第68話 side5 残念だ
時間は少し遡る。
あれからアポリア王国王都に辿り着いたクロンズ達、【嵐の勇者】一行はすぐに王城へと赴き、謁見を申し出た。
謁見は承諾され、クロンズ達は王の待つ玉座の間へと足を運んだ。
その奥ではがっしりとした身体付き、強面の顔にオールバックにした黒髪と髭を生やしたこの国の国王、ザラド・サンライトが玉座に腰掛けていた。
目の前にいるだけで圧倒的威圧感が堪らなく押し寄せる。
「よくぞ戻ってきた【嵐の勇者】クロンズ、そしてその一行達よ。して此度の帰還と謁見、何用があっての事だ?」
「は、その前に国王、不躾ながら女王様はどこへ?」
ソリトを連れてのクレセント王国での謁見では王妃の不在に疑問にも思わなかったクロンズが今回は疑問を抱きザラド王に尋ねた。
その疑問は然り。
アポリア王国は女王が統治する女系国家であるからだ。
ザラドは国王ではあるが婿養子だ。
唯に、クロンズが今回の謁見で女王不在に疑問を抱かざるを得ないのは当然のことだった。
「うむ、女王は今別件で他国に出向いている。不在では不都合な事でもあるか?」
「い、いえ、御座いません」
寧ろクロンズとしてはこの場に居合わせていないことを幸運に思った。
現女王であるロゼリアーナ・F・サンライト、彼女をクロンズは苦手としていた。ただ、それでザラド王に好感を持っているという訳では無く、女王同様に苦手意識を抱いている。
女王よりは苦手では無いというだけ。
ただし、ザラド王は国王という座に今は就いているが、それは女王が不在の場合のみ。
要するに代理である。
ザラド王は王配に属する以前はアポリア王国の騎士の一人として、剣士系最上位スキル【剣聖】を駆使し、だが、スキルの力だけに頼らず、様々な剣の流派の師範代と立ち合い、経験を積み上げ、魔族や魔物との数多の戦いを勝ち抜いてきた歴戦の戦士である。
そのザラドの威圧感のある目で見つめられれば、ひよっ子なクロンズは萎縮する。横に視線を向ければファル達も冷や汗を掻いている。
この場に女王までいれば声を出せたか、そもそもどうなっていたかクロンズは想像も浮かばなかった。クレセント王国の王の緩さが恋しくなるほどだ。
ザラド王はクロンズの返事に続いて用件を申すよう命じる。
生唾を飲み込み、一呼吸入れてからクロンズは話を切り出した。
「この度の謁見は自身を高めるために禁書庫の聖槍に関する記述本の閲覧の許可を得たく。もう一つはクレセント王国から勇者ソリトが聖剣を返還後、盗み出した事による奪還の協力の要請を報せに参った次第です」
「……それだけか?」
「え?」
予想外の言葉にクロンズは間抜けな声を漏らした。
そして、ザラド王の言葉がどういう意味なのか考える。
発言の許可無しに声を出せないためフィーリスやアリアーシャに視線を向け尋ねたが横に首を振られてしまう。
ファルもいるがフィーリスの隣におり、尋ねるにしても表情を窺うことが出来ない。
結局、クロンズは言葉の意味を理解できなかった。
「申し訳御座いません。ぼ、私達にはその問いに対しての報せに思い当たりがありません」
「で、あるか」
静寂が部屋を支配した。
「ならば、これにて謁見は終了とする。禁書庫への立ち入りはすぐに申請しておく。滞在するのであれば城内に部屋を設けよう」
「やったぁ!」
「アリアーシャ!」
現在、王と謁見していることを忘れたように歓喜の声を上げたアリアーシャをフィーリスは焦った表情で諌める。アリアーシャは顔を青くして慌てふためきながらザラド王に謝罪の言葉を述べた。
しかし、ザラド王に「よい、気にする事ではない」と許されたことでアリアーシャはホッと胸を撫で下ろすことができた。
「では、下がってよい、ただし【嵐の勇者】は残れ」
「……あ…は、畏まりました」
こうして謁見が終わり、ファル達一行、また護衛騎士にも外で待機しろ命令し下がらせ、玉座の間にはザラド王とクロンズだけになった。そして、静寂な空間に変わった瞬間、ザラド王が口を開いた。
「久しいなクロンズよ息災か?」
「はい、久しぶりです父上。父上も変わりないようで」
