第120話 ファルへの違和感

 クロンズが押し黙った。

 その瞬間、殆ど一方的に話してしまってはいたが、ソリトの勝利で言い争いは決着したようなものだ。


「裁判を再開しても宜しいのですか?」


 決着が着いたという空気を感じたのか、時間的、或いは何か別の理由か、男性裁判官がソリトに声を掛けてきた。


「はい。ありがとうございます」

「待て!まだ話終わってない!」

「許可を得た原告が打ち切った時点で終わりとさせていただきます。被告は質問された事だけに答えください。拒否する場合は何らかの処罰を与える事もあります。宜しいですか?」

「くっ……はいっ」

「では被告人。先ほど読み上げられた内容に間違いはありますか?」

「「「「…………」」」」

「間違いはありません。ただ、孤児院の誘拐については一切関係ありません」


 クロンズ、フィーリス、アリアーシャ、グラディールの四人が口を噤んでいる中、ファルが肯定する。

 そして、その肯定は証言台の四人の視線を集めた。


「ちょっとぉなにいってるのぉ!言われた事はぜぇんぶ間違ってまぁあああああああ!!!」


 罪状が嘘だと否定した瞬間、アリアーシャにクティスリーゼの所持する【天秤の聖女】による制裁が与えられたのか、大きな悲鳴を上げた。


「アリア!?…どういう事!?何したのよ!!?」

「まさか…リリスティアよ、この裁判には【天秤の聖女】がおるのか!?」


 フィーリスが男性裁判官に問い詰めている端で、アリアーシャに起きた現象の原因が何か思い至ったらしいグラディールがリリスティアに問い掛けた。


「【天秤】って、サフィラス公爵令嬢のクティスリーゼか!!」


【天秤の聖女】が誰か今思い出したように、クロンズはクティスリーゼの名前を口にした。

 しかも、その顔は何故か気に食わないという表情となっている。

 痛みで苦痛に歪ませているアリアーシャや心配して寄り添おうとしていたフィーリスは【天秤の聖女】と聞いて慌てふためいている。


「静粛になさいませ!ここは法廷、そして現在は裁判です!!」

「確かにお前の顔に見覚えがある」

「はぁ本当に自国の公爵令嬢の顔を覚えていられないとは。それとも、それだけ女を食い物にしたという事ですか?」

「貴様!!」

「聖女殿」

「申し訳ございません。口が滑りましたわ」


 クロンズが逆上した所に男性裁判官が被せるようにクティスリーゼを呼んだ。


 クティスリーゼは堂々とした性格だと思っていたが、先の発言は中々末恐ろしく感じながら、ソリトはファルを見ていた。


「……そうか」


 ソリトは抱いていた違和感の正体が分かった気がした。


 この法廷に来てから突然泣き出しはしたが、それを除けばファルはずっと絶望するような顔も、諦めた顔も言動もしなかった。

 ただ静観に、全てを受け入れた様に質問された事には淡々と答えていた。


 だが、それがずっと気掛かりだった。

 それがクティスリーゼの、正しくは彼女とスキル【天秤の聖女】のお陰で分かったかもしれない。


 ファルは生まれてこの方、ソリトの知るなかで、旅の間一度も【天秤の聖女】クティスリーゼに会った事はない。

 どんな顔なのか見たこともない。

 服装も聖女らしい白、他にもアレンジされているが見た目はシスターの着る修道服と殆ど同じ。


 しかし、それは当たり前の事だ。

 ルティアやリーチェと同じであれば、普段は外套で覆っている筈なので、教会や法廷の人間、国の上層、その関係者が口を滑らさない限りはどんな容姿をしているのか知るのは困難。

 加えて他国の聖女、公爵家の令嬢ともなれば、余程の用事や気まぐれでない限り、王都から離れた孤児施設出身のソリト達が遭遇する事は無い。


 勇者一行としての旅の間に情報を得たという可能性もあるが、直接的には絶対にあり得ない。

 道中でも街中でもソリトといる時間で占めていた。

 クロンズと同行し始めてからは、何時からは分からないが性行も必ずソリトが眠りついた後だろう事から、情報収集をする時間はあってなかった筈なのだ。


 だから、ソリトがカロミオやカナロアからクティスリーゼの情報を得られたのは幸運だった。


 となると、ファルにも情報提供者がいた可能性がある。

 それが誰かはソリトも気になるが、今回はそこではない。

 知らない場合、アリアーシャやフィーリスの様に慌てる様子や驚愕する表情や言動を見せたりするものだ。


 なのに、ファルにはそういった反応が最初から無かった。顔の特徴を知っていたと仮定しても少しは驚く反応が漏れる。

 しかし、それさえ無かった。

 まるで、最初からクティスリーゼが参加する事を知っている様に落ち着いた反応。


 中央都市アルスに提供者が来ているという可能性もある。しかし、クティスリーゼが裁判に参加するという情報の為だけに態々収監されていた牢に侵入するだろうか。

 分からないことがやはり多い。

 考えれば考えれる程、土坪に嵌まっていくような感覚。

 それと同時にファルには隠し持っている何かがあるという考えが強くなる。


「ソリトさんどうしました?」


 姿勢や顔は向けず、姿勢を正したままルティアがソリトに小声で声を掛けてきた。


「ちょっとした疑問だ。気にするな」

「……後で、いえ…分かりました」

「そもそも証拠は!?証拠を出せよ!」


【天秤の聖女】クティスリーゼがいると分かった筈なのに、それでも尚認めようせずにクロンズが反論してきた。

 その姿に、周りは、マジかこいつ、みたいな顔で見ており、ソリトはそれを見て、どうして自ら自分を追い込むのかと呆れた表情を浮かべた。

 母親であるロゼリアーナは、溜息を吐き、肩を落としていた。


 しかし、クロンズの言っていることはまともだ。

 後にただの悪足掻き、言い逃れでしかないという付属が付くが。


「被告が反論をしなくとも次に行う予定でした。ですので、被告は他の被告と黙って一度席に戻ってください」

「………はい」


 先程まで勝ち誇ったクロンズの顔は恥ずかしさで真っ赤に染まり俯きながらファル達と共に兵士に連れられて座らされた。


「裁判の証拠提示は数年前に追加されたばかりなんです。そこは王族みたいですね」


 ルティアがクロンズに対して棘のある言い回しでソリトに説明してくれた。


「それでは原告側は証拠説明をお願いします」

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