15.別れの時
真夜中。ナリアはベッドの上で目を覚ました。
大人二人が眠れる巨大なベッド。ナリアは毎晩、その中央で好きな姿勢を取って眠っていたが、今はベッドの右半分から、身体をはみ出さない様に心掛けている。
「──クウ、大丈夫? 傷は痛みませんか?」
ナリアは小声で、ベッドの左側に向かって声をかけた。ある日突然同居人となった"人間"──クウ。ナリアにとっては、伝説に語られる存在であり、
クウは時折、背中に負った傷の痛みから、眠っている間も声を上げて
クウの様子
「クウ──?」
ナリアは寝返りを打ち、ベッドの左側を見る。──クウはいなかった。
◇◇
「──クウ。つまりお前は、ナリアに別れの
「一応、手紙を置いてきたよ。短い間だけど、面倒を見てくれてありがとうって。日本語が普通に通じるから、多分手紙も理解してもらえると思うんだけど」
「ああ、そりゃ正解だな。手紙の文字は読んでもらえるだろうさ。だが──
「分かってるよ。ただ、別れ
月明かりの差す真夜中のナトレの森を、クウとソウは、横並びになって歩いている。進路はソウが先導しているが、ソウにも
「あんだけ
「ここは、僕にとって
「居心地良いなら、ずっと居りゃあいいんじゃねえのか?」
「前世を思い出すんだ。──病室のベッドで、僕はずっと寝たきりだった。両親や看護婦さん、担当のお医者さん、全員が僕に良くしてくれた。だって僕は、一人では何も出来なかったから。死ぬ前の一週間は、スマホの操作さえ指が重くて一苦労だったよ」
ソウの表情が少し
「でも、今の僕は健全な身体を持ってる。賢者様の言った通りにね。僕はこの身体を、安全な場所で
「まだ、背中は相当痛むんだろ? ──へっ。
ソウはフード越しに後頭部を
「まあ俺も、丁度別の領域に行こうとしてた所だしな。いいぜ。一緒に行こうじゃねえか、クウ。──ん?」
ソウは急に足を止めた。クウが、ソウの肩越しに前方を見る。
エルフの賢者、ウィルノデルが──一人で立っていた。
「ふむ──来たかね。お二方」
「賢者の
「今は一人なのだね。君達の事を知れたのは、儂の"
「なるほど。そういう事ですか」
クウは小さく
「我が
ウィルノデルは
「これは、何ですか?」
「我々エルフの魔術で
「それは便利ですね。──ありがとうございます」
クウは
「ソウ殿には──これを」
「え、俺にもか?」
ウィルノデルがソウに差し出したのは、
「それは"
「──俺の事も、少しは知ってんのか」
「申し訳ない。──きっと誰しも、内に秘めておきたい
「別にいいぜ。──実は、
ソウは受け取った短刀を、腰にしっかりと結びつける。
「──時にクウ君。痛みを無理をしてはおらんかね? 動けはするのだろうが、背中の傷はまだ、
「痛みはあります。でも、だいぶ楽になって、今はもう我慢できない程じゃありません。──ナリアの
「安心すると良いのだね。──火傷の跡は残らない」
「えっ──?」
「クウ君の傷は、いずれ完全に
ウィルノデルはクウの顔を
「イルトにおける"輪"の魔術師は原則として、一つの色と固有能力を持った"輪"を、身体に
クウはソウを見る。ソウも、二つの"輪"を使いこなしていた。青色と黒色の、二つの"輪"を。
「君は──まだ自分の本当の力を、
「分かりづらいですね。──でも、
「そうして欲しいのだね」
「──賢者様。見送りに来てくれたのは
「いいや。一番の目的は違うのだね。君達を長話で足止めして──その子が追い付けるように、時間
ウィルノデルの視線がクウから外れた。クウとソウが、後方を向く。
──ナリアがいた。
樹木の一つに片手をついて、荒い呼吸をしている。足は
「──クウ」
ナリアがずかずかとクウに歩み寄り、クウの手を掴む。
「そんな状態で何処に行く気なんですか? ──賢者様、どうしてお一人でこんな所にいるんです? それに、ソウさんまで」
ナリアがクウの手を引くが、クウは全く動かない。
「クウ。戻って下さい。あなた、自分の身体の深刻さを分かってないんでしょう。戻りますよ。包帯を取り替えます。ほら──」
ナリアが、今度は両手でクウの手を引く。クウは──
「ナリア──ごめん」
「いいですよ、許してあげます。さあ、ほら私の家に──」
「違うよ。僕は──もう、行くんだ」
ナリアのクウを握る手に、強い力が込められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます