとめて祝われるのだが、その時に作ってくれるのがソリト達の前に出されたビーフシチューだった。

 食に関しては質素ではあるが困窮する程まではならなかった。

 ごく小さな農園で孤児院の皆で野菜を作り、少ない支給金をシスターマリーが切り詰めて食べさせてくれていたのだ。


 シスターマリー曰く、命と食さえあれば人は生きていられる、という事だ。

 勇者として活動してきた今ならば、その言葉の意味が良く分かる。

 命を大切にしていれば、大抵のモノにはなれるし、失敗してもいつだってやり直せる。

 餓えてさえいなければ、人はあらゆる事を行動に移せる。

 マリー・モリスがシスターとなる前の過去。モリス侯爵令嬢ではなくなった後の経験が彼女に教えてくれたのだとソリトは思っている。


「シスター、きょうはとくべつなひなの?」

「ええそうですよ。今日はソリトお兄ちゃんへの祝い事なの」


 どうやら、ソリトが仕送りを始めてからも特別な日のメニューは変わっていないようだ。


「ソリト兄ちゃん」


 今の孤児院の中で年長者の一人のカイが声を掛けてきた。


「ファル姉の事はその…凄く辛いし残念だけど、ソリト兄ちゃんが無実だったっけ?」

「ああ」

「無実が証明されて良かった!あと久しぶりに会えて嬉しかった!」


 ニヒッ、と歯を出して元気溢れる笑顔をカイは浮かべた。

 ソリトはそんなカイの頭に手を置いた。


「そっか心配かけたな。それと皆、すまなかった。お前らを危険な目にあわせた」


 間接的であれ、危険な目にあわせる原因を作った。

 ケジメとして、ソリトは頭を深く下げて謝罪した。

 その時、誰かが彼の肩にそっと手を乗せた。

 顔を上げると、シスターマリーが前にいた。


「ソリト、大丈夫よ。誰も貴方のせいだとは思っていません。確かに私達は横暴な王命によって危機に曝されました。子ども達の中には心に傷を負い、トラウマになった子も存在します。けど、皆あなたの事を恨んではいません」

「そうだよ兄ちゃん」

「ソォトにぃがわるーことなんてしないもん」

「うん兄さんの評判聞いてるし、私達は兄さんが優しい事を知ってる」

「だぜぇ」

「ごはんはやくたべたーい!」


 大切な人が裏切った。きっといつかシスターマリーや子ども達も裏切るに決まってる。

 もう誰も信じられない。

 ソリトはそう思っている。

 今でもそれは変わらない。


「ソリトさん!私達も忘れないでくださいね」

「もぐもぐんっ!ドーラも!」

「うううううちもッス。いや、こんな卑屈に信じられても困るッスよね!」

「卑屈却下。マスターの剣、聖剣ちゃんもいる」

「信じていなければ私も知らなかった性癖を出しませんわ」

「この都市を百周してから出直せ」

「ぼへぇ、ぎぢぐぅ!」


 いつからかは分からない。

 けれど、ルティアに付き纏われていた距離感を不思議と悪くないと感じる事が度々あることに最近気が付いた。


 真っ裸や下着姿の件も事情が事情とはいえ、協力などでの関係だけの女達がやっていい事ではないにもかかわらず、仕方ないと許してしまったのもその為だろう。

 でなければ、下着姿だったルティアに不調を体が報せている状態で、何度も密着するような締め技など出来ない。


 しかし、ソリトはそれを教えるつもりは無い。

 だけどもし、途中で自分の言葉を破棄して教えたとするなら。

 それはきっとそうする必要があると、その時のソリトが考えた時だろう。


「よし、飯だ」

「「「「「「「あれ…無視?」」」」」」」


 気にすることなく、ソリトはビーフシチューを一口食べる。

 口の中に広がったその味は頭の中がぽわぽわと浮かぶような心地好さに包まれた様に懐かしく、幸福感に溢れていた。


 そんな感傷に浸る所も含めてやはり自分はまだ子どもだ、とソリトは思っていた。


 その食後、クティスリーゼからファルが目の前で暗闇の中に呑み込まれてしまった事を聞いた。



 ――

 どうも、翔丸です。


 今日、映画ゆるキャン△を観てきました。

 やっぱり最高!!

 自宅で観てる感じで観てしまう程に面白かったです。

 そして泣けた!!

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