第33話変色の竜

「痛み完治です」


 ベッドの上に座り仕置きで受けた頭痛を回復魔法で癒し終わり、ルティアが高らかに宣言した。

 同じくして部屋にいるソリトは魔法店のお姉さんに譲って貰った三冊の魔法書の中にある魔法の中で何を覚えるか読み漁り始めようと思いながら、下らないことに使ってると内心で面白可笑しく感じていた。


「ところでソリトさん、あの魔物の卵なんですか?」


 部屋の備え付けテーブルに置いてある孵化器内に入っている少し大きめな魔物の卵を指差す。


「迷惑料として魔物商に金と一緒に貰った」


 そこで、金貨十五枚が入った袋をルティアに上から真後ろに放り渡す。


「お前の分の迷惑料」

「………え、え?こんなに……ありがとうございます」

「受け取るんだな」


 受け取れないと言うと思っていたソリトは意外な返答にそう呟いた。


「意外ですか?でも、襲撃されたんですからソリトさんの言うとおり迷惑料としてしっかり貰います。十枚くらいは施設に寄付しますけど」

「聖女だな」


 ルティアは首を横に振る。


「聖女でなくても出来ることです。それに把握してる場所で一日一日を凌いでいる施設に各一枚ずつと、その場凌ぎの寄付でしかありません。それにその内一枚は私達がお世話になっている施設ですから。皇国は施設の援助に力を入れていますから、本当は寄付がなくても大丈夫ですけどね。あくまでも私情です」


 そんな行動は大抵の人間は自分達の生活で手一杯でする人はいないかしないかで、よっぽど善意な貴族領主でもない限り援助をする事はないだろう。

 するのなら、その人物はよっぽどのお人好しか孤児施設で育った人間くらいだろう。

 ちなみにソリトは後者であるが、世話になった施設だけにしか寄付はしていない。

 だが、ルティアは知る限りで一日を凌ぐのに一杯な施設に寄付している。彼女の場合は〝両者〟と考えたほうが納得が良いかもしれない。

 ソリトは何故ルティアが【癒しの聖女】というスキルを得たのか少し理解した気がした。


「聖女」


 と呼び掛け、自身が持っている残りの十五枚をルティアに放り渡す。


「お前の心意気に免じてやるよ。その十五枚も、精々私情を挟んだその場凌ぎの寄付に注ぎ込むんだな」


 直後、ルティアがベッドから降りてソリトの目の前に立ち、頭を下げた。


「ありがとうございます」

「礼を言われる事じゃない」

「私が〝勝手に〟感謝を述べているだけですから、気にしないでください」

「聞き流しておく」

「いやそこは無視でも良いので受け取ってくださいよ」

「何か言ったか」

「聞き流しての無視ですか!?」


 などとルティアの反応と返答に乗せられてやり取りしていると、ピキッと音が鳴った。


「ソリトさん孵りますよ」


 ルティアが窓際にある備え付けテーブルの方に振り返り、昨日迷惑料としてソリトが頂いた卵に亀裂が入っているのを見て言った。


「もうか」


 一体何が生まれるのか興味が注られるソリト。亀裂の入った卵の近くへと寄る。

 徐々に中の魔物が腕、足とピキピキ殻を割って出てくる。最後にパリンと割って、魔物の雛が顔が出した。


「キュアアア!」


 雛特有のメタボ体型、太い尻尾、申し訳なさ程度の小さな翼、卵の欠片が引っ掛かった二本のツノを生やした竜の魔物が鳴き声を上げた。どうやらソリトは当たりを引いたらしい。

