夏大会県予選編【一年生】

第78話 初戦と取材

「嘘……だろ?」


 夏の大会の初戦、明鈴高校対北高校の試合。巧は愕然としていた。


 甲子園と県大会の決勝戦では点差によるコールドゲームはないが、準決勝まではあるため、当然この初戦にもある。


 条件としては四、五回に十点以上、六回に七点以上なのだが、四回裏現在で十二点もの差が開いていた。


 そしてその四回裏もツーアウト。三個目のアウトは、空振り三振を奪い、この試合を締めくくった。


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」


 まさかこんなことになるなんて、巧は思っていなかった。


 状態は良かった。バッティング練習でも各々当たりは出ていたし、守備でも細かなミスを減らしていったつもりだ。


 しかし、こんな展開になるとは予想をしていなかった。


 十二点も得点し、コールドゲームで勝利を収めるなんて。




 初回から振り返る。一番の由真がいきなり初球からヒットを放つと、それとは対極に二番の白雪がじっくりとボールを見極めた。七球と粘り、その間に由真は盗塁を決める。白雪な八球目に惜しくもセカンドゴロに倒れたが、それが進塁打となり、いきなりワンアウトランナー三塁となった。


 三番の夜空がフォアボールとなったが、ワンアウトランナー一、三塁で四番の珠姫がホームラン。いきなり三点を先制すると、相手ピッチャーは完全に崩れ、五番の亜澄、六番の七海とフォアボールで出塁。


 七番の陽依が内野安打を放ち、八番の司がライトへの犠牲フライでさらに得点する。その後の九番伊澄もツーベースを放ち、さらに得点に成功した。


 戻って一番の由真はライトフライに倒れてスリーアウトとなったが、初回で五点を先制した。


 その後も明鈴の攻撃が止まることはなく、二回には白雪がヒットを放ち、夜空はレフトライナーに倒れたが、珠姫が二本目のホームラン。ここで相手の先発、上野はノックアウトした。


 ピッチャーが代わり、亜澄、七海は凡打に終わる。その後の三回、陽依が凡打に終わったものの、司がショートへの内野安打。伊澄がフォアボールで出塁したものの、由真は凡打に倒れる。それからというものの、相手ピッチャーの制球が定まらず、白雪、夜空にフォアボールを許し、押し出しで一点を追加してなおも満塁。


 ここで打席を迎えるのは珠姫だ。ここで相手もまたピッチャーを交代したものの、初球のアウトローのストレートという難しいコースを一振りで仕留め、本日三本目となるホームランだ。


 後続と四回の攻撃は凡打に終わったものの、四回表終了時点で十二点を記録していた。


 ただ、それだけではなかった。


 伊澄もこの試合は誰にもマウンドを譲らないという気持ちを示し、初回から全力で投球する。


 一本もヒットを許さないどころか、フォアボールも許さない。十二人で十二個のアウトを奪い、コールドゲームで試合が終了したため、フルイニングではないものの、完全試合。


 参考記録ながら完全試合を達成し、この試合を締めくくった。


 この試合のMVPを一人選ぶとなれば難しいが、攻撃は間違いなく珠姫で、守備は伊澄だ。


 珠姫は三打数三安打三ホーマー、打点九。四分の三の打点は珠姫のものだ。


 そして伊澄は四十二球を投げて、四回無失点、五奪三振。十二個のアウトの内、約半数の五個を三振という自力で奪っている。


 ここまで圧倒できるとは思っていなかった。


 しかし、初戦でしかも無名だからといって手を抜くことはなく、全力で戦ったことがこの結果に繋がったのだ。


 間違いなく強くなっている。


 試合が終わり、ベンチから引き上げる。その中、相手チームの選手は泣いていた。


 夏が続くチームもあれば、夏が終わるチームがある。一回戦が終わればチームは約半分となる。シード校の二校を除いた六十校から三十校になるのだ。


 そして、今日、今この瞬間、甲子園という夢の舞台への可能性を北高校から奪った。明鈴高校はその選手たちの気持ちを背負いながら戦わなければいけない。


「……次も勝つぞ」


 絶対に勝ちたい。次へ進みたい。そういう気持ちを胸にして、巧たちは荷物をまとめ、次の試合を考えていた。




 ベンチから引き上げ、ダウンをしてから次の試合の観戦に備えようと考えていた。次の試合での勝者が、次の対戦相手となるからだ。


 そう思っていたが、すぐにはそうさせてくれなかった。


「一回戦突破おめでとうございます!」


 そう口々にしながらカメラやペンとメモを持つ人に囲まれる。要は報道陣だ。


 そしてそこには見知っている顔もあった。


「藤崎選手……、いや、今は藤崎監督ですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます。ナベさん、横山さん、お久しぶりです」


