第47話 片鱗

 本当ならソリトは、フォローの必要性はないと踏んで、聖剣が前衛組と交戦中に後衛の方に回り込み戦う予定だったのだが、予想より速く終わってしまった。

 聖剣の実力は謎だが、あの三人では相手にならないというのは明白だ。


「やるか?」


 鍛えられた体つきが魔法系スキルの人間とは思わせない赤ローブと黒ローブの後衛二人に、ソリトは尋ねる。


「ノルドルらを倒されたままこっちも黙ってられねぇんだよ!」


 と、赤ローブが叫ぶ。

 ノルドルが三人のうち誰かは知らないが、とりあえず吹っ掛けてきたのは坊っちゃんと自分達にもかかわらずお門違いの憤りを感じているのは理解した。


「理由はどうでも良い」


 続行するかどうかの是か非を聞ければそれで良い。

 しかし、後衛二人はここで戦闘から手を引くべきだった。ソリトが坊っちゃん貴族に放った初級火魔法を詠唱を唱えること無く発動した意味に、初級火魔法が中級レベルの威力である事を疑問に思うべきだった。


「クソガキ!」

「風の精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者を風撃の刃で切断せよ〝ツヴァイブ・ウィンドスラッシュ〟!」


 赤ローブが吠える間に、青ローブが風魔法を唱える。同時にソリトは、想像詠唱で初級風魔法を放ち互いの魔法をぶつける。


「〝アインス・フレイムボール〟!」


 相殺したのを確認し続けて今度は無詠唱で火魔法を放った。

 その瞬間、驚愕の光景に目を見開ていた二人の意識が引き戻された。


「か、風の精霊よ我が声を聞き届け、我等を守護せよ〝エアリアルシールド〟!」

「水の精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者に水塊の爆撃を射出せよ〝ツヴァイブ・アクアブラスト〟!」


 ソリトの火魔法を青ローブが風魔法の盾で防ぐ。その隙に赤ローブが中級の水魔法で反撃する。

 二つの魔法に微笑を浮かべながら、ソリトはそっくりそのまま同じ魔法を放つ。


「風の精霊よ、我が声を聞き届け、我を守護せよ!〝エアリアルシールド〟!」

「水の精霊よ、我が声を聞き届け、彼の者に水塊の爆撃を射出せよ〝ツヴァイブ・アクアブラスト〟!」


 風の盾が相手の水魔法を防ぐと同時に後衛二人にソリトの放った水魔法が直撃し、背中から壁に突き飛ばされた。

 呼吸をしようと酷く咳き込みながら、離れたところから睥睨へいげいするソリトを二人が見る。


「そ、そこまでです。この決闘は……」

「ふざけるな!」


 坊っちゃんが怒りに顔を歪めて受付嬢の宣言を止める。


「早く立て!雇ってやってる僕に恥をかかせるなこのグズ共が!」


 傲慢な貴族様とは思っていたが、どうやら学習すらしない人種のようだ。相手をする必要はないのだろうが、また小煩くされるのも面倒と感じ、ソリトは坊っちゃんを黙らせることにする。


「おい坊っちゃん!黙れと言った筈だが?」

「ひぃ!」


 殺気を込めた瞳で睨み付けた途端に坊っちゃんは腰を抜かした。暫くは黙るだろうとソリトは視線を後衛二人に戻す。その時、


「〝アインス・フレイムボール〟!」


 ソリトは詠唱を終えて放たれた火魔法を反射的に上半身を捻って回避する。


「はぁ」


 何故か先程から坊っちゃんを相手にしていると、隙を見て何かをされている気がしてソリトはならない。

 溜息が溢してから、鋭く睨んだ瞬間、後衛二人が怯む。


「殺るってことで良いんだな?喚き散らそうが容赦は無い」


 坊っちゃんに従う理由が何処にあるのか金以外に思い当たらないが、孤児出身の人間として今の時代、金銭は生きるには必要不可欠な物ゆえ理解できる。ただそこまでしてあの坊っちゃんから貰う必要があるかは別だ。

 とはいえ、ソリトはどうでも良いのだが、完全に黙らせるにはまだ足りないらしい。

 暫く滞在する都市で【天秤の聖女】の情報収集や行商をする為に、今から行動を制限するような真似はしたくないのだが、売ってきたのは冒険者達だ。なら、買った者としても得策ではないにしろ礼儀を見せるべきだろう。


「徹底的に潰す」

「そう言ってられんのも今だけだ」

「そうだぜ。俺等はスキル以外に適性で違う属性の魔法を使える。降参するなら今だ」

「何かをするつもりか知らないが……やるなら早くやれ」

「ッ!後悔して泣くじゃねぇぞ」


 そう言って後衛の二人は杖をソリトに向ける。


「「廻れ炎よ、原初を体現せし焔よ、天へと昇る太陽となりて、火の精霊よ、我等が声を聞き届け、立ち塞がる害を焼き滅ぼせ」」

「「複合魔法〝クリムゾン・フレア〟!!」」


 二人の真上に突如、巨大な真紅に燃える火炎球が出現した。

 その瞬間、温度が急激に上昇して闘技場内が灼熱地獄と化した。

 本来ならここで慌てふためくのだろうが、【火耐性】がスキルアップし【火炎無効】を獲得しているソリトに取ってはどうでも良いことだ。


「水の精霊よ、我が声を聞き届け………」


 しかし、このような大魔法を闘技場内で発動するなど、自分達の仲間すら巻き込んでしまうというのに何を考えているのだ。

 とりあえず、ソリトは中級の水魔法を詠唱して対抗してみるが、おそらく、スキルで威力向上していても正直意味が余りない気がしている。

 坊っちゃんはどうでもいいとして、受付嬢は汗を多量に流し顔は青ざめながら制止の声をかけ続けている。

 聖剣に関しては魔法を平然と眺めている。

【思考加速】のお陰で詠唱中でも余裕綽々よゆうしゃくしゃくで全体を見ることができている。


『スキル【並列思考】獲得』


 また変わったスキルを獲得したらしい。もうすぐ詠唱を終えるがその前に【並列思考】を、ソリトはタグで確認してみることにした。


【並列思考】

 複数の事柄を同時に思考可能になる。(スキルアップ状態)

