第104話 皇桜の戦い

 伊羽高校対伊賀皇桜学園の試合。先攻は伊羽高校からだ。


 伊羽高校は五番を打つエース永田と四番ショートの織田がチームの中心となっている。走攻守のバランスも取れており、中堅校でも上位の強さを誇る。


 伊賀皇桜学園は誰もが認める強豪校だが、伊羽高校にもチャンスがある程度の実力差だ。


 そして伊賀皇桜学園、以前の練習試合で出場した選手は全員ベンチ入りしている。


 背番号1番から、


 1番・柳生加奈(三年生)

 2番・吉高要(三年生)

 3番・和氣美波(三年生)

 4番・的場恒星(三年生)

 5番・本堂美蘭(二年生)

 6番・鳩羽昴(三年生)

 7番・太田結々子(二年生)

 8番・早瀬真奈果(三年生)

 9番・溝脇のど香(三年生)

 10番・奈良坂早苗(三年生)

 11番・狩野蓮(二年生)

 12番・園田楽(二年生)

 13番・万台美里(二年生)

 14番・大町小牧(二年生)

 15番・来栖道流(二年生)

 16番・瀬尾奈津美(二年生)

 17番・光本幸(三年生)

 18番・竜崎流花(一年生)

 19番・鬼頭薫(一年生)

 20番・湯浅広(一年生)


 となっている。


 甲子園では十八人しか登録できないが、地区大会では二十人がベンチ入りできる。


 基本的にはポジションが番号の通りだが、18番以降の一年生だけはポジションは関係ない。


 皇桜は選手層が厚く、各学年三十人前後の部員が所属しており、計百人近くの部員数だ。他の強豪、邦白高校や城山高校も同じくらいの部員数となっている。他の中堅校でも五十人近くはいるため、それを考えると明鈴は極端に部員数が少ない。


 理由としては、近年徐々に成績を落としている上にスポーツ推薦がないことだろう。


 話が皇桜のことに戻るが、そんな厚い層でも、三年生九人、二年生八人、一年生三人と、まだ高校野球に慣れていない一年生を除くとバランスが良い。


 こうなっている理由は定かではないが、二年生を育てながら次の世代も強くしていくことを考えいるか、単純に二年生に実力がある可能性もある。もしくは、ベンチ漏れした三年生と、ベンチ入りした二年生の実力が拮抗しており、次を考えて若い二年生を入れているという可能性もあった。


 どちらにせよ、ベンチ入りしている以上それなりの実力があるということなので侮れない。


 そんな皇桜の今日のスタメンは、


 一番センター早瀬真奈果

 二番セカンド的場恒星

 三番ショート鳩羽昴

 四番ファースト和氣美波

 五番レフト光本幸

 六番サード本堂美蘭

 七番ピッチャー柳生加奈

 八番キャッチャー吉高要

 九番ライト湯浅広


 となっていた。


 三年生が七人、二年生が一人、一年生が一人だ。


 一年生の湯浅は以前の練習試合でも出場していた選手だ。目立った成績は残していないが、本当に一年生かと疑うほど守備は堅実で、出場していることに違和感を覚えなかった。


 目立たないというのが逆にある程度の実力があるという証拠かもしれない。ミスをして悪目立ちすることだってあり得るのだから。


 試合が始まり、思った以上に拮抗していた。


 皇桜のエース、柳生は安打は浴びているが、それも散発の安打。流石に実力のある伊羽高校相手に毎回安打を浴び、それでも四回まででチャンスは一度しか与えていない。


 対照的に、伊羽のエース永田は、連打こそ浴びるものの、ギリギリのところでシャットアウトしている。二回と三回でピンチの場面はあったが、それでも後続を打ち取り零点に抑えている。


 差は大きくない。しかし、五回表、伊羽高校の攻撃が始まると、エース柳生は降板し、そのまま二番手で背番号10、奈良坂が登板した。


「巧くんはこの継投、どう見る?」


 司と伊澄でバッターの分析をしながら試合を観戦していると、司がそう問いかけてきた。


 早い段階での継投。今までの試合でも、皇桜では良く見てきた光景だ。


「……まあ、柳生の温存だな」


 練習試合では控えの選手に機会を与えるために早めの降板だったのだろうが、この大会でも柳生に限っては短いイニングしか投げていない。皇桜はシード権があるため二回戦からの登場なので、この試合がまだ二試合目ではあるが、二回戦でも途中まで野手として出場しながらも最後に登板し、一イニングを投げていた。


「選手のって言うよりも監督の起用がどんなものか見たかったから今の監督が監督になったら時期まで遡ったけど、エースは準決勝か決勝あたりまでは基本的に四回で継投してたな」