 ナベさん……渡辺さんは五十代くらいのカメラマン、横山さんは二十代中盤のインタビュアーだ。二人は中学時代の巧に注目していて、何度も取材を受けた新聞社の人たちだ。


「明鈴はまだそんなに注目されるようなチームじゃないと思うんですけど、何でこんなに人がいるんですか?」


 巧は純粋に疑問を投げかける。


「まだ、っていうことはこれから注目されると藤崎くん自身思ってると考えてもよろしいでしょうか?」


 言葉に含みを持たせて言ったが、まさか拾われるとは思わなかった。毎日のように取材をすることが仕事のプロということもあり、流石だと実感した。巧は素直に「そうですね」と答えた。


「今日は隣の第一球場で城山高校の試合があるので、多分ほとんどの人がそのために準備してたんですけど、色々と注目されていた明鈴が大勝したということでみんな来たんですよ」


「なるほど……」


 元々は目的ではないとはいえ、試合結果を聞きつけこれだけの報道陣が集まるのは素直に喜べることだ。


 今日は城山高校以外に注目の試合はなかった。明日は春季大会で準決勝までいった快晴高校の試合はあるが、皇桜学園と邦白高校の登場はまだだ。快晴高校も注目されているが、三強と呼ばれる城山、皇桜、邦白がやはり注目される。


 その三強の一角である城山高校に注目している人たちが押し寄せているのだ、報道陣も多いわけだ。


「とりあえず、インタビューいいですか?」


 横山さんの言葉によって雑談は終わる。次の試合に備えたいところだが、学校のイメージや今後入学してくる中学生などへのアピールにもなる。ここは潔く受けながらも早めに撤退した方がいいかもしれない。


「わかりました。ただ、全員じゃなくてもいいですよね?」


「もちろん」


「必要な人だけ残りますので、指定お願いします」


 ダウンと次の試合の観戦もしなければならない。手が空いている選手は出来る限りそちらに回したいという考えだ。


「そうだね。……監督として藤崎くんはもちろん、橋本先生にはまずお話を聞きたいですね」


 監督である巧と、顧問である美雪先生が指定されるのは当然だ。


「あと、キャプテンの大星さん。今日活躍した本田さん、瀬川さんですね」


「他の方は大丈夫ですか?」


 横山さんに指定させたため、他の報道陣の意見は聞いていない。とりあえず主となる選手を選ばせてあと誰か追加があれば残すというつもりだった。


「では、佐久間選手も」


 そう声を上げる人がいた。


 由真が指定されるのは意外ではあった。ヒットがあったものの、あまり見せ場は多くなかった。守備だってボールは飛んできてすらいないため、持ち味を見せていない。ただ、指定されたのでもちろんこの場には残す。


 他にはもういないようだ。


「それじゃあ……、光。あとは頼んでいいかな?」


「え、私? 了解」


 キャプテンである夜空、監督の巧、顧問の美雪先生に加えて三年生二人もチームから一旦離れるため、その場を仕切る人間が必要だ。そのため、光を指名した。


 光は意外そうだったが、親しみやすく周りをよく見ている光に任せようという判断だった。


 光が明鈴メンバーを連れて場を任せると、取材が始まる。次々と質問が飛び交った。まずは巧の番だ。


「勝因は何ですか?」


「チームが出来る限りのことをしただけです。明鈴も力をつけていますが、常に格上に挑むつもりで戦っています」


「実績のある瀬川選手や姉崎選手ではなく、二番に黒瀬選手を置いた理由は?」


「下位打線も打てるように、という考えです。黒瀬は技術があるので、今後の期待も込めて二番で起用しました」


「藤崎監督は何故男子野球部でなく、女子野球部に所属して、しかも監督をしているのでしょうか?」


「去年に怪我をして、満足にプレーできないため野球を離れました。ただ学力に見合った学校に進学した際にキャプテンの大星に元々の実力を買われて監督となりました」


 他にも様々なことを答えたが、大体は似たようなことも多かった。巧がある程度答え終えると、次は美雪先生へと視線が向いた。


 ただ、美雪先生にも同じような質問が多く、無難に答えるだけだ。


 夜空、珠姫、伊澄も質問に対して無難に答え、最後に由真の番だ。


「では、次は佐久間選手……。これは大星選手にも聞きたいのですが、現三年は去年の夏から春まで大星選手、本田選手しかいませんでしたが、何故今大会から佐久間選手も加わったのでしょうか?」


