第91話 不意討ち
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「あ、突っかえた」
「ふふ」
「聖女。今笑ったろ」
「すみません。でも、ソリトさんが可愛い反応をするものですから」
旧地下水路を西に進んだ途中。
水を流す水路分の小さな穴の空いた壁が先を阻んだ。が、水路側に鉄柵の付いた階段があった。
上がった先に続く通路を一キロ程進むと、更に階段が見えた。
奥には四角形の細い隙間があった。
それを押し上げた瞬間に突っかえてしまった。まさか、その失敗を、ではなく反応を笑われるとは思ってもいなかった。
「……人は失敗するもんだ。それより一段下がれ」
人の失敗を笑うよりは断然マシだ。それでも、少し気恥ずかしかったソリト。
それから、押し上げ突っかえたモノを位置を変えてから、もう一度押し上げ、横に動かし、ようやく外へと抜けた。
その直後、月光が射す。
一瞬の眩さが晴れた先は都市を囲う広大な荒野だった。
「ソリトさん、急ぎましょう。もしかしたら、都市全体に話が回ってる可能性があります」
「だろうな。俺を嵌めようとしていたんだ。しないわけがない」
「【調和の勇者】様。話し合いをする事は叶いませんか?」
会話の間に入って早々にリーチェがソリトに尋ねた。
「無理だな。傷は塞いだが、重症な姿の勇者と無傷の勇者。どちらの話に信憑性がある」
「それは……」
リーチェは答えを理解したらしく、その先を口には出さなかった。
とはいえ、冒険者に関しては全員は無理でもカロミオがどうかに説得する筈だろう。アルスの兵士については契約し損ねてしまったので、本当に中立になるのか分からない。
そこは会頭が善き判断を下すだろう。
「とにかく、皇国に向かっ…!」
ソリトは警戒していた。【気配感知】も【魔力感知】も常に張り巡らせ、聖女二人と使役する魔物以外周囲にいないことを把握していた。
そうして、皇国を目指そうと一歩踏み出した。
その直前。
足を踏み出す途中で、ソリトは頭部を撃ち抜かれた。
自身の範囲外からの攻撃をまともに受け、ソリトは【痛覚軽減】も呆気なく意識を刈り取られた。
把握不可。人物不明。
場所の特定、可能。
標的との距離、一キロ。
頭部損傷、【高速再生】発動。
だが、撃ち抜かれた頭が極力最低限の思考だけを巡らす。
そこに理性はない。
あるのは本能のみ。
「ソリ…!え?」
ルティアが叫ぶよりソリトの反応が早かった。
一キロ先の都市を囲う岩の高低差など無にする跳躍と速度で狙撃手の目の前に到達し、聖剣を抜き、反撃に出た。
狙撃手の正体は【雨霧の勇者】シュオンだった。その手にはシュオンの背丈と並ぶ程の大きな弩弓が握られている。
恐らくは聖武具。その大弓は長距離の標的に適した形態なのだろう。
「……!?」
シュオンが零に近い距離からの一撃とソリトの剣戟が衝突した。
その衝撃と反動でソリトは地上に叩き戻された。
それでも、シュオンの攻撃は反射的に必死に照準を合わせ、弦を引いただけ。既に弦を引き絞っており、反応出来た事は凄い。が、命中したのはただの偶然の結果に過ぎないだろう。
「…っ…痛ぇ」
言葉とは裏腹に立ち上がったソリトの体は無傷だった。
本能的に無意識に反撃し、直撃ではなかったものの弾き返された。
ぼんやりとだが、その原因が誰によるものか、何故反撃したのか、それが苛立ちによるものだったこと、たった今意識を取り戻したソリトは何となくそれらを理解した。
「まあ、お陰で目が覚めたから良いか」
シュオンへの対処は可能。
ただ、感知の外とはいえ【危機察知】が全くの無反応だった事からスキル【雨霧の勇者】を用いた攻撃だと判断する。
それでも脅威にはならない、とソリトは思った。
不意討ちだったとはいえ、夜闇の中でのシュオンの射撃精度と聖武具の威力に少々手こずる程度。他と連携を取っていれば脅威になりうるかもしれない。
しかし、それは無い。自身のパーティとは不明だが、他との連携に関しては無いと今回のスタンピードで証明されている。
とはいえ、相手にして他の追っ手に追い付かれるような行動を取る必要はない。
選択も変わらない。皇国のある西へ向かうだけ。
