16.次なる地へ

「その包帯だらけの身体で、何処に行くつもりですか?」


「"ウルゼキア"だよ。ソウと一緒にね」


「冗談はやめて下さい」


 ナリアが語気ごきを強めた。──怒っている。


「背中だから、自分の傷の具合が分からないんでしょうね。近くの泉に連れて行きましょうか? 今夜の月明かりなら、水面に良く反射するでしょう。その目でじか大火傷おおやけどを見てみれば、考えも変わるんじゃないかしら。──ソウさんも、ひどい人ですね。この状態のクウを止めてくれるどころか、一緒に夜道を歩きまわるなんて」


「そりゃ、否定できねえな。悪かった」


 ナリアは、続いてウィルノデルを見る。


「賢者様は、私と同意見ですよね? 怪我人けがにんのくせに夜道を歩いてるクウを、連れ戻しに来られたのですよね?」


「本当に無理をしておったなら、わしも止めるのだがね。クウ君は確かに、ある程度は回復しておるのだね」


 ウィルノデルの口調は淡々としている。ナリアはあきらめた様な顔をすると、クウに向き合った。


「──クウ。傷が痛むんでしょう」


「もう大丈夫。──君のってくれた軟膏なんこう、よくいたみたいでさ」


「──我慢がまんしないで」


 ナリアはクウに歩み寄ると──突然、てのひらでクウの背中を強く圧迫あっぱくした。


「うっ──」


 クウが苦しそうな声を出す。その様子を見たソウは、驚いて目を見開く。


「痛いんでしょう?」


「ナリア──ごめん。悪かったよ」


「──何であやまるんですか」


「黙って出て行こうとしたから──かな」


「謝るぐらいならこんな事、最初からしないで下さい」


「ごめん。でも、別れぎわに君の顔見たら──泣いちゃいそうだったから」


 ナリアの指の力が、強くなる。


「──どうしても、行くんですか」


「うん。行くよ」


「行かないでと言っても、無駄ですか」


「僕に、行って欲しくないの?」


 ナリアが、クウの身体から手を離す。クウは振り返り、ナリアの顔を見た。月明かりが差し込み、二人の顔を明るく照らし出す。


 ナリアのほおを、大粒の涙が伝っていた。


「クウがいなくなれば──私は、また明日から一人になる。それが、すごく嫌なんです。考えると──涙が出て来るんです。──どうしてでしょうね」


「それは、僕も考えてた。──明日からは大きいベッドで寝られないし、夜に優しく背中をでてくれるエルフもいない。それは──さみしいよ」


 クウはなかば無意識に、ナリアの頬に触れた。


「──僕より先に、泣かないでよ」


 ナリアは唇をみしめ──クウの胸元にひたいを押し付ける。クウはナリアの身体を、包み込むように、そっと抱きしめた。ナリア同様、目から涙を流しながら。


 二人の様子を見たソウとウィルノデルは、気をかせたつもりなのか、二人から距離を取って後ろを向く。


 そうしてしばらくの間、クウはナリアと密着させていた。やがてクウはナリアの肩をつかむと、ナリアの顔を胸元から離す。ナリアは一瞬だけ名残惜なごりおしそうな顔をしたが、抵抗はしなかった。


「──ナリア。そろそろ、いいかな」


「……分かりました。もうめたり──しません」


「うん。──短い間だったけど、本当にありがとう。ナリア」


 ナリアはクウの言葉に何も言わず、無言でクウに背を向けた。


「──さあ、行って下さい。もうこれ以上──泣きらした顔を見せられません」


 クウはナリアを見て頬をいた後──ソウに視線を送る。ソウはクウの横に並び立ち、クウに笑いかける。


「クウ、もういいんだな? またここに戻って来れるかは、分からねえぜ?」


「分かってる。──行こう」


 クウはソウと共に、森を抜けるべく再び歩き出す。ウィルノデルがうやうやしく一礼し、二人の為の道を開けた。


「──ナリア」


 クウが振り返り、ナリアの背中に一声かける。


「もし、君がまた危険な目にった時は──僕が助けに来るよ」


 ナリアは再びこみ上げた涙をこらえ、クウの方を振り返る。もう、二人の姿は無かった。


 静寂せいじゃくに満ちた森の中で、ナリアはしばらくクウ達の消えた方向を見続ける。


「ナリア、その光は……」


 ウィルノデルが、ナリアを見て驚愕きょうがくの表情を浮かべている。


「それは──ふむ、そうか。恐らく、クウ君の影響なのだろうね」


「賢者様、何の話です? 光──?」


 そこでナリアは、自分の胸元に奇妙な感覚が生じているのを感じた。衣服の下、自分の肌を目視で確認する。


 ナリアの胸元に、小さな緑色の"輪"が光っていた。


◆◆

 そこは豪奢ごうしゃな城の中だった。空間の中央に吊り下げられたシャンデリアに照らされた円卓えんたくに、白銀はくぎんよろいを着た10数名の騎士達が神妙しんみょう面持おももちで着席している。


 騎士達は皆、白に近い金髪と金色のひとみを持ち、クウ──"人間"とそう変わらない相貌そうぼうをしていた。


「──皆、そろっていますわね」


 円卓の騎士達の視線が、一箇所いっかしょに集まる。声の主は、豪華絢爛ごうかけんらんな白銀の鎧を着た、端麗な容姿の女騎士だった。腰まで伸びた波打つ長髪が特徴的とくちょうてきな、若い女性である。


 所作しょさの一つ一つに、品位の高さが感じられた。かなり身分の高そうな印象である。


わたくしが、無駄な世間話を好まない事は皆、ご存知の通りでしょう。早速さっそく、本題に入りますわ。──皆を招集したのは他でもありません。"十三魔将"の一人、"紫雷のゴーバ"が討伐とうばつされた一件について、ですわ」


 白銀の騎士達がざわつき、各々おのおの隣合った騎士と顔を見合わせる。


「重要なのは、長年に渡って我々"ノーム"達を圧倒して来た大幹部が、確かに倒されたというその事実。そして、その世紀の偉業を成しげた功労者は、"ウルゼキア"にぞくする者ではなかったという事実ですわ」


「それは、何者なのですか?」


「我々の認知していない、新たに存在が確認された、"輪"の魔術師と思われますわ。それも──"人間"のね」


 女騎士が、白銀の騎士の質問に答える。


「私自身、いまだに信じられませんの。イルトの御伽噺おとぎばなしとも言うべき──"人間"が実在していた、なんて」


「──"セラシア王女"。それは、確かなのですか?」


 先程と違う騎士の一人が、挙手しつつ女騎士──セラシアに問う。


「確かな情報ですわ。先日、滲み沼の牢獄"ホス・ゴートス"より救助された、我が親愛なるウルゼキア国民達の証言ですもの。疑う理由はなくってよ。──夜色の頭髪を持つ、二人の若い青年だったとの事ですわ。彼等は黒の騎士団の目をくらます為に漆黒の鎧をまとい、牢に拘禁されていた者達を──種族の差別なく全て開放したとか」


 白銀の騎士達が、再びざわつき始める。セラシアがにらむと、騎士達は私語を止めた。


「緑色の"輪"を持ち、風を操る魔術師。黒色と青色の"輪"を持ち、瞬間移動と氷を扱う力を持つ魔術師。その二人の"人間"を探すのです。彼等を見つける事を、我々"白金騎士団"の、現時点での最優先事項といたしますわ」


 セラシアの堂々とした声に、円卓の騎士達は一斉にうなづいた。

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