54.去り際の反撃と、見せない涙

◇◇

 赤の領域、硫黄いおうの街"メルカンデュラ"。褐色かっしょくの肌を持つ小柄な種族──ドワーフ達が、街の出入り口の前に、老若男女ろうにゃくなんにょ問わず大勢集まっていた。


 集団の先頭にいたのは、踊り子のような服を身に着け、魔剣"ジャスハルガ"を背負ったドワーフの"キテラン王女"。そして、常に空中で燃焼し続ける"火霊サラマンダー"の"ガルニオラ"。この二人である。


「こやつらは、わらわと同じ目的でここにおる。そなた達の見送りじゃ。これでも人数をしぼった方じゃぞ。──のう、ガルニオラ」


「左様でございますな、王女様。──ああ、クウ殿。こうもお早くってしまわれるとは。われ名残惜なごりおしく思います」


 ガルニオラはキテランに深く一礼した後、キテランの見つめる方向を見た。


 キテランとガルニオラ、後ろにひかえるドワーフ族達の視線の先には──クウとフェナ、ソウ、ランとオボルの姿があった。


「──ねえ。ランさんも今日ここを出て行くんだよね。行き先は何処なの?」


「さあね。とりあえず……危険な連中には会わないような場所へ行くつもりさ。"十三魔将"とかね。──まあ、アタシはまた近いうちにこっちの土地には戻って来るかも知れない。ドワーフの街には、"発明品"に必要な材料を買う時とか、頻繁ひんぱんに立ち寄るからさ」


 ランがクウの質問に答えた。彼女の頭には、例の"船長キャプテン"という呼称に違和感のない帽子ぼうしが乗っている。


「おや、アタシの迎えが到着したみたいだ。クウ、フェナ。それに、ソウ。──お先に失礼するよ」


「えっ、お迎え……?」


 クウがそう言った時、岩場の地面に、突然巨大な影が出現した。その場の全員が、驚いて頭上を見上げる。


 気球にるされた、巨大な"船"が浮かんでいた。


 紙風船かみふうせんのような球体の真下に、のない帆船はんせんのような船が、太いなわり下げられている。"船"の甲板かんぱんからは、オボルと同じ"小鬼ゴブリン"らしき小柄な種族が顔を覗かせ、"船長キャプテン"のランに手で合図を送っている。


「な、何だこりゃあ──!?」


 ソウが珍しく声色こわいろを変えて取り乱す。ソウ以外は、目の前の光景に声すら出せないようだった。


「"船"に乗ってるからこそ、"船長キャプテン"ってもんだろう? アタシのみょうな呼ばれ方について、少しは疑問に思わなかったのかい? この格好かっこうは、洒落しゃれでしてるんじゃないんだよ」


 浮かぶ船から、縄梯子なわばしごが無造作に投げ出された。"小鬼ゴブリン"のオボルが慣れた手付きでその先端をつかみ、ランを見る。


「さあ、"船長キャプテン"。どうぞお乗りくだせえ」


「ああ、行くよ。──それじゃアンタ達、達者たっしゃでね。機会があったら、また会いたいもんだ」


 ランは特徴的な帽子を手で抑えながら、器用に縄梯子なわばしごを登っていく。ランが甲板に上がった時点で、オボルもクウ達に一礼し、その後に続いて行った。


 まだオボルが縄梯子なわばしごを登り切っていない段階で、船は蒸気らしき気体を噴出ふんしゅつし、"出航"の気配けはいを見せた。船は蒸気を推進力に、空を進み始める。まだ甲板に上がれていないオボルを側面にぶら下げながら、船は地上のクウ達から──驚くような速さで遠ざかって行ってしまった。


「……クウ。あれは何? なるべく分かりやすく、説明してくれないかしら」


「あの蒸気はランさんの青い"輪"、"蒸気噴ワット"の力だと思う。彼女が搭乗とうじょうすると、"輪"の能力で自在に航行こうこうできるようになる……って所じゃないかな」


「知りたいのはそこじゃないわ。一体、何で船が空を飛んでるの? ──クウやそこの青黒フードも大概たいがいだけど、"人間"って本当にみんな、出鱈目でたらめな力を持ってる奴ばかりね」


「僕なんかの頭じゃ説明できないね。とりあえずあの船に向かって、こう言っておけばいいよ。"良き船旅をボン・ヴォヤージュ"ってね。──いや、イルトじゃ"フランス語"は通じないか……」


