第87話 逃亡

間違って消してしまった!最悪です。一瞬焦りませした!

応援するを押してくださった方々申し訳ありません。




 間一髪の所で影の中に逃げ込めた。だが、直ぐに騒ぎにされるのは間違いない。その前にアルスから出る為、ソリトはルティア達を脇に抱き抱えたまま影の中を駆ける。

 その間、ルティアから幾つか質問をされたが、その全てを無視して一つの建物の中へと出た。


「仕立て屋はいるか!」

「は〜い……何かしら?」


 店の裏から垢抜けた返事をしながらアランが出てきた。片手には酒瓶が握られている。

 そして、頬が赤い。どうやら酔っているようだ。


「あら〜ソリトちゃんどうし……」


 アランはそこで言葉を止めて、視線をキョロキョロ動かして、ソリト達を見る。特にアランはソリトを酒で赤くなった顔を青くした。

 ソリトの顔、黒い服で見え難いが返り血を浴びているのだ。事情を知らなければそうなるものだ。


「ルティアちゃんにドーラちゃんどうしたのよ!?特にソリトちゃん血だらけじゃない」

「ただの返り血だ。それより今は話してる暇はない。悪いが急いで聖女の服を一着見繕ってくれないか」

「ええ、直ぐに用意するわ!」


 そう言って、裏に急ぎ足で戻っていった。

 その間、ソリトは【気配隠蔽】で自分の気配を隠してアランを待つ。

 本当なら今すぐにでも離れたい。だが、離れられたとしても道中で見繕える見込みなんて薄い。行動するにしてもサイズの合っていない服を着ているのは端から観て怪しい。竜車の中に自作の服はあるが、知られている可能性を考慮すれば取りに戻るのは危険。しかし、アランであれば防具屋も兼任しているため動きやすい服の筈だ。

 そう考えて、ソリトは服を見繕える可能性のアランを頼る事にした。


 近い内に話を聞くことになるだろう。真実の捻曲げられた話を。それを聞いてアランが自分達の情報を売るなどの形で裏切るのなら関係はそれで終わり。特にソリトからは何もしない。二度と会うこともない。