ソリトは【思考加速】内で方針を検討する。
「大丈夫ですかソリトさん!?」
そこへ丁度、ソリトの元にルティア達が駆け付け、合流した。
その直後、ソリトはルティアを背に、リーチェを左腕、ドーラを右腕に抱えて西に踏み出す。
その瞬間、逃亡を許さないと告げるように目の前に三本の矢が地面に突き刺さった。
「……っ!!」
【危機察知】が発動した。
視線を都市の方に向けると、光の雨が徐々に広範囲へと広がりながら、空へと上がり、雨のようにこちらへと降り注ごうとしていた。
シュオンは自分達が目指す理由を知らない筈。
この場合、何があっても逃げやすい方向へは走らせない為の牽制射撃と追っ手が追い付く時間稼ぎというのが答えに近いだろう。
回避は不可能ではない。
それに背には付き纏い、両脇には幼女と見た目成竜の子竜幼女。
迂闊にソリトへ攻撃する事は出来ないだろう。
逆に、その分西に向けて走れば進行を阻む猛攻が続く筈だ。
その時は猛攻を凌駕する速度で突破すれば問題ない。
だが、ルティア達が耐えられるず体に異常を来す、もしくは矢が命中して途中で足手まといになるのは避けたい所。
「……チッ」
ソリトが考えている間に光の雨とは違う矢が二本、足元に刺さる。
【空間機動】で上から行く事もソリトは考えるが、光の雨がそれを阻み、今は三人の内一人でも危険に晒すことになる。
風防御魔法〝エアリアルシールド〟で防ぐ事は出来るが、その場に留まっていればの状態による。
足を止めれば、更に猛攻が続き、追っ手が来る事になる。
リーチェに関しては保護対象となるかもしれない。
ただ、ルティアとドーラの場合はクロンズ達が危害を加える危険性が大いにある。
進路を変えるべきか。
「ソリトさん!何躊躇ってるんですか、西に進んでください!」
ルティアの声で現実に引き戻された。
「お前、何言ってんだ!?」
「ソリトさんは一人で抱え込み過ぎです!ほん少しでも良いので頼ってください!それともまだ証明は出来ませんか!?」
ソリトは今までのルティアの行動を振り返る。
完全に信用するには、まだ躊躇いがある。それでも、ほんの少し頼っても良いと思えるくらいの信用を勝ち取る証明となるには十分だった。
「ドーラも、あるじ様の力になるんよ」
「私には信用はございませんが、言われた通り同行する分はしっかりと補います」
ソリトは背にいるルティアに顔を一拍向け、再び正面を向いて、何も告げず一段階速度を上げた。
「【守護の聖女】様、防御魔法の準備をお願い出来ますか」
「わ、分かりました!」
ルティアがリーチェに援護を頼む。
それだけでソリトは、予想通りルティアが察した事を理解した。
無言が証明を認める答えであり、〝少しの間〟が入ってるかは別として、行動が背中を預けるという意味であることを。
「必要ない」
「ソリトさん!」
「無駄な消費を避ける為だ。それに俺の方が速い」
そう言って、ソリトは〝アインス・ガード〟で三人の防御力を上げ、更に一段階速度を上げる。
「負担はあるか?」
「無いです」
「ないやよ」
「ありません」
更に速度を上げる。
「うっ」
負担が掛かったリーチェの声がソリトの耳に入った。
ソリトからはルティアは様子を伺う事が出来ないが、ドーラに関しては楽しそうにしている。
【守護の聖女】には悪いが負担を少し背負って貰う、とソリトは速度を維持して疾走する。
『ひぃぃぃ!光の矢が一杯突き刺さってるッス〜!』
十秒後、ソリト達の背後に光の雨が降り注いだらしい。
それをルティアの手にある聖槍が狼狽えながらソリトに報せてきた。
『そうか。お前が後ろの様子を見れば良かったんだな』
『その手があったッス!死んでお詫びするッス!』
『お前ちょっと黙ってろ』
『ッス…………』
聖槍が何の卑屈も無しに黙った。
それはそれで何だが不気味な感じがある。
それはどうでも良い。
シュオンの射撃を突破するに十分な速度に足りるか否か。それが重要だった。
「ソリトさん、この荒野の先は密林が続きます」
「わかった。今の速度のまま行ける所まで行く。【守護】、体の負担が限界になる前に教えろ」
「わかりました」
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