第79話 話題と注目

 快勝した一回戦を終えた翌日の朝、妹のまつりによって強制的に目を覚まさせられた。


「お兄ちゃんお兄ちゃん!」


 部屋をドンドンと叩く音。ノックというよりも完全に叩いている。藤崎家は基本的にノックをしてから入るというルールがあるため、まつりもそれに準じている。


 その音で目を覚ましたが、それと同時にまつりはドアを開いた。


「……なんだよ」


 眠い。一回戦は第一試合に試合だったが、その後の試合、第四試合まで見てから帰宅した。


 そのまで時間は遅くなかったのだが、久しぶりの公式戦の緊張感と取材もあり、帰ってからも巧自身が試合をしたわけでもないため体を動かしていた。予想以上に疲れていたのか、十時にはベッドに入り、気がつけば七時と九時間も寝てしまっていた。


 部屋に入ってきたまつりはユニフォーム姿だ。今日は普通にシニアの練習もあり、そのためだろう。そのまつりの手には今朝の新聞があった。


「これ見てよ!」


 目の前に突きつけられた新聞の内容は昨日の予選に関するものだった。そこの三重県の情報欄には高校野球のことが書かれている。


「……は?」


 巧は目を疑った。昨日の一回戦の一日目の結果が記載されているが、そのほとんどが明鈴高校の話題で埋め尽くされていた。


『古豪明鈴復活か!?』


 そう見出しに書かれている。そこまで大きくない写真だが、珠姫が打った瞬間、伊澄が三振を奪った瞬間、そしてベンチで試合を見守る巧の姿が写されていた。


『全日本高等学校女子野球選手権大会三重県予選、十年前に甲子園を沸かせた明鈴高等学校(以下明鈴高校)に復活の兆しが見えた。

 予選の一回戦は一日目の第一試合だ。三重県大会の始まりとなるこの試合、明鈴高校は北高等学校(以下北高校)との対戦だ。北高校はエース上野投手を擁するが、ここ最近は一、二回戦止まりと成績は振るわない。明鈴高校も、最近は好成績とは言えないが、今年には面白い一年生が二人も入ってきた。

 一人目は昨年のUー15日本代表に選出された瀬川伊澄選手だ。二人目は一昨年、二年前のUー15日本代表に選出された藤崎巧監督だ。

 藤崎監督は昨年の夏に怪我を負い、選手としては断念したようだが、明鈴高校に入学した後に大星夜空キャプテンから勧誘を受け、監督に就任したという。しかし、藤崎監督は女子野球部の監督でありながら、男子高校生という異色の監督だ。

 そして、瀬川選手が明鈴高校への進学を決めた理由は、同学年の姉崎陽依選手と同じ高校へと進学したかったからという理由だ。

 中学時代、瀬川選手は緑南シニア、姉崎選手は清峰シニアに所属していたライバル関係でありながら、小学生の頃は同じリトルに所属していた親友同士だ。再び同じチームにという理由から同じ高校への進学を決めたと瀬川選手は語った。

 明鈴高校はそれだけではない。キャプテンの大星夜空選手、三年生で四番ファーストとして出場した本田珠姫選手も三年前のUー15というラインナップだけで見れば強豪校にも匹敵する選手が集まっていた。

 結果は12ー0と明鈴高校の大勝に終わった。その大差の試合について、藤崎監督はコメントを残した。

「上野選手は厄介な投手だということで対策を練りました。そして選手の状態が良かったことも勝因と考えています。目標は甲子園出場、それが叶えば優勝も目標ではありますが、そのためにはとにかく勝ち続けることが必要です。大会前の対策として、勝ち進めばいずれ当たるであろう強豪よりも、まずは初戦を突破することだけを考えてその対策をしてきたことが結果に繋がったのかなと、私自身は感じています」

