残念でした、ご愁傷様です。

結城暁

アメノサグメ

「準備はよろしいですか」


 新月の闇夜にしんしんと冷え切った板張りの部屋を星灯りが照らしている。その広い祭壇の置かれた部屋の中でぽつねんと、ひとりで正座をし精神統一していた早矢仕はやし邦人くにひとは目を開いてわずかに頷いた。

 傍らに置いた弓と矢の入った矢筒を持って立ち上がる。それから少しだけ頭を傾けて笑った。


「こんなもの、使うときがなければいいのですが」


***


 円状に魔術師たちがずらりと並び、同じく内側に円になって並び立つ召喚士たちに魔力を供給していた。召喚士たちは一心不乱に呪文を唱え、さらに内側の、円の中央に置かれた触媒に魔力を送る。時間が経てば経つほど床一面に描かれた召喚陣が光り輝き、風が巻き起こる。大勢の人からなる円の外に立派な王冠をかぶった王が召喚式の行く末を見守っていた。

 いよいよ光が強くなり、ひと際眩く輝いた。目を開けていられないほどの光がおさまると、召喚陣の中央に設けられた祭壇に一人の男が立っていた。


「おお、勇者様! 異世界からよくじ我が世界にお出でくださいました!」

「……ええと」


 なんだ、聖女ではないのか。聖女であれば楽しみがあったものを。王は心の中で鼻を鳴らした。

 召喚された男は十代中頃と思われる若い顔立ちをしていた。黒髪に黒い瞳と、こちらの世界ではめったに見られない色彩を持っている。男が着ている見慣れない形の白い上衣も、まるでスカートのような浅葱の下衣の裾も、あまり布は使われておらず、ひどく貧相に見えた。持っている弓はそれで実戦ができるのか、と思うほど長いもので、男も戦士であるようには見えない細身であったので、飾りか儀礼用のものだろう、と判じた。

 戸惑っているふうの若者に王は温和そうな笑みを浮かべてやる。役立つ恩恵ギフトを持ったものを取り込めるのならばこれくらいは安いものだ。

 この世界に召喚された者はたいてい神からの恩恵ギフトを賜る。周辺国では絶対防御や、魔力回復など戦争に役立つ恩恵を持った召喚獣を得たと噂されていた。それに比べて我が国はハズレばかりを引いている。口惜しいことこの上ない。

 今度こそ良い恩恵であってくれ、と王は控えていた鑑定士を呼び寄せるた。


「この世界は聞きに瀕しております。どうぞ勇者様の御力をお貸しください」

「鑑定!!」


 鑑定士の掲げた手の先に鑑定結果が現れる。王は若者のステータスに視線を走らせた。

 男の名前はハヤシ・クヒニト。年齢はなんと二十二だった。若く見える人種のようだ。どうでもいい個所を飛ばして飛ばして、肝心の恩恵ギフトの欄は――何も書かれていなかった。

 王は舌打ちしたかったが、我慢した。魔力は多いのだから、これまでと同じく生かさず殺さず、魔力供給装置にでもすればいい。


「ああ、勇者よ。大変に残念なことだが、貴方にはなんの恩恵ギフトも与えられていない。これでは世界を救えない。本当に残念なことだが」


 内心で役立たずが、と吐き捨て、王は殊更笑みを深めた。


「どうぞ城でくつろいでくれ。身の振り方は休んでから考えればよろしい」

「あの」

「なにかな?」


 万が一のときのために詰めさせていた騎士達を手招きながら王は若者を見た。見れば見るほど地味な召喚獣だった。


恩恵ギフトとはなんですか?」


 王はにこやかに恩恵ギフトについて説明してやる。


「異世界からこの世界に召喚された者には神から恩恵ギフトが与えられる。恩恵ギフトの力は絶大で、それを与えられた者はそれゆえこの世界を救う勇者足りえるのだ」

「それなら恩恵ギフトがない僕は勇者ではない、ということですよね?」

「ああ、そうなるな」


 若者が次に言う言葉など簡単に予想がついた。今まで何度も聞いてきた言葉だ。


「であれば、僕がこの世界にいる必要はありませんよね。元いた世界に帰してください。召喚できたのですから、帰せますよね――?」


 ほらきた、と王は顔をわずかに顰めて、すぐさま取り繕う。それから大仰なほど肩を落として見せた。


「残念だが、それは無理なのだ。我が国の誇る最高位の召喚士たちが何日もかけ準備を整えても、ようやく勇者様をお喚びするのがせいぜいで……。しかし世界の危機であるので、仕方なく……」


 言いながら、王はいかにも心苦しい、というて体でていで頭を振って見せる。

 実際は異界からもたらされる恩恵ギフトだけが目当てなので、召喚術は錬磨されても、送還術は研究されていないだけだ。金と時間と人手をかければ召喚獣を元いた世界に還すのは不可能ではないのかもしれないが、わざわざ莫大なコストを支払ってまで異界の英知を手放す愚者はいないし、ハズレ召喚獣に金をかける愚者もいない。ハズレ召喚獣の行先といえば開拓中の荒れ地くらいのものだ。