【嵐の勇者】クロンズ、本名クロンズ・サンライト。彼はアポリア王国の王太子であった。
しかし、現在は身分を伏せられ、一人の勇者として扱われており、王太子としての身分と権限は一時的に取り上げられている。
その真意をクロンズは理解してはいるが、権力を振りかざせない事がストレスであった。
しかし、今まで両親にも自分を隠して生活してきた為に今更反論を口にする事など出来なかった。
勇者として動くことになった時、自分で自分の首を絞めたことをクロンズは後悔した。
だが、今は極上の女が三人もいる中での旅の対価と考えれば安いと、それに〝まだ他にも手段はある〟からと受け入れていた。
「さて、クロンズ。何故今になって聖槍について調べようと思ったのだ?聖槍の訓練の時には余り気が向いていなかったと聞いているが」
「それは」
「まあ、それも込みでここに来るまでに起きたことを話せ」
クロンズはソリトとの決闘の内容は省き、行う事になった経緯と決闘は接戦だったとだけ告げ、聖剣の力の事を話した。
離れた場所でもその力を行使出来ること、魔法を打ち消すという圧倒的に強力な能力であることを。
聖槍の力を得れば、聖剣の奪還も容易になるだろうと。
その本音はソリトに一子報いてやろうと言う底の浅い考えだった。
「聖剣の解放か。なるほど、何かと【調和の勇者】にお前は刺激を受けているようだな」
「何を仰いますか!あの様な犯罪者に僕が成長させられているなどあり得ません」
「だが、現にお前はその決闘が切欠で聖槍の力を借りようとしている事は間違いようのない事実だ」
ザラド王の言っていることは事実。だが、クロンズはそれに対して納得することが出来なかった。
受け入れるなどソリトに劣っていると認めることと同義だとクロンズは納得出来ないのだ。
「そもそも、どこの馬の骨とも分からない孤児が勇者というのが間違いなのです」
「クロンズよ。それはスキルを授ける神を冒涜するものだ。言葉を慎め」
「う、申し訳ございません」
「それと孤児だからと決めつけるのは些か度が過ぎるぞ。視野を広く持て。国とは人だ。互いに支え合って成り立っている。そして王とはその道標だ。人としてもだが、孤児だからと見下すような心を抱くことはあってはならん」
「……はい」
ザラド王もロゼリアーナ女王も上に立つべき存在であると理解しながら、平等であるような考えを持っており、権利を振り翳すような真似を見過ごすことはしない。
クロンズもその教えを常に叩き込まれた。だが、小さい頃クロンズは一度だけその教えとは逆に権利を振り翳した。
それからクロンズは密かに気に食わないものや逆らうものに権利を振り翳していった。
そんな時、一部の貴族が反対派として活動していることを知ったクロンズは反対派と手を結ぶことにした。
現在は徐々に鎮静化してきているが、鎮静化された反対派はクロンズの一派とはまた別勢力で小さいもののクロンズの率いる反対派として活動している。
それからクロンズは両親に対して苦手意識を抱くようになり、日を重ねる度に募っていった。忌み嫌うまでに至らないのは親としての情がそうさせているのだと解釈して、クロンズは受け入れていた。
「してクロンズ、本当に言いたいことは無いのか?」
「はい、ございません」
「そうか……お前も部屋に戻り今日は英気を養え」
そして、クロンズは玉座の間を退場した。その時、ザラド王が悲しげな表情をしていたのをクロンズは見ることはなかった。
クロンズが退出したと同時にザラド王が自分以外誰もいない部屋で「〝影〟はいるか」と口にした瞬間、背後に黒装束の人間が音もなく何処からか現れた。
「これからクロンズの調査と動向を監視せよ!気取られる事は許さぬ。それとロゼリアーナにも報告を頼む」
念を押して、ザラド王が命令を下す。
「命に代えましても果たしてみせます」
そう言い残して、影と呼ばれた黒装束の人間はこの場から消えた。
「残念だ」
ザラド王はそう思った。
それは何に対しての言葉か知る者は口にしたザラド王だけである。
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