第103話 休憩回〜頼もしいエース〜

「はい、これ」


「おう。ありがとう」


 司は巧にペットボトルを手渡すと、今度は伊澄にも渡した。司が飲み物を買いに行くと言い、巧と伊澄もついでに買ってきてもらった。


 巧はスポーツドリンクではなく、今日はコーラだ。暑い日にはスポドリがいいのわかるが、元々持ってきているのもあり、炭酸ジュースを欲していたためコーラにしていた。


 ペットボトルの蓋を開けると、プシュッと炭酸が抜ける音がする。それに口をつけると、巧は一気に半分を飲み干した。


 口に広がるしゅわしゅわとした爽快感が心地いい。ジュースは水分補給に向かないと言うが、喉が渇いた時には炭酸を欲してしまう。甘さもあって疲れも吹き飛んだ気がする。


「意外だなぁ」


 司は巧が手に持つコーラを見ながらそう呟いた。


「そうか?」


「うん。だって巧くんなら野球に関係ないものっていうか、スポーツするのにあんまり向いてないものとか排除してそうなイメージだったから」


「流石に俺もただの高校生だし、そこまでじゃないよ」


 スポーツに向いていない食べ物や飲み物は、炭酸飲料の他にスナック菓子やインスタント麺などが挙げられる。


「三食しっかり食べて間食はあんまりしないから、スナック菓子とかはあんまり食べないかな。たまに食べたくなることあるから食べる時はあるけど。インスタントとかは親が忙しくてどうしてもって時くらいだし」


 食べないわけではないが、確かに避けているところはある。体を作るためにもあまり良くないのは事実だ。しかし、禁止しすぎても精神的に良くないため、あくまでも食べてもいいけど避けるという程度だ。


「スナック菓子もインスタントも、あとはファストフードとかもか……だいたい栄養の問題だから、たまにくらいなら良いかなって思ってる。炭酸飲料は糖分とか炭酸のせいで満腹になるってところだし、飲みすぎなければむしろ疲れた体には良いって話も聞くから、無理な制限はしてないかな」


 あくまでも適度にということを意識している。摂りすぎは良くないが、我慢し過ぎればメンタル的にも毒になる。


 そういうことをストイックにしていそうなのは琥珀くらいだろう。


「それに、陽依んちで勉強した時も飲んでた気がするけど」


「ああ、確かに」


 テスト前の勉強会の時にもコーラを飲んでいた。勉強をすると頭を使い、頭を使えば糖分を欲する。結局摂取したところで使っているのだから大丈夫だろう。


「ゲームとかはするの?」


「んー、たまに? そもそもゲーム自体そんなにしないからなぁ。まあ好きだけど」


 ゲームは好きだが、一度やりこんでいたゲームのデータが消えてしまってからはあんまりやることがなくなった。悲しい理由だ。


「そういう司はどうなんだ? 食べ物とか飲み物とか、ゲームとか」


「そこまで気にしたことなかったからなぁ。最近は食事とかちょっと気にしてるけど、中学まではプロとかそういうのまだまだ先の話だったから、今が良ければいいかなって思っちゃって」


 司はそのあと小さく「女の子だから太りたくないし」と呟いていた。そのことに触れればデリカシーない認定されそうなので触れないでおいた。


「伊澄はどうだ?」


 あまり興味なさそうに会話に入ってこなかった伊澄にも聞いてみる。何を考えているのかあまりわからないタイプなので、せっかくだから親交を深めたいという思惑もある。


「……出されたら食べるし飲む。ゲームはあんまり。そもそも野球以外にはあんまり興味ないし」


 まあ、思っていた通りの反応だ。


 自ら進んで飲み食いはしなくても、状況によっては、ということだ。


「あ、ちょっとごめん」


 司は震える携帯電話を手に取る。「明音から」と言うと通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『ああ、司。こっちは試合終わったけど、……電話出てるってことはそっちも終わった?」


