41.ガガランダ鉱山へ

「探し出す──と言いましたか?」


「ああ、そうだ」


 ロフストは腕組みをして、顔を上げてクウを見た。


「"黒の騎士団"は、多数のドワーフの国民達、そして王と王妃を殺した。だが、王夫妻の一人娘である──"キテラン王女"だけは逃がしちまったのさ。王女様は現在も生きていて、ガガランダ鉱山の何処かにいらっしゃる。そいつだけは確かだ」


「確証を持って、言える事なんですか?」


「ああ。ドワーフ王は亡くなられる直前、伝言をたくして兵士の一人を逃がしたんだ。──兵士によって伝えられた王の伝言は、こうだった。『鉱山の奥に娘を封じた。愚かな選択だと分かっている。しかし、あのを"黒の騎士団"に殺させる訳にはいかなかった。時が経ったら、娘を開放してほしい。この愚かな王を──許してくれ』……とな」


 悲愴に満ちた顔で、ロフストは言った。


「"封じた"という、王のおっしゃったその言葉の意味は、今も分からねえままだ。──理由は、"黒の騎士団"の襲撃から十分に時がった今でも、鉱山に入った者は誰一人いねえからだ」


「あら、王様の遺言ゆいごん遂行すいこうする者はいなかったと言うの?」


 フェナが不思議そうに聞く。


「鉱山に入りたくても、入れなかったんだ。あの時以来、鉱山には強力な"魔獣ビースト"が何体も現れる様になったのさ。──その最も強力な個体はつい先日、見事に討伐とうばつされたがな。クウ、お前さんの手で、だ」


「"朱錆竜しゅしょうりゅうジャスハール"……」


 クウはフェナの手にある、"錆剣しょうけんジャスハルガ"を感慨深かんがいぶかそうに見つめる。


「恐らく"魔獣ビースト"共は、"黒の騎士団"とドワーフとのいくさで死んだ者達の死体、その血のにおいをぎつけてやって来やがったんだ。奴らは今も鉱山に居座って、離れる気配がねえ。死体を食いくしてからは、あの場所を新しい縄張りとして認識してやがるのかもな」


「なるほど。──僕が何を手伝えばいいのか、分かりましたよ」


「ああ。──"ガガランダ鉱山"に、俺達と一緒に来てほしいんだ。王女様を助け出せれば、彼女の名のもとに再び"ガガランダ王国"はよみがえる。散り散りになった赤の領域の連中はまた一つにまとまり、ウルゼキアの"白の騎士団"と力を合わせ、もう一度"黒の騎士団"にいどむ事ができるのさ」


 ロフストは、深々と頭を下げた。


「この通りだ。王女様は、俺達ドワーフにとって最後の希望であり、導きの光なんだ。彼女を失えば赤の領域は──間違いなく終わりだ。だから、どうか──」


「頭を上げて下さい」


 クウはロフストに近寄って両肩をつかみ、頭を上げさせる。


「"ガガランダ鉱山"へ行きましょう、ロフストさん。王女様はきっと──"ジャスハール"と同じくらい、首を長くして待ってるかも知れませんよ」


◆◆

 赤の領域のある場所。小柄で、薄緑色うすみどりいろの体色をした小鬼の様な外見の生き物が、騒がしい様子で隣の人物にしつこく話しかけている。


 その隣には、羽振はぶりのいい貿易商の様に、高級そうな衣服を着た若い女性の姿があった。頭髪は海賊の船長の様な大きい帽子で、すっぽりおおわれている。


「──"船長キャプテン"! あっしの話、聞いてやしたか?」


やかましいよ、"オボル"。──それと、聞いてなかった。もう一度言いな」


「何ですって? また考え事して上の空ですかい。しょうがねえなあですな、船長キャプテンは」


 小鬼──オボルは溜息をつき、船長キャプテンと呼んだ女性を見る。野性的な外見に反して、オボルの服装も女性と同様、高級感ただよう上等そうな服である。


「ここ数日、この"赤の領域"で騒がしくしてやがった"黒の騎士団"の野郎共ですがね、どうも引きげていきやがる。"黒の領域"に一目散だ。──あの連中が尻尾しっぽを巻いて逃げるたあ、大型の"魔獣ビースト"にでも出くわしたか、船長キャプテンみてえな"輪"の魔術師に出くわしたか、でしょうぜ。さて、どっちでしょうねえ?」