 スキル効果により【並列思考】が【複数意思】に変化。


【複数意思】

 【並列思考】発動可能。

 意思の分割、増減を可能とする(任意発動可能)。


 複数の考えなどしていた覚えなどソリトはない。が何故か獲得してしまったスキル。もしかすると、【思考加速】で物事を考えながら、魔法を詠唱したりしていたことが原因かもしれない。

 とはいえ、【複数意思】というスキルで意思が別れるというのは少し不気味に感じたソリトは、暫くは受け継がれた【並列思考】の効果だけを使うことに決めた。


「〝ツヴァイブ・アクアブラスト〟!」


 ジュッ!


 当たりはしたが熱が高すぎるせいか蒸発してしまった。

 その間にも巨大な火炎球が落ちてくる。


「仕方ない聖剣」

「ん、集めておいた」


 下を見れば、カナロアと受付嬢、その他の前衛組が集められたいた。坊っちゃんはどうでもいいと判断して連れてこなかったようだ。

 辛辣。しかしソリト的にはグッジョブ。


「覚醒、目醒めよ聖剣!」


 前回同様繋がりによる『聖剣解放』を行ったソリト。これにはかなり魔力を消費することになるが、聖剣を元に戻すと後々厄介なのでこの手段を取ることにしたのだ。

 それでも、今回出現させた白光剣は二本だ。しかし、覚醒と半覚醒では効果に圧倒的な差がある。

 その二本を射出する。


 そして、二本の白光剣は巨大な火炎球を交差して魔法を遮断し無効化させた。


「う、そ」

「え、え」

「そんな、ありえねぇ」


 その光景にカナロアや受付嬢、魔法を放った本人達も目と口を開ききって絶句したいた。

 これで圧倒的な差は見せられたがまだ足りない。

 そして今度は、ソリトが魔法を唱える。


「廻れ炎よ………」

「え、まさか。無理ですよ!複合魔法は複数でやる行う魔法です!」


 受付嬢は提言する。

 確かにその通りだ。勿論ソリトもそんな事は目の前で見たのだから理解している。要は〝複数〟の詠唱が必要なのだ。

 使わないと決めたばかりだが、ソリトはスキル【複数意思】を発動させていた。

 だが、それがいけなかったのか、それとも別の要因か、ソリト自身の意思とは違う何かが頭の中を過った瞬間、口がその言葉を唱え始めた。


「……原初より燃え盛りし地獄の業火よ、くらき深淵の闇となりて、火の精霊よ、我が声を聞き届け、極光を反転させ、光を呑め〝〟」


 ソリトを中心に先程のと同じ巨大な火炎球が出現する。

 そして、それは次第に一層大きさを拡大していき、一回り程巨大化する。だが、違う点はそれだけではなく、真紅の炎とは違い紅黒い炎だった。

 不気味に感じたソリトの感覚は間違っていなかった。【複数意思】は既に切っているが、魔法の発動は完了している為、止まらない。

 だが、標的を変えることは出来る。一先ず頭上に飛ばすことにする。


「マス、ター」


 聖剣の様子が可笑しい。何処か息苦しそうだ。


「放った……め、いじて、早く」


 原因がこの魔法だとしたら、とソリトは頭上に大魔法を放ったと同時に聖剣を解放する。

 数は念のために十本。二回の『聖剣解放』と複合魔法で大量の魔力が一気に持っていかれ、意識が飛びそうになったがそこは堪えて白光の剣を魔法へと射出させ、自らの魔法を遮断した。


「あ、あの〜」


 赤ローブと黒ローブが小さく挙手する。


「何だ?」

「「こ、降参しますー!」」

「おい」

「え?…あ、勝者あれ?あの子は?」


 受付嬢は聖剣をキョロキョロと探す。先程までいた筈だが一体何処にと左腰に手を当てると、ソリトの腰に一本の剣が差されていた。

 どうやら、剣に戻ったらしい。


 後のフォローが面倒になる今この時に戻らなくても良いタイミングで戻った聖剣の柄にコツンと頭を叩くように小突いた。


「ソリトさーん!」


 何処からか聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。

 次の瞬間、上からドラゴンに乗った聖女が降りてきた。


「ド、ドラコン!」

「ドラゴンな」


 カナロアの言葉にソリトはついツッコミをいれてしまう。誰が原因かは言わない。

 とりあえず、ソリトはルティアに言うことを言う。


「遅かったな。事終わったぞ」

「え?駆け付け損ですか!?私!」



――――

出落ち損です。


どうも翔丸です。

書いていたら最終的に出落ちになった聖女(とドーラ)でした。


次次回くらいにクソ勇者サイドを書こうかなという〝予定〟を立てております。

つまり、そういう事があったよという話をソリトが聞く形を取るかもしれないということでもあります。


期待して落とすな!

全くその通りです!


うぅ………。

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