「うん、終わったよー」


 球場の騒がしさもあって、司は音量を上げており、こちらまで若干声が聞こえる。そんなこともお構いなしに司は話を続けた。


「無事に準々決勝進出です! 明音は?」


『こっちも勝ったよ。まあ、結構ギリギリだったけど』


 水色学園の今日の相手は強豪だったはずだ。ギリギリとはいえ勝てたということは、やはり水色学園が強かった証明となる。


 それでも水色学園が所属する愛知県はまだまだ強い高校はある、激戦区だ。


「ゆっくり話したいところだけど、また大会終わってからだね。……ところで、今日も巧くん隣にいるけど、代わる?」


『代わる』


 以前は悩んだ末に電話を代わる選択をしたが、今日は即答だった。司に通話中の携帯を手渡され、巧に代わる。


「勝ったんだってな。おめでとう」


『そっちこそ、おめでとう』


 互いに健闘を称え合う。しかし、そこからしばらく沈黙が続く。


 以前のこともあってどんな会話をすればいいのかわからない。


 そんな中、明音の方が先に口を開いた。


『一つ聞きたいことがあるんだけど』


「どうした?」


『前もそうだけど、司を侍らしてるの? いつも隣にいない?』


 疑惑に満ちた声に、巧は慌てながら語気を強く返答する。


「違うけど!? 戦略練るためにキャッチャーの司と分析しながら見てるだけだから!」


『本当?』


「本当だって」


 まるで浮気を疑われているかのような気分で弁解する。……そもそも彼女なんて出来たことないけど。


 実際、今日司と伊澄の近くに座っているのは、次の試合に向けてという理由だ。


 前回は時間があったため、黒絵と近くに座るわけでもなったが、準々決勝は明日だ。じっくりとミーティングする時間がないため、こうやって試合を見て分析しながら相手バッターの対策を考えている。


 相手ピッチャーの分析をしながらバッターとの会話もしたいが、九人いるスタメンと代打で出す控えと話していればキリはない。そのため、試合観戦はバッテリー中心で行なっている。特に、相手ピッチャーがそのまま出てくるわけもないため、相手ピッチャーの攻略は後のミーティングでじっくり行うつもりだ。


『司に変な気起こしたら許さないよ?』


「起こさないって」


 本当に浮気を問いただされている気分になったため、「次もお互い勝とう」と言って司に携帯を突き返した。


「痴話喧嘩は他のところでやってよ……」


『はっ!? 別にそんなんじゃないし!』


「あ、そろそろ試合始まりそうだから切るね」


『はぁ……。じゃあ、またね。次も勝とう』


「ん。次も勝とう」


 そう言って司は電話を切った。


「よし。巧くん、実際のところどうなの?」


 主語のない司の問いかけに、巧は「何がだ?」と返事をする。


「もー。明音のこと。付き合ってるんじゃないの?」


「付き合ってねぇよ。なんでそうなるんだ」


 どこをどう見て判断したのかわからないが、司はどうやら付き合ってると思ったらしい。


「なんかうち来た時もなんか怪しい雰囲気だったし、そうじゃないのかなって思ってたんだけど」


「……何もないから」


 司の家に行った時は、過去に好きだったと告白されたこともあって確かにどう接していいのかわからなかった。しかし、司のことが一番の問題だったため、あまり表には出さなかったつもりだ。しかし、司は少しの違和感に勘づいていたのだろう。


 何もないと言い切る。明音のことでもあるため赤裸々に話すことでもなく、巧自身気恥ずかしさもあるのだ言いたくなかった。


 そして、今度は司ではなく、伊澄の方が食いついて来た。


「巧、ダメだよ」


 そんな伊澄の声に、司は「おっ!」と声を上げた。愉快そうな表情を浮かべる司に少しイラッとしたが無視しておく。


 伊澄は言葉を続けた。


「巧は野球に集中して。私が勝つまで他のことにうつつを抜かしたらダメだから」


 伊澄は巧のことをチームメイトや監督と選手の関係という以外にもライバル視している。


「別の女と付き合っちゃダメっていうのじゃないの?」


「断じてそれはない」


 司は親友やチームメイトの恋バナに興味津々のようだ。実際は何もないところを無理矢理広げようとしているだけだが……。


「そろそろ落ち着け」


 暴走気味の司に注意を入れる。色恋沙汰に興味があるのは結構だが、関係のない明音や伊澄を巻き込んでいるのはいただけない。もちろん巧自身も関係ないが。


 静止の意味を込め、頭にチョップを落とした。


「……ごめん。ちょっとテンパってた」


「なんでだ?」


「準々決勝に上がったのもそうだけど、この試合で皇桜が勝てば流花と対戦することになるんだって思って」


 司が中学時代、最後の夏に敗退したのが準々決勝。そしてその際に同じチームで戦った竜崎流花と、対戦相手であった鬼頭薫、ともに皇桜学園のベンチに入っていた。


 元々の相棒と宿敵がバッテリーを組んで戦うことになる。司にとっては冷静でいられない部分もあるのだろう。


「竜崎よりも頼もしいエースが隣にいるだろ? 心配することないよ」


 巧がそう言いながら隣の伊澄に視線を向けると、伊澄ははドヤ顔でこちらを見ていた。その表情に司は思わず吹き出した。


「あはは、明日はよろしくね」


「任せて」


 司の気持ちは楽になったのか、いつも通りの会話に戻った。


 もうすぐ試合が始まる。まずはこの試合を見て、次を戦うために作戦を立てていかなければいけない。


 そして何より、スタメンを決めなければいけない。


 焦りと不安がよぎりながらも、巧の意識は次の試合に向いていた。

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