 相手は売り手、こちらは買い手の関係。金銭での一般的な間柄。

 それでも世話焼いて相談や要望に真剣に取り合って貰った。それくらいの恩は返すべきだろう。

 唯に、裏切られたその時は、報復などせずに関係を断つだけにすると、ソリトは決めた。


「お待たせ!」


 戻ってきたアランの両腕には白い服が抱えられていた。


「すまない。いくらだ」

「いらないわ。都市を守ってくれたお礼とでも思って受け取って。急いでるんでしょ」


 事情は分からないが、ソリト達の見た目でただ事では無いことは理解してくれているようだ。

 後のアランの選択は先程決めた通り。今はその御厚意を受け入れてソリトは服を受け取る。


「世話になった」

「アランさん、ありがとうございます」

「ありがとうやよー」


 一言だけ言ってソリトは服を新たに手にして再びルティア達を抱き抱えたまま影の中へと潜った。


 闇、暗黒、虚空。

 その何れもが、それ以外の表現が当てはまってしまう程の影の中を駆ける。方向など分かるはずがない。だが、ソリトには道筋が視えていた。迷いなく疾走する。

 そして、目的地の真下に辿り着いた瞬間、ソリトは駆けながら影の中を抜けた。


「ひゃあああああああああ!」

「わぁい凄いんよー!」


 ルティアの悲鳴とドーラの楽しそうな感想を漏らしながらギルドの中へ出た。


「…………え……えっと、え?今……えっ?」


 ざざっ、と着地すると、以前一悶着あった際に間に入ってきたあの逞しい受付嬢のシーナがおり、影から現れたことに理解が追い付かずにソリト達に視線を泳がせている。


「受付嬢。その下にある通路を使う事情が出来た。使わせてもらうぞ」


 シーナの表情が変わった。それは疑念に似たものだ。


「ギルマスから何かあったとき援助するように言われております。ですが、その前に一つ。それは何かを犯したゆえの間違いで、ですか?」


 これが彼女の独断かギルドマスターのカロミオの指示で尋ねてきたのかは判らない。

 はっきり言ってしまえばそんな事はどうでもいい、とソリトは思っている。

 だが、是か否区別するなら。


「間違っているだろうな。だが、それは人の法からすれば、だ。俺の考えとしては間違っていない。俺はもう二度と目の前で……」


 そこで話すのを止めた。

 何を口にしようとしたのかはソリトも正直分からない。ソリト自身も驚いた。

 ただ、口にしようと思う程に嫌だった。それを目にした時、自分はきっとまた憎み、怒り狂ってしまうかもしれないと、脳裏に自分のかつての恋人がかつての仲間と体を重ねて合っていた光景が一瞬だけ浮かび、ソリトは客観的だがそう思った。


「時間がないから、俺が言える答えはそれだけだ」


 シーナは考える素振りを少し見せると、屈んでカウンターの下に姿を隠した。その後、直ぐに姿を現すとシーナは二つの袋をカウンターに置いた。


「初心者支給用なので最低限ですが、旅に必要な物が入っております。持って行ってください」

「軽い礼は必ずする」

「いえ、お構い無く」

「…分かった。聖女持ってろ」

「はい」


 ソリトはカウンターの裏に回ってシーナの隣に来て後、ルティア達を下ろした。

 床は板床でソリトは先程までシーナが立っていた場所を右手でゆっくりと下からなぞるように探る。

 すると、カチッと数センチだけスライドして小さな長方形の隙間が現れた。その隙間に指を入れて引き上げると、今度は下へ続く階段が現れた。


「ここを下りるんですか」

「ああ。中に入ったら光魔法で照らしながら下りろよ。ドーラはその後ろを付いていけ」

「分かりました」

「はーいやよー」


 返事をして二人は暗がりの隠し階段を下りていった。


「じゃあな。あと、忘れもんだ」


 そう言って、ソリトはカウンターに銀貨を数枚置き階段を少し下り、床扉を閉めながらギルドを後にした。



 到着した地下は〝少し暗かった〟。否、普通は真っ暗だと感じる暗さだ。【夜目】があるからということもある。しかし、影の中はその比ではないと考えさせる存在雰囲気を持っていた為、ソリトはそんな感想を抱かざるを得なかった。

 感想としては少々片寄っているがそんな事はどうでも良いのだ。

 そもそも、ルティアが光魔法で下りて行った筈なのに何故暗いのだろうかだ。


「ドーラいるか?」

「あるじ様だ!いるんよー」

「ならいい。で、聖女は生きてるのか」

「……ッ!?生きてますよ!勝手にこ・ろ・さ・な・い・で・ください!」

「生きてるんだったら光を灯せよ。いや灯す」

「ああっ…待って、待ってください!今着替えてるので待ってください!というか生きてるの分かってて言ってますよね!」


 この地下水路に着いてから最初から着替えてもらおうとは思っていたので、手間が省けたとソリトは成る程と納得しながらルティアのツッコミに微笑を漏らす。


「それは良いが、ちゃんと着替えられてんのか?」

「え、無視?……まあ、先程までの暗がりに比べれば目が慣れたくらいに見えます」

「……なら良い」


 考えが片寄っていたことは別としてだが。などと考えているとドーラの気配がこちらにやって来たことにソリトは気付いた。


「あるじ様、竜車とりに行っていいんよ?」

「ドーラ、あの竜車は置いていきます」

「えー!やーよー!竜車ぁ〜……」

「色々終わったら取りに戻る」

「ホント!?」

「ああ。今はこれで少し我慢しろ」


 ソリトは壁に掛けられていた松明ようの棒をドーラに渡す。


「なんやよこれ?」

「竜車みたいに前を歩ける棒だ」

「引けるん!?」

「それは無理だ」


 そう言うと、ドーラは不満げな顔で「つまんないんよ」と呟く。

 すっかり竜車を引くのがお気に入りなようだ。


「だが、その棒の先に火を着ければこの暗い中で俺達を引っ張る事は出来る」

「ドーラがんばるんよ!」


 嬉しそうに笑顔を浮かべてドーラは意気込む。それから少しして、ルティアが着替え終わった。ソリトはドーラの持つ松明の先端に巻かれた油の染みた布に着火させて、自分達の数メートル範囲を明るくした。