 このハズレ召喚獣は小賢しいようだから、魔力供給装置として留め置くよりさっさと城から出してしまったほうがいいだろう。明日にでも荒れ地に送ってやろう、と算段を付け、王は努めて朗らかに笑う。王たる自分がなぜみすぼらしいハズレ召喚獣になど笑いかけてやらねばならないのか。


「帰れない……んですか? 本当に?」

「ああ。力及ばず……」

「そんな」


 言葉のわりに男はさして気落ちしたふうには見えない。


「代わりと言ってはなんだが、あなたの身柄は我が国で一生涯保護いたそう。土地を与えるので、そこで暮らしていただく。今日は城で休みなされ」

「土地を貰えるのですか。どんな土地ですか」


 さっさと部屋に案内されろ、と悪態をやはり心の内でつきながら表面上はにこやかに説明をする。


「我が国の北方に位置する広大な土地で、あらゆる可能性に満ちた場所である、と報告を受けている。上質な作物と肉とが取れるようだな」


 書類には当然良い事ばかりが書かれているが、もちろん現地はそうではない。魔物の出現や、病の流行などで少なくない数が死んでいるようだ。奇特な冒険者が手助けをするようになってから環境が改善されたというから、このいかにも脆弱そうなハズレ召喚獣を送っても死にはしないだろう。


「それは、すごいですね」

「ああ、そうだろう」


 いい加減部屋に行ってくれ。ハズレ召喚獣の機嫌など取っている暇などないのだ。次の召喚の準備に入らねば。一回の召喚に必要な期間は最低でも一月ひとつきかかる。一流の魔術師と召喚士を揃えなくてはならないし、使う魔力は膨大で、おまけに召喚陣は一度きりしか使えない。召喚陣を今日から書き始めても、最短で一月はかかってしまうのだ。せめて召喚陣が何度でも使えれば毎日だって召喚できるのに、と王は息を吐く。


「それで、本当のところはなんのために僕を召喚したのですか?」

「ですから、先ほども言った通り、この世界の危機を救ってもらうためだ」

「どんな危機が迫っているのですか? それは恩恵ギフトを与えられた個人が救えるものなのですか?」


 王はとうとう笑みを消した。異世界召喚をされたくせ、冷静で沈着で、そのうえ小賢しい。つまり、扱い辛い。

 これ見よがしにため息をついた王は片手を上げ、騎士たちに若者を囲ませた。


「いちいちうるさい小僧だ。黙って開拓地へ行っていれば怪我をせず済んだものを」


 自分を取り囲んだ騎士たちを見て、非難するよう若者が言う。


「これはどういうことですか?」

「口答えをするな召喚獣風情が。連れていけ。明日には開拓地へ送れ」

「はっ!」


  若者の冷めた目がひたり、と王を見た。


「つまりあなたは嘘をついているのですね。この世界は危機に瀕してなどいない」

「それがどうした」


 せせら笑う王を睨むでもなく、若者はただ見つめる。小さくため息をついたようだった。

 騎士の一人が若者の腕に手をかけようとした――その瞬間。


「あな、いたまし」


 女が現れた。足先は床につくことなく浮いている。美しい女だった。若者と同じく黒髪は長く艶やかに靡き、伏せがちのまぶたから黒い瞳がのぞいている。女神と見間違えるほどの神々しさに満ちていた。いつの間にか若者がその女の後ろに控えている。


「わたくしの名はアメノサグメ」

「アメノサグメ様……」


 王はアメノサグメに見惚れたままよろよろと近付いていく。それを遮り、アメノサグメはよく響く声で王に言った。


「今まで貴方が召喚術を行ってきたのはなんのためです?」


 アメノサグメの美しさにのぼせた王はここぞとばかりに話し始める。立て板に水とはこのことだ。

 美辞麗句で飾り立てられた説明はこの世界にいずこから現れた強大な敵を勇者が打ち倒し、世界に平和が訪れるはず、と締めくくられた。


「それは真実ですか?」

「もちろんでございます。お美しい女神よ」


 アメノサグメは瞳を伏せる。眉根にわずか皺が寄った。憂いを含むその顔も美しい、と王の鼻の下はますます伸びた。


「わたくしに嘘は通じません」

「……え?」


 アメノサグメがその両手を掲げる。


「あなたの話はすべてが嘘でした。真実はひとかけらも存在しない」


 アメノサグメが掲げた両手にはいつの間にかまるい鏡が出現していた。それをいぶかしむ間もなく鏡が光を放つ。


「我らが大御神おおみかみよ、この者は嘘をついております。裁定はくだりました。この者の罪は確定いたしました。どうぞ御身の御力をここにあらわし給え」

『■■■■■■■■■■■■』


 鏡から放出された太陽光にも匹敵する凄まじい熱に焼かれ、それを真正面から受けた王は叫ぶ間もなく絶命した。死体などは跡形もなく、ただ石床に影がこびりついているだけだ。周囲の人間はみな背に冷たい汗をかき、震えあがった。自分たちは、なにかとんでもないことをしでかしてしまったのではないか。その予感は当たっている。

