08.エルフ救出戦

◇◇

「さて、例の作戦の準備は良いか──クウ?」


 ソウが真横にいるクウに問いかける。


「うん、いつでも。でも、その前に一ついいかな?」


「何だ」


「本当に──全員で行くの?」


 クウが後方を指し示す。


 精悍せいかんな顔つきをした10数人のエルフ達が、クウとソウをじっと見ている。エルフ達は全員──武器のつもりなのか、くわおのなど各々おのおのが農具を持っていた。


「相手は甲冑かっちゅうを着て、するどい剣を持ってる。気を悪くしたら悪いけど、"輪"も持ってない農民の人達が、この先無事で済むとは思えないよ」


「──我々を止めても無駄ですよ、クウ君」


 エルフの一人が、口を開いた。


おそわれたのは我々の村であり、さらわれたのは我々の身内です。それなのに、エルフでもない君は──我々を救おうとしてくれている。そこの彼、ソウ君も同じくね」


「俺なら気にすんな。仕事みてえなもんだからな」


 ソウはエルフから顔を背け、手を宙でひらひらと振る。


「まあ、分かるぜ。流石さすがに、何もせず黙って家にいられる気分じゃねえよな。──安心しろよ。全員見つけて連れ帰ってやるからよ」


 ソウはフードを目深まぶかかぶり直し、目の前をにらむ。


 滲み沼の牢獄──ホス・ゴートスが、月明かりに照らし出されていた。


◇◇

 ホス・ゴートスの四方を囲む石の壁の内側では、甲冑姿の騎兵達が笑い声を上げながら、ジョッキで酒を飲んでいた。人数は20名ほど。全員がかぶとを脱ぎ、武器を持っていない丸腰の姿である。


 この何とも品の無い宴会えんかいが開かれているのは、広場の様に開けた場所である。騎兵達の中心には篝火かがりびかれ、祭りのような様相をていしている。


 よく見ると、兜を脱いだ騎兵達の顔色はとても青白く、瞳の色は紫色である。そして額からは──小さな角が、それぞれ違った形、長さで生えていた。


 悪魔族の特徴である角とは、どうやらこれの事らしい。


「へへへ……。うん?」


 胡坐あぐらをかきながら酒を飲んでいた騎兵が、暗闇の中を注視ちゅうしする。


 暗闇の中から、宴席えんせきの騎兵達と同じ甲冑を着込んだ一人がゆっくりと姿を現す。他の騎兵達と違い、酒のジョッキを持っていない上に──頭に兜を被っていた。



「おい、てめえ。その暑苦しい兜を、いい加減に脱ぎやがれ。見てるこっちまで息苦しくならあ」


「──うるせえな、ほっとけよ」


「何だと、この野郎」


「──なあ、雌エルフ共の牢は何処なんだ? ちょっと用を頼まれちまったんだが……酒の所為せいか、どっちだか分からなくなっちまって」


「用を頼まれただあ? "ゴーバ将軍"にか? 雌エルフ共の牢にはついさっき、あの方が直々に向かわれたはずだろうよ。それに今行った所で雌エルフ共には──あの方の命令で、明日まで手を出せねえだろうが」


 胡坐をかいた騎兵がそう言った時、新たに横から、ジョッキを二つも持った赤ら顔の騎兵が現れる。


「まあ、いいじゃねえか。エルフの上玉の女共を、少しでも早く楽しみてえんだろ。──よお、お前。エルフ共の牢は地下牢の右奥だ。ただ、分かってんだろ? 最奥部さいおうぶ一際ひときわでけえ扉だけは開けるんじゃねえぞ。あそこにゃあ、例の"対悪魔用兵器"がブチ込まれてんだからな」


「"対悪魔用兵器"……? まあ、いいや。ありがとよ」


「気にすんな。俺も付いて行くからな。へへっ、お前が酔ってまた迷わねえように案内してやるさ。ついでに雌エルフ共の顔も見てえしな」


「それは──遠慮しておくよ」


 兜を被っていた甲冑姿の人物は、急に口調が変わったかと思うと──勢いよく兜を脱いだ。


「なっ、てめえは……!」


 兜の下の顔は、まぎれもなくクウだった。


奇襲きしゅう卑怯ひきょうとか言わないでね。お互い様だし。──"颶纏アナクシメネス"!」


 クウの左手から、渦巻く緑色の爆風が放出された。飲酒によって既に大半が千鳥足になっていた騎兵達は、この一撃を避ける事も出来ずに吹き飛ばされる。


 クウはすかさず二発目を撃ち込む体勢を整え、次は武器を取ろうとした騎兵では無く──中央に焚かれた篝火に照準しょうじゅんを定める。一切躊躇ちゅうちょする事なく、クウは次の爆風を放った。


「うおおおおお!」


 騎兵達の悲鳴が至る所で上がった。篝火は倍ほどに勢いを増し、火の粉が四方に飛び散る。


 すると、悲鳴とほぼ同時に謎の雄叫おたけびがホス・ゴートスに響き渡った。騎兵達が一斉にその方向を見ると──農具を持ったエルフ達が、扉も何も無い石壁の中から次々と出現したのである。


 騎兵達は皆、足元の覚束無おぼつかない状態で逃げ出そうとする。だがエルフ達はすぐさま追い付き、農具で一人一人を制圧していく。


「──へへ、一方的だな」


 クウが声の方向を見る。ソウが、何も無い空間から紫色の光と共に現れた。 


「俺の"輪"──"浸洞レオナ"は便利だろ? 自分の好きな場所に瞬間移動出来る穴を作れるのさ。まあ、長距離の移動だと連発出来ねえとか、些細ささいな弱点はあるがな」


汎用性はんようせいが高くて、すごく便利だと思うよ。奇襲は大成功だね」


「ああ。このマヌケ共、まさか俺達がエルフの村からホス・ゴートスまで一瞬で移動して、夜襲まで仕掛けて来るとは夢にも思ってなかっただろうぜ」


 ソウは親指で広場の奥を指差す。


「酔っ払いのマヌケ共はエルフの連中で十分制圧出来るだろ。俺達はとっとと人質ひとじちの解放だ。行くぞ」


「うん。火がこれ以上広がる前に、早く済ませよう」


 クウとソウは、足並みを揃えて走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る