「な、なな何ですかこれぇぇ……!」


 ルティアの突然叫びにソリトは反射的に振り向いた。


「ッ!」


 流麗な形状。両腕を包む絹の滑らかな純白の手袋。両肩を顕にしているも華やかさと清楚さが服、ではなくドレス衣装から溢れている。また、ブーツとドレスのミニスカート丈の間から見えている脚は黒い布で包まれており、一言で表すと可憐という言葉が最初に思い付いてしまう、純白の少女がいた。

 しかも、適当なと言った筈なのにサイズが合っていた。


「どう、ですかね。これ」

「そうだな。とりあえず着替えたならこっちに来い」


 ソリトはひょいひょいと手招く。そして、目の前に来たルティアの額に指を伸ばし、人差し指に掛けた親指にグッと力を込めて普段よりも力増しに弾いた。


「〜〜〜〜〜!!な………いっ!」


 痛みに耐えきれず額を押さえてしゃがみこみながら、ルティアは何をするんですか、と痛みに歪んだ顔でソリトに視線を向ける。


「馬鹿かお前。犯罪者にしたくない。それは解る俺だってごめんだからな。それでも止める方法は他にもあったはずだ。制止の言葉を叫ぶだけでも、後ろから止めるでもな。聖槍もだが武器を突きつけて止めて協力関係を断つとは思わなかったのか?」

「……う………ぐ」


 どうやら自覚と考えはあったらしい。


「もしあるなら。反論を聞いてやる」

「…あの時、ソリトさんに余り、理性を感じられなかった、ので。私の力では拘束しても無理矢理動かされてしまうと、思いました」


 確かに、片腕を斬り飛ばし、それを目の前で燃やしたり、片目を潰したり。あれは確かに理性ではやれないし、そのまま腰斬をするにまで至った。

 クロンズは自分を殺しはしていない。だが、殺されても可笑しくない理不尽な結果を迫られた。後少しで目の前の聖女は一方的に犯されそうになった。その前には、クロンズ達が原因の件で人を殺してしまったと聖女はその日泣いた。


 人は信用出来ない。それでも許せないという感情を抱かないこととは別問題だ。

 そう、ソリトは許せなかったのだ。聖女の逢瀬など見たくなかったのだ。理由は知らない。

 だが、それでも感情任せになっていたのは確かで、それを考えれば何かで止めるというのは間違ってはいない。それで理性が戻り、聖女の覚悟を理解できたからこそ殺人に手を汚すことはなかったのだから。あのままクロンズの命を奪っていれば、今よりも事態が悪化するのは明確だっただろう。


「…………はぁ、もう良い。気がなんか削がれた」


 考えていくと、助かったのは間違ってはいないという考えが浮かび上がって怒る気力が何処かに置いていかれた気分になり、ソリトは頭を掻く。


「そ、ソリトさん?」

「多分、俺が来た時点で結果的には何かを押し付けられるんだろうしな。あの部屋にクロンズだけというのが可笑しかったんだ。ただ、一つだけ次は別の方法で止めろ。他は知らんが、あの行動は決別されても可笑しく無いからな」

「分かりました。ごめんなさい」


 ルティアは暗い表情になり顔を俯かせる。

 本気で反省したのだろう。ならばこの話は終わりだ、とソリトは話の腰を折る。


「それとさっきの感想の事だが。聖女らしくないな。あと目立ち過ぎて仕方無い。ここで着替えて正解だ」

「なっ!………ん?………そうですかぁ」


 驚いたと思えば首を傾げ、そして一人で納得して、ルティアは嬉しに顔を綻ばせた。

 先程の反省が嘘のようだ。


 その後、シーナから貰った袋にローブがあった。ソリトはそれをルティアに渡して服装を隠させた。その時、ルティアの方から一枚の紙が落ちてきた。


『ごめんね。これしか合うサイズが無かったのよぉ。でもパーティー用じゃなくて戦闘用だから心配しなくて良いわよ。それでも十分でしょ頑張ってルティアちゃん。アランより』


 一体何が頑張ってなのか気になったが、自分が見てはいけない物だったようだ、とソリトはルティアに返した。


「動きやすくて十分過ぎます。でも頑張れって何でしょう?」

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