 だが、飛竜でも今回生まれた雛はワイバーンといった前肢が翼の亜種ではないドラゴンだ。

 とはいえ、歩行タイプの騎竜が良かったのが本音だが、飛んでいても馬車は引けるだろう。


「ソリトさんこの子可愛いです!」


 ソリトが考えている一方で、テンションが高くなったルティアが目を輝かせて雛竜を見つめている。


『スキル【魔物使い】獲得』


 丁度生まれたことでスキル獲得の条件を満たしたようだ。


「にしても変わってる」

「可愛いのを愛でるのは変わってません」

「いや聖女じゃなくて、こいつ」


 改めて雛竜に視線を移し、顔を赤くしていくルティア。

 まだ鱗でも無いのに全身が純白の身体の雛竜。

 もっとよく全身を見ようとソリトは抱き上げようと手を伸ばす。その時、


「キュア!」


 雛竜とソリトの視線が合う。


「キュッ!」


 元気良く跳躍し、ソリトの頭の上に乗った。ソリトは何だか踏み台にされた気分だった。

 生まれたばかりなのに元気な魔物である。


「それにしても何でこんな白いドラゴンが生まれたんだか」

「さぁ、私も魔物に詳しくないので」

「いや別に聞いてない」


 身体の色が生える鱗の色を示しているのかもしれないが。飛竜の卵からというのもそもそも間違いと考えるのが正しいのだろう。飛竜なのは間違いないのだから。

 だが、想像ではワイバーンだと思っていたので、まさかドラゴンとは思っていなかった。

 しかし、それだとあの魔物商が娯楽用にするなど考えられない。

 原因は分からないが、それでドラゴンが生まれた、と、とりあえずソリトはそう考えておくことにした。


「ソリトさんのアホ、ふん!」


 あからさまに不機嫌な態度をルティアは表すもソリトは無視して、雛竜を頭の上から離してテーブルに下ろす。

 そのままルティアの頭を撫でてみると、不機嫌な顔が和らいだ。そこから額を指で軽く弾いた。


「飴と鞭の使い方が違いますから止めましょう〜」

「悪い悪いついやりたくなった」

「それ一番酷いヤツです!晩御飯奢って貰います」

「じゃあ、昨日助けた借りを返してもらうからその話は無しだ」

「凄くしょうもないです!」

「さて、村の奴らに聞いてみるか」

「無視しないでください!」


 ドラゴンといっても魔物商の扱っていた魔物の卵だから、一応危険ではないだろう。ソリトは連れていって聞いてみることにした。再びソリトが雛竜に手を伸ばすと、手を伝って肩まで駆け上って、またもや頭の上に乗っかる。


「キュアアア!」

「あ、おい!」


 気に入ってしまったのか、頭の上で丸まって眠り出した。


「ソリトさんを親だと思ってるみたいですね。可愛いです」

「絶対良い寝床を見つけたとしか思ってない」


 事前に魔物紋で使役登録してはあるし、初めて視線が合ったのもソリトだったので、確かにそうかもしれない。

 だが、それなら親の頭の上で図々しく普通寝るだろうか。親を知らないソリトには想像出来なかった。


「今のソリトさんは余り可愛くないです」

「俺に可愛さを求めるな!つか今ってなんだよ今って!」


 いつの間にか会話の舞台に立たされていたソリトはそこで打ち切る。そこで、雛竜が生まれたことでステータスに変化が生じていないかの確認と【魔物使い】のスキルについても村の中を歩きながら確認することにした。


【魔物使い】

 使役している魔物の成長補助(中) (一段階アップ状態)

 使役している魔物のステータス補正(中) (一段階アップ状態)

 使役している魔物の経験値補正(小)(一段階アップ状態)

 スキル効果により成長補助(中)、ステータス成長補正(中)が(大)に変化、経験値補正(小)が(中)に変化します。


 見るからに魔物を育てるのに特化したスキル。これから育てるのに大変便利だ。


「タグで見て何か分かりました?」

「いや全然」


 ちなみにステータスには変化はなかった。ただ不思議なことに雛竜のスキルをソリトが見れなかった事だ。パーティでもステータスは見れるのだが、使役とパーティとではまた違うカテゴリーなのかもしれない。

 ともあれ、ソリトとしては吉報と同じ良き結果だった。

 雛竜の事を聞いた後、復興の手伝いをする為に何をするか、何処で魔法習得するかを歩きながら考える。一部壊した当人であることをソリトは忘れていない。

 そこに丁度、木材を担いでいる村人と鉢合わせる。


「あ、勇者様、聖女様どうも」

「ああ」

「頑張っていますね」


 五日離れていたとはいえ、暫く滞在し、魔物の群れと黒大蛇の件でかなり顔馴染みが多くなった。ただ、そのせいでソリトやルティアを目にすると頭を深々と下げられる。

 先程までは忙しそうに復興作業をしていたが今は休憩している村人もいて、見つけられやすくなっていた。


 そして挨拶されたことで、休憩中の村人達からの連鎖して挨拶が来るという珍光景が生まれた。


「キュア!」


 いつの間にか起きた雛竜が挨拶するようにソリトの頭の上で元気良く鳴く。


「白いトカゲ?」

「ぶっ!」


 村人が頭の雛竜を見た後の発言にソリトは笑いを堪えきれずに吹き出す。

 雛竜はそれが嫌だったのか跳躍して村人の顔にしがみついた。


「雛ちゃん駄目ですよ」


 ルティアが村人の顔から雛竜を剥がそうと奮闘して離すことができた。すると、雛竜はソリトの頭の上に戻ってきた。

 何が良いのかはともかく本当に気に入られてしまったらしい。


 頭の上が。


「こいつ飛竜だから今のは禁句だな」

「そうですね。それでどうしたんですか?」


 村人が雛竜を指差し尋ねる。


「昨日村に来る途中で魔物商から卵を貰った」

「なるほど」

「なあ、こいつが白い理由とか知らないか」

「キュゥ?」


 村人はすぐに分からないと頭を振る。


「あ、でももしかしたら冒険者か街のギルドの人なら知ってると思います」

「……そうするか」


 ソリトと後ろからルティアが付いて来ながらプルトの街のギルドに顔を出す。

 買取担当の方が分かると踏んで買取受付に行くと魔物の量で休む暇がないらしい。


「で、こいつが白い理由分からないか?」


 初めて顔を出した時に担当だったスカイブルーの髪の受付嬢に聞く。


「いえ、私も初めて見ますね。資料でもこんな例はなかったと思います。あ、でもツノが短いので雌ということくらいは分かりますよ」


 雛竜を抱えてじっくり観察鑑定しながら受付嬢は言った。


「種類とか分かるか?」

「ドラゴンは中々目にしませんから。推測もいれると多分純血種、もしくは純血と何かの混血と思います」

「純血が入ってるのは確定なんだな」

「はい」


 どうやら、当たりではなく大当たりを引いたらしい。


「ちなみに馬車を引かせるのは」

「引けると思いますけど引かせるんですか?」

「引かせる」


 貰ったとはいえ、馬車引きの為に貰ったようなものなのだ。そうでなければ困る。いつになるかは分からないが。


「ドラゴンって何を食うんだ。やっぱり肉?」

「肉もそうですけど、基本は雑食のようなので何でも大丈夫です。ただ食べさせ過ぎてはイケません。飛べなくなります。それとワイバーンと同じなら食費がかなり掛かるそうです」

「そ、そうか、ありがとう。迷惑だけはやめてくれよ」

「キュア!」


 鳴きはしたが本当に分かっているのかと思う反面で、普通にお礼が言えたことに驚いたソリト。信じれるようになった訳ではないが心に余裕が出来たのかもしれない。

 そしてその原因は、もしかすると城の決闘での件での事かもしれないとソリトは思った。


「ありがとうな聖女」

「え?今あり……って待ってください!」


 それから村を目指して歩いているとルティアが雛竜について聞く。


「それでソリトさん名前、どうするんですか?」

「いるか?」

「いりますよ。ずっとドラゴンちゃんとか雛ちゃんとか可哀想です」

「なら、お前が付けろよ」

「駄目です。こういうのは親が付けるものです」

「俺は親からは貰ってない」

「私もですが?でもそれなら尚更この子には親としてソリトさんが付けるべきです」

「………」


 確かにそうだなと、ソリトは内心で呟く。


「じゃあドーラ」

「ドラゴンだからドーラですか。安直です」

「なら発案者のお前が付けろよ」

「むぅ………ステラなんてどうですか?」

「ステラナンテドウデスカ。何言ってるのお前」

「絶対分かってて言ってますよね!」


 とりあえず二つの候補の名前を呼んでみることにする。


「ステラ」

「……」

「ドーラ」

「キュア!」


 つけた名前を理解して気に入ってのか、ルティアのを無視して、ソリトのつけた名前で呼ばれて、雛竜はご機嫌良く鳴いた。

 後ろの方に振り向きルティアを見て、ソリトは勝ち誇った表情を浮かべて鼻で笑った。


「本当に、本当に今凄くムカつきましたよ」

「残念だな気に入られなくて」


 下を向いて肩をプルプル震えさせるルティア。耳を澄ませると何かを呟いている。


「……との……ホ…………ソリトさんのアホー!」

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