 クウは複雑な思考を放棄ほうきしたかのような顔で、見えなくなりつつあったランの船を見送った。


「……どうでもいいが、"吸血鬼"。お前、俺を"青黒フード"っつってんのか」


「あら、文句でもあるのかしら? あなたもたった今、私を名前じゃなく"吸血鬼"呼ばわりしたじゃない」


「へっ、確かにな。お互い仲良くする気もねえだろうし、別にいいか」


 フェナとソウの態度は、双方とも刺々とげとげしい。


「さて、クウ。──俺達も出発しようぜ」 


 ソウはそう言って、"浸洞レオナ"の"輪"を展開する。以前見たものより紫色の光が強く、亜空間あくうかんの直径も大きい。


「"青の領域"に直通で行ける大穴をつなぐぜ。穴の完成までは結構な時間がるからよ。──その間に、別れの挨拶あいさつをしっかり済ませとけよ」


 その言葉の後、ソウはクウとフェナに背を向け、"輪"の操作に集中し始めた。


「──キテラン王女」


 クウは真剣な表情でドワーフの集団の先頭に立つ、キテランの方へと近づく。キテランの方も、クウへとゆっくり歩み寄る。


 フェナは──キテランを気遣きづかうような視線を一瞬だけ送ると、二人に背を向けた。


「その魔剣、フェナにもらったんだよね。フェナがあんなに気に入ってた魔剣をゆずるなんて──キテラン王女、フェナに気に入られたのかも」


 キテランがむっとして、口をとがらせる。クウには、キテランの態度が変化した理由が分からなかった。


わらわの目は節穴ふしあなではない。クウ、そなたにもし"赤の領域"に留まってくれと頼んだ所で、首を縦には振らんじゃろう」


「僕にとどまってほしいの? もしそうなら、気持ちはすごくうれしいよ。──僕の意思は、変わらないけどね」


「分かっておる。そなたはわらわの、ドワーフ族にとっての大恩人じゃ。無理強いなど出来るはずもなかろう。──フェナ殿にも、クウは渡さぬとくぎを刺されてしもうたしのう」


「え、フェナがそんな事を……?」


「このままわらわがすごすごと引き下がるのは、何と言うか──しゃくじゃからな。一矢報いっしむくいてやろうかと思っての」


 キテランはそう言うと──突然クウの身体に跳びつく。首に両手を回されたクウはそのままキテランに抱き付かれる格好になった。薄着のキテランの肌から、密着するクウの身体へ体温が伝わる。


「え──キテラン王女……?」


「──ふふっ」


 不敵に笑うキテランは、クウの顔に自分の顔を近づけると──ほおにキスをした。


 キテランの位置からは、二人の様子を見て驚く──フェナの姿が確認できた。フェナの方向からは、恐らくキテランがクウのどの場所にキスをしたか、はっきりとは見えなかったのだろう。


「これで満足してやろうぞ。わらわは、寛大かんだいな"女王"になれるやも知れんの」


「……予想外の奇襲きしゅうだったよ、キテラン王女。──今もまだ、すごくドキドキしてる」


 キテランが、クウの身体から手を放して地面に着地する。クウの顔は紅潮こうちょうしており、照れた様子でキテランから目をらしていた。


「ふふ、その顔を見て気が済んだのじゃ。──案ずるな、クウよ。妾達わらわたちはこれより種族一丸しゅぞくいちがんとなって、"ガガランダ王国"を再興さいこうさせる。あの崩れた宮殿も含め、いずれ全て元通りにして見せるぞ」


「うん。それについてだけど、考えた事があるんだ。……最後に一つだけ、いいかな」


 クウは腰袋から──ガルニオラにもらった、"願いが叶う石"を一つ取り出す。


「僕は前世で、こういう"三つの願い"が叶う場面があったら、どんな願い事をしようか妄想もうそうしたことがあるんだよね。お金持ちになりたいとか、不老不死になりたいとか、そんな事を思いついてた気がする」


 クウの手の中で、宝石が赤く光り始める。


「でもこうしてみると、やっぱり自分にだけ都合つごうのいい事を考えるのは──嫌だった。きっと僕だけじゃなく、他の"人間"も同じ事を言うと思う」


 クウは瞑目めいもくし、宝石を手で包み込んだ。


「崩れ落ちた宮殿が元通りになり、"ガガランダ王国"がキテラン王女、いや──"キテラン女王"のもと、イルト史上最高の繁栄はんえいげますように」


 クウの願いを──宝石は聞き入れたようだ。クウの手の中で、赤い宝石が強い光を放ちながら、徐々じょじょに消えていく。


「叶ったのかな? ──『崩れ落ちた宮殿を元通りに』、『"ガガランダ王国"が繁栄するように』。二つのお願いを一度に言うずるい表現だったけど、聞いてくれたみたいだね。……意外と言葉の受け取り方が大雑把おおざっぱだなあ、この宝石」


「クウ、そなた──! 何故なぜじゃ──?」


「僕にとってこういうのは、あまり長く持っていたい物じゃないんだよね。──それに僕は"イルト"での自分の役割を、前世の分まで誰かの役に立つ事だと思ってるんだ。この願い事を──僕は絶対に後悔しない」


「……本当に、後悔してはおらんようじゃのう。目に──迷いがないわ」


 クウは手の中から宝石が完全に消えたのを見届けてから、キテラン達、ドワーフ族一同に背を向ける。


 "輪"による大穴の形成を終えたらしいソウが、フェナと共にクウをじっと見つめていた。


「キテラン王女、いや──"キテラン女王"。もしも皆がまた危険な目にったら──僕が助けに来るからね」


 クウは顔だけをキテラン達に向け、優しい声でそう言った。そしてソウの展開した大穴に、フェナと足並みを揃えて進むと──その姿は一瞬で見えなくなった。


「クウ、カッコつけやがって。──けどあいつ、きっと冗談で言ったつもりはねえんだろうな」


 ソウが二人を追うように続き、大穴の向こうに消える。そして紫色の光を放ちながら──大穴はまるで何事も無かったかのように消滅した。


「うっ……」


「──む、キテラン様? 如何いかがなさいました?」


 ガルニオラが心配そうに、キテランを横から見た。


「本当は──クウを……行かせとうなかったのじゃ……」


「左様で……ございますか。そのお気持ち、お察しいたします。──僭越せんえつながら、言わせて頂きましょう。キテラン様、無理に我慢をなさる必要はございませんよ」


「うっ、ひっく……。ぐすっ……。うわああああん──!」


 その場に座り込みながら、キテランが大声で泣き出す。


 ドワーフ族のちょうとして、威厳いげんある態度と口調を崩さなかったキテラン。しかし、今の彼女はまぎれもなく、ただの幼気いたいけ容貌ようぼうを持つ一人の少女だった。

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