 藤崎監督は小学生時代から有望な選手だったため、取材に慣れているような受け答えが印象的だった。

 試合が大差となったのは「打線が繋がったこと」と藤崎監督はコメントしたが、この試合で注目された選手は二人いる。

 一人目は、瀬川選手だ。四回コールドながら完全試合を達成した。投げては四回無安打無失点、五奪三振と文句の付けようがないピッチングを披露し、打っても一打数一安打一打点一四球と、三打席目が回る前に試合を終えた。

 試合直後、瀬川選手は、「一年生ながらエース、そして初戦の先発という大役を任され、チームのことだけを考えて投げました。それが結果についてきたと思っています。北高校のエース上野選手は素晴らしいピッチャーなので、失点は許されないと思っていましたが、チームメイトが先制してくれたので気楽に投げられたことも結果の理由だと思います。もし、先攻後攻が逆なら、打たれていたのは私だったかもしれません」と謙虚に語った。

 そして二人目は、この試合がコールドゲームとなった理由とも言っていい、本田選手だ。

 本田選手は三打数三安打三ホームラン九打点と実に四分の三の打点を叩き出した。

 そんな本田選手はイップス(精神的な原因によってスポーツの動作に支障をきたす病)によって打撃恐怖症に陥っていたという。きっかけは中学三年生時に日本代表として出場した世界大会でデッドボールを受けたことが理由だ。左肘の故障もあり、元々左投げだった本田選手は右投げに転向し、再起を図った。その後、時間の経過やチームメイトの支えもあり、大会直前に完治の兆しが見えたようだ。

 そして迎えた夏の大会、本田選手は大暴れをした。まるで今まで溜めてきた鬱憤を晴らすかのように三本ものホームランを放った。

 今回の結果に本日選手は、「今まで打てないことでチームメイトに迷惑をかけてきました。もちろん打てないことをチームメイトは理解してくれていたため、優しく接してくれました。(一昨年は出場していないが、昨年は出場していたため)先輩には恩返しができなかったことが心残りですが、今年こそはチームのために全力を尽くしたいと考えています」とコメントを残した。

 この二人の活躍によって勝利を収めたことに関して、顧問の橋本先生は、「試合だけを見れば二人の活躍で勝つことができました。もちろん二人が努力したからこその結果ですが、他の選手も控えを含めて努力をした結果だと思います」と語った。

 大星選手、本田選手と同学年で三人しかいない三年生の一人、佐久間由真選手にも話を伺った。佐久間選手は一度部を離れたが、個人的にクラブチームに在籍し、鍛錬を積んできたようだ。夏の大会直前に復帰したようだが、そのことについて、「大星(選手)の凄さに自信をなくしたことが退部の理由の一つではありますが、それは自分の心の弱さが一番の原因だと考えています。大星のプレーに魅入られて、もう一度一緒にプレーがしたいと思い、復部を決意しました。出戻りではありますが、温かく迎え入れてくれたチームに恩返しがしたいです」と語っている。それと同時に、「今日は目立った活躍ができませんでしたが、長所だと思っている足と守備を生かして、チームを勝利に導けたらと思っています」とのことだ。佐久間選手はこの日、三打数一安打一盗塁と決して悪くはない成績だが、本田選手や瀬川選手の活躍に比べれば「自身の成績はまだまだだ」とも言っており、明鈴高校の切り込み隊長の今後の活躍にも注目だ。

 そして、キャプテンの大星選手は、三年前のUー15日本代表にも選ばれた実力者。その大星選手は今まで日の目を見ることはなかった。ただ、今回の結果に関して、「今日は活躍できなかったが、チームをプレーで引っ張っていきたい」と語っている。中学時代はプロも注目する選手だっただけに、そのことについて尋ねると、「プロは夢でもあり、目標でもあります。ただ、今はこの大会で勝つことだけを考えているので、その結果プロになれれば一番だと思っています」とプロに対して意欲を見せながら、今は甲子園のことだけを考えているようだ。