 鏡をどこかにしまい込んだらしいアメノサグメは若者を見る。若者は頷きを返した。


「改めまして。僕は早矢仕はやし邦人くにひとと申します。日本という島国のある世界の出身で、神職についております。この場で一番身分の高い方はどなたでしょうか」


 騎士と魔術師と召喚士とが顔を見合わせ、それぞれの長が早矢仕の前に進み出る。皆一様に怯えている。けれど早矢仕は心を動かされずに淡々と話をした。


「こちらに日本人が召喚されたでしょう。彼らは今どこにいますか?」

「ニホンジン……」


 三人は青褪めた顔を見合わせる。他の人間もひそひそと囁きあった。


「ニ、ニホンジンが召喚された記録があるか至急調べて参ります! おいっ!」

「はっ!」


 騎士と魔術師と召喚士が幾人か部屋から駆け出していく。この国の召喚獣は他国との戦に使われて死ぬか、荒れ地の開拓地でこき使われるかのどちらかだ。せめて死んでいない事を祈るしかない。


「調べてくださりありがとうございます。調査が終わるまでどのくらいかかるでしょうか」

「お、おそらく三日ほどかと……」

「そうですか。記録を取っておいていただけて助かりました」


 軽く頷いて早矢仕はアメノサグメを見上げた。


「よろしゅうございますか、アメノサグメ様」

「ええ。三日も日本ひのもとを離れるのは気が進みませんが、致し方ありません……」

「あの、ニホンジンというのはアメノサグメ様やハヤシ様のような黒髪に黒い瞳をお持ちでしょうか。もしかしたらこの国には召喚されていないかもしれません。黒髪黒目の人間はハヤシ様が初めてですから。他の国に召喚されている可能性もあります」


 召喚士が意を決してアメノサグメに訴えた。たしかに黒髪黒目を召喚したのは早矢仕が初めてだったのだ。


「……嘘ではないようですね」


 アメノサグメが召喚士を見る。つう、と細いけれど鋭い切れ味を持った糸を巻き付けられたような感覚に召喚士は胸元をきつく握りしめた。


「よ、よろしければ、調べ終わるまでの三日間この城にお部屋をご用意させていただきたく思います」


 恐る恐る告げた騎士団長に早矢仕は頷く。


「ありがとうございます。食事は肉類抜きでお願いします。僕は肉類を断っていますので。

 アメノサグメ様はいかがいたしますか?」

「わたくしは邦人の祈りだけ構いません」

「わかりました。

 では食事は僕だけの分をお願いします」

「御意に……」


 王を瞬く間に消し去った神のごとき女に逆らう気などその場の誰にも起きなかった。


「それではご案内いたします……」

「申し訳ない、もう少し待ってください」

「は……」


 早矢仕とアメノサグメを案内しようとした騎士を早矢仕は手を上げて制する。

 アメノサグメは再び鏡を手にしていた。それに気付いた人間は一様におののいた。宙に円鏡を浮かべてアメノサグメは言葉を紡いだ。


「■■■■■■■■」


 アメノサグメが言葉を発しているのはわかったが、内容は理解できなかった。顔を青くして見守るしかない。


「■■■――。

 我らが大御神は日本ひのもとの子らが貴方様の管理する世界に無断でかどわかされるのに大層心を痛めておいでです。貴方様はいかがなされるおつもりか」

『――――――――――――』

 おそらくこの世界の神と会話をしているのだ、と理解した者が喘ぐような呼気をもらした。それがさざ波のように広がっていく。

 声も音も聞こえはしなかったが、たしかに返答があったのだとその場にいた者は全員が分かった。誰も彼もが息を呑み、蹲る様にして膝をついていた。例外は早矢仕とアメノサグメだけだ。


「そう、ですか。つまり貴方様はこの世界の人間の行動に関与はしておらず、すべて人間が勝手に行っていた事だ、と仰るのですね」


 騎士団長などは自分の血の気が失せて行く様がまざまざと分かったし、それは他の者も同様だっただろう。


「承知しました。大御神にお伝えします。

 我らが大御神の守護対象である子らを探す過程で妨害が入った場合、貴方の守護する御子らを輪廻の輪に返してしまうかもしれませんが、よろしいですね?」


 輪廻の輪に返す、の意味を理解した者からそんな、と声が上がる。呼吸がままならず喉元を押さえた騎士団長はこの世界の神と思しき声を聞いた。

 聞き取れないはずの神の言葉はしかし、その一言だけは妙にはっきりと騎士団長の脳に刻み付けられた。

 アメノサグメに神と思しき声は一言だけ返した。


『構わない』

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残念でした、ご愁傷様です。 結城暁 @Satoru_Yuki

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