 このために由真を残したのか。止めたいところだが、止めればさらに変な憶測が飛び交うだろう。そのため、巧は静観した。


「ただ、私自身が一度部を辞めただけです。そこできっかけがあって再び戻ったというだけです」


「佐久間が言う通りです」


 由真と夜空は普通に答えた。詳細は話さなかったが、無難に返答した。


「大星選手と佐久間選手やそれ以外の現三年との不仲や、大星選手の問題行動があったという噂もありますが、本当でしょうか?」


 失礼な質問にこの場が凍りついた。他の記者も気になっていただろうが、口にはしない言葉だった。


 その質問をした記者は、由真に取材をしたいと言い、一つ目の質問をした記者だ。『明鈴の闇を暴く』みたいなことを書きたいのだろうか。


 しかし、由真は飄々と答えた。


「大星に問題行動があったとかなかったとか、それは今の取材とプレーに対する姿勢で十分にわかることかと思います。野球を取材して、野球を見てきた方々であれば、これについては答えなくてもご理解いただけるかと」


 由真は喧嘩を売るような返答だ。それでもあくまで下手に言いながら、『そんなこともわからないの?』と言いたげな声に棘のある返答だって。


「で、でも、本人の口から聞かなければわからないでしょう?」


 それでも言い返そうとする記者に対して、他の記者も冷ややかな目線を送る。流石にこれだけ直接的なことを聞くというのは、いくら高校生相手でも失礼だと思っているのだろう。そして、その高校生相手に負かされそうになっている。


「そうですね。確かに言わないとわからないかもしれないですね。……問題行動があれば部を去るのは夜空です。私を含め、部を去った現三年はもちろん問題行動など起こしていませんし、自分の意思で部を去っています。ただそれだけです」


 由真も、完全にキレているようで、取材用に大星と呼んでいたのが名前呼びに変わっている。


 完全に言い負かされて、記者は意気消沈といった様子だ。


 芸能人でもないただの高校生のスキャンダルを取り上げようとしている時点で、ロクな大人ではないだろう。


 出来る限りあの人の取材は受けたくないなぁ、と巧は考えた。


「では、最後に藤崎監督。今後の目標をお願いします」


 取材ももう終わり、締めの言葉として巧へ質問を持ってきた。


「甲子園優勝……と言いたいところですが、まずは目先のことから考えていきたいと思っています。この大会での目標と言われれば、甲子園出場で、甲子園出場が決まれば自ずと目標は優勝へと切り替わります。ただ、とにかく二回戦を勝つことだけを考えて、次の試合に挑みたいと考えています」


 巧のその言葉で報道陣が解散した。


 美雪先生と由真はこの場に慣れていないと思うが、巧、夜空、珠姫、伊澄は日本代表にも選ばれたことがあるため、当然こういったインタビューも受けたことがある。


 ただ、何度受けても緊張はする。


「藤崎くん」


 解散したはずのところに、横山さんと渡辺さんが戻ってきた。


「何ですか? 聞き残したこととか?」


 この二人とは、会えば雑談をすることもあるような、報道陣の中では親しい仲ではある。どれだけでも取材をしたいと言われれば受ける……とまではいかないが、可能な限りは答えるし、この二人から様々な情報をもらうこともあるため、利害という点に関しても一致はしている。


「いや、人が多いところでは聞きにくいなと思ってたことなんですけど……」


「何でしょう?」


 そんなに聞きにくいような質問なんてあるのだろうか?


 そう思ったが、質問の内容を聞いて、確かにこれは大人数の前では聞かれたくないことだと感じた。


「藤崎くんが監督となったのが、ハーレムを作るためっていう噂があるんですけど、本当ですか?」


「それは嘘です」

 

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