「もう一つあるだろ。──指揮官の、"十三魔将"がいなくなった時だ。」


「いやいや、そりゃあ考えにくいですぜ。ウルゼキアの"白の騎士団"でさえ圧倒しちまう"大悪魔デーモン"を、こんな"赤の領域"で誰が倒したって言うんです? ここいらにゃあドワーフや──あっしの様な"小鬼ゴブリン"なんかの小型種族しか住んじゃいねえですぜ」


「外から来た奴、という可能性もあるよ。──"緑の領域"にあった、"黒の騎士団"共が捕まえた他種族を閉じ込めておく監獄、"ホス・ゴートス"。あそこで"十三魔将"の一体が──"人間"の手によって、倒された話があっただろ」


「まさか……その"人間"がまたしても、"十三魔将"を討ち取ったと?」


「アタシはそうじゃないかと思ってる。まあ、今から"メルカンデュラ"に行くんだから、そこでドワーフ共に話を聞こうじゃないか」


 オボルは首をかしげ、うーんと、わざとらしくうなる。


「あっしには信じがたいが、あり得なくはねえですな。"人間"がどれだけ力を持った存在なのかは、あっしは嫌と言うほどに知ってやすからねえ。──船長キャプテン、あなたのおかげでさあ」


「おや、オボル──顔色が悪いね。顔も悪いが、そりゃあいつもの事か。アタシと会った時の事でも、思い出したのかい?」


「そんな所でさあ」


 オボルはそう言うと、腰から──短銃たんじゅうの様な物を取り出す。


「こいつの出番は無いとは思うが……用心しといて損はねえですからね」


「へえ、かまえや手付きがサマになってきたじゃないか。そいつを渡したのは失敗かと思ったけど──もう大丈夫そうだね」


「ご安心を。最初はこんな奇天烈きてれつな武器、とても使えやしねえと思ってやしたが、慣れりゃあこんなに便利な獲物はねえですぜ」


「同感だね。アタシも前世じゃあ銃に触った事なんて無かったけど、使ってみると中々に面白いもんだね」


「え? しかし、船長キャプテンがこれを作ったんでしょう?」


「"銃"はアタシの前世の世界じゃ有名な武器だった。でも、アタシのいた国じゃ戦争なんてやってなかったし、武器を持つ必要もなかった。それだけさ。──イルトもそれぞれの領域によって、種族や生活様式だけでなく──文明にも違いがあるだろ? 同じことだよ」


 オボルの変化に富んだ顔とは対照的に、船長キャプテンと呼ばれる女性は無表情である。


「その、船長キャプテン。──失礼ながら、あなた自身は"十三魔将"とは戦うおつもりは無いんですかい?」


「アタシが──?」


 無表情な船長キャプテンの顔が、僅かに驚きの表情に変化した。


船長キャプテンはあっしのおつかえすべき主であり、夜色の髪を持つ、うるわしい"人間"の淑女しゅくじょであり、強力な"輪"の魔術師でいらっしゃる。──あなたなら、あの"十三魔将"とさえ互角以上に渡り合えるでしょうぜ。例のうわさになってる人間みてえに、でさあ」


「……そう思うかい」


「ええ、思いますぜ」


 船長キャプテンはオボルを見ると、口元だけで自嘲気味じちょうぎみに笑う。


「アタシは前世での苦労をすべて忘れて、イルトで新鮮な第二の人生を謳歌おうかしてる最中なんだ。気の短い黒の侵略者共しんりゃくしゃども喧嘩けんかを売る予定なんかないさ。当たり前だろう?」


「そうですかい。──済みませんね、忘れてくだせえ」


「ただし、それは──」


 船長キャプテンはそう言うと、自分の腰に手を当てて服の裏地を探る。彼女の腰には──オボルのものより一回り大きい拳銃があった。


「向こうの態度次第、だけどね」


 船長キャプテンの触れた銃の弾倉から──赤と青の燐光りんこうが生じた。

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