 あくまでも一回戦、ただ、それでもこの日の試合はここまでの大差で勝利を収めた試合は存在しない。注目された城山高校も、最近成績を伸ばしている双員高校との試合だったため、6ー1と好成績ながらも明鈴高校が一番注目された日とも言える。

 この結果は偶然なのか、それとも必然なのか、今後の明鈴高校の活躍に期待だ。』


 長々と明鈴高校について書かれた記事に目を落とす。


 そこには過去の巧たちの異名も綴られていた。


『鳳凰の覇王・藤崎巧』

『清峰の彗星・大星夜空』

『皇成のホームランプリンセス・本田珠姫』

『緑南の精密機械・瀬川伊澄』


 これは気恥ずかしい。中二病っぽくて、そうでなくとも大層な異名ではあるが、策略で天下を収めるという点で考えれば、監督をしている今ならちょうどいい異名かもしれない。


 いや、そんなことよりも、だ。本来は城山高校のために報道陣が出ていたはずだった。確かに城山高校についての記事も書かれている。しかし、その本来の目的よりも明鈴の方がピックアップされている。


「すごいな、これ」


「でしょー? お兄ちゃんすごいよ!」


 まつりは興奮気味に顔を近づけた。巧は邪魔だと言わんばかりに顔を押し戻す。


 すごいのは巧ではない。他の選手の活躍によってここまで注目されたのだ。


「お兄ちゃんが女子野球部の監督になったって聞いて色々心配だったけど、ちゃんと野球やってたんだね」


 まつりはしみじみと言う。


「野球部入って野球しなかったら何のために入るっていうんだよ」


「ハーレムのためかなぁって」


「アホか」


 丸めた新聞で軽くまつりの頭を叩く。まつりは「あ痛」と言っておどけた表情を見せた。


「それはそうと、まつり、時間大丈夫か?」


 巧は時計に目線を向ける。すでに時計の針は七時二十分頃を指していた。


「やばいっ!」


 まつりはドタドタと音を立てながら慌てて部屋を出た。


 シニアの練習場まで自転車で三十分ほどだ。八時から開始のため、いつもこの時間には出ている。


 友人と待ち合わせもしているはずだ。慌てて家を出る音と共に「いってきまーす!」という声が聞こえた。


 巧は予定よりも早く起きたが、午前中に軽めに体を動かしておこうと思い、部屋から出た。




 午後、部活に行くと、やはり新聞の話で持ちきりだった。


「めっちゃ注目されとんなー!」


 自分自身写っていなかったが、陽依は上機嫌だ。そんな陽依はテンションが上がりすぎて巧の背中をバシバシと叩く。急に背中を叩かれ、巧は思わずむせた。


「注目されてるけど、まだ初戦を突破しただけだぞ」


 厳しくも、あまり前のことを告げる。過去のことや元々注目されていた伊澄の影響も大きい。


 巧が男子生徒ながら女子野球部の監督という理由もあるだろうが、監督というだけで選手ではない。大勝したことで記事にしやすいという打算的な理由もあるだろう。


 それに夜空と珠姫も一年時は注目されていたが、記事にはならなかったと聞く。中学時代に日本代表でも、二、三年生にもなればそれも関係ない。となると、去年に三重県で唯一日本代表となった伊澄が特に注目されていたというのが一番の理由と考えるのが自然だ。


「ただ、確かに昨日の試合は素直に喜んでいいし、記事になったことも喜ばしいことだ。これから何回もこういうことがあるんだ、気を引き締めて次の試合も勝つぞ」


 冷たいようで、実は期待を込めた一言だ。何回もある、というのは、今後勝ち進んでさらに注目されると断言したようなものだ。


 巧の言葉の意図に部員たちは気付き、ニヤリと笑った。


「せやな、次も勝って取材受けるで!」


「取材受けるのが目的じゃないけどなぁ……」


 ただ、このことで部員はやる気が出たようで、それは何よりもいい傾向だ。


 そして、取材の話題はほどほどにミーティングが始まる。昨日観戦したデータを元に、次の試合の対策を練っていった。

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