 今の皇桜の監督が監督に就任したのが確か七年ほど前だ。一、二年目は先発投手を長いイニングまで引っ張っていたが、五年前である監督三年目以降は基本的に短いイニングでの交代がほとんどだった。引っ張っても五回までだ。


「流石に毎回先発ってわけにはいかないだろうけど、いつでもエースが投げれる状況を作っておきたいってところかな」


 巧が皇桜のような采配をするなら、エースを先発させても試合を作らせてから短いイニングで降板させて次の試合に備えさせる。一番頼れるピッチャーということには間違いないので、ピンチでリリーフ登板も考える。


「まあ、この試合先発ってことは次はリリーフに回るだろうな。……先発予想しようか。司、伊澄、誰だと思う?」


 二回戦の先発が狩野で二回まで投げ、その後に竜崎が二イニング、その次に奈良坂が二イニング、最後に柳生が一イニングと投手リレーをしていた。狩野と奈良坂が一失点ずつで、竜崎と柳生は無失点。コールドとならなかったのは野手が控えばかり使っていたからだ。


 それだけの前情報を伝えると、司、伊澄と順番に答えた。


「流花だろうねー」


「竜崎、一択」


「だよなぁ……」


 この状況で先発の可能性が高いのは、狩野と竜崎だ。


 次点で奈良坂もあり得るが、現状リリーフとして登板しており、次のピッチャーもまだ準備はしていない。二イニングか、もしかしたら最後まで投げさせるつもりだろう。そうなれば奈良坂が先発という可能性は低くなる。


 そしてこの試合先発している柳生の可能性は一番低い。準々決勝の明鈴よりも、準決勝や決勝に焦点を当ててくると考えられる。


 そして、以前の練習試合で狩野は三失点と、さらにピンチを作り後輩の竜崎へとマウンドを明け渡している。


 たった一試合で相性などわからないが、堅実にいくなら竜崎だろうという予想がつく。


「まあ、ありがたいことに、この試合でレギュラーを結構使ってくれてるから対策は進めれそうだな」


 今日のスタメンでレギュラーではないのは、五番レフトに入っている光本と九番ライトの湯浅だけだ。


 もちろん明鈴戦で控え選手をスタメン起用する可能性もあるが、一番注意するべきレギュラー陣を警戒できるだけでもありがたい。


「伊澄、抑えれそうか?」


 巧は不安もありながらも、伊澄の状態や自信の確認のためにもそう尋ねた。


 そして、伊澄はキッパリと言い切った。


「抑える」


 尋ねた質問とは異なってくるが、伊澄の目は自身に満ちている。『絶対に負けたくない』という意思を、伊澄の目が語っていた。


「抑えれるかどうかじゃなくて、抑えないと勝てないから」


 伊澄の言う通りだ。伊澄はエースで、明鈴で一番のピッチャーだ。伊澄がダメでも、タイプの違う黒絵や棗であれば抑えれる可能性とあるが、精神的支柱となるエースが打ち崩されれば、それだけでチームの士気は下がる。


 伊澄が抑えなくては、誰も抑えられない。


「……方針は決めた」


 伊澄の決意を聞き、ピッチャーの起用法について巧の中で方針が固まった。


「完投でもなんでもするよ」


「完投するなら、七回まで投げ切ってくれよ。……とにかく、初回から打たれない力の割合で投げてくれ」


「わかった」


 先発ピッチャーは長いイニングの投球が求められるため、力をセーブして投げる。……ショートスターターのように、不安定な立ち上がりを短いイニングを全力で投げる場合もあるが、これは例外として置いておく。


 力をセーブして投げるというのは人によって割合は違うが、大体が八割程度、抑えても六割か七割で投げる。


 そうなれば、全力勝負で打ち取れる打者でも、力をセーブすると打たれる可能性が出てくる。


 巧は伊澄に対して、打たれないほぼ全力の投球を初回から求めていた。


 もちろん、全力投球で完投すれば一番ではあるが、どんな選手でも全力投球はせいぜい二、三十球と言われている。不可能だと思った方がいい。


 多少力を抜いて長いイニングを投げながら、できるだけ全力に近い投球で投げるという難しい注文を、伊澄は迷いなく受け入れた。


 伊澄次第で明鈴の戦い方は変わってくる。しかし、それと同時に野手が打てるかどうかということも勝利という完成形への歯車の一つだ。


 そして、そのどちらもうまく噛み合ったとして、巧がどのような采配をするのかによっても、関わってくる。歯車の中心とも言っていい。


「責任重大だな……」


 巧はポツリと呟いた。


 選手という歯車をうまく回せるか、それは巧にかかっているのだから。

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