第76話 結果と対策

 夏の大会が近づいてくる。


 そしてその週にはテストの返却も徐々に行われた。


 一教科、二教科と徐々に返されていき、だいたい水曜日か木曜日になる頃には全員のテスト結果が返却されている。そしてそれを部活前の今確認しようとしていた。


 その結果は……。


「なんでや、なんでや……」


 陽依がうなだれていた。もちろん結果が悪かったからだが、それは陽依のものではない。


「やっちゃった」


「私もやっちゃった」


 伊澄は二教科、黒絵は一教科の赤点科目を手に入れた。


 今回のテスト、伊澄の方が赤点は多いが、総合点数は伊澄の方が僅かに高い。


 黒絵はギリギリで赤点回避している教科が多く、伊澄もギリギリの科目はあるものの、比較的得意な文系科目の中で最も高得点だった英語表現は五十二点と赤点を余裕で回避していた。


 ただ、文系科目を苦手としている巧はコミュニケーション英語で五十点、司は世界史で五十一点を取ったが、これが最低点だ。


 話をしていた一年生の輪に混ざろうと、珠姫は巧の後ろから顔を出した。


「大丈夫、私もやっちゃった」


 そう言いながら、頭の上に赤点を取ったテストが見えるように乗せている。テストには綺麗な字で『本田珠姫』と書かれており、それとは裏腹に十六点という残念な結果も書かれてあった。


「大丈夫じゃないでしょ」


 巧は珠姫に冷たい目線を向ける。特に珠姫は三年生で受験生だ。プロ入り確実とかであればいくら赤点を取ったところで卒業出来ればいいが、復活してから公式戦もまだなので、プロに一切注目されていない状態だ。


 巧があきれ返っていると、夜空が困った顔をしながらやってきた。


「正直、むしろ赤点少なくて良かったねって思ってるくらいなんだよね。ある程度進めたところで全部は無理だと思ったから、期末で半分、追試で半分でクリアしてくのを考えてた」


 それを聞く限りでは健闘した方だが、もう何も言うまい。


「追試は週明けだから、ちゃんと合格してね?」


 夜空は優しそうに言いながら、笑顔でプレッシャーを与える。まるで「さもないとどうなっても知らないよ?」とでも言いたげな表情だ。


 今日は木曜日。テスト明けのため、部活は完全に解禁されているため、追加の休暇としていた木曜日も平常通り練習日となる。


 ただ、最終調整ということもあり、キツすぎる練習は避けたいところだ。そのために今日の練習の後半にはミーティングで今大会のチェックをしていく。


 ミーティングに使える時間を多くしたいため、練習は多少の負荷をかけるだけで早めに切り上げた。


 週末の土曜日から始まる大会の、大切なミーティングが始まる。


「まず、今大会の登場する学校が六十二校だ。その中で一回戦を免除されるシードは二校、以前練習試合をして皇桜学園……正式には伊賀皇桜学園だな、そこと前大会の覇者、甲子園出場校の邦白高校が一回戦免除だ」


 皇桜は去年甲子園に出ていない。しかし、一昨年は皇桜が甲子園に出場しているため、皇桜と邦白が県内でもトップクラスであることには間違いない。しかし、他にも強豪はある。


「強豪同士が序盤で潰し合わないためにも、一回戦へ免除されないけどトーナメント表の端に振り分けられるシードがある。今回は城山高校と快晴高校がそれだなそして城山は皇桜や邦白に匹敵する強豪だ」


 城山高校は去年の夏の大会では準決勝で邦白高校に負けているため、実質準優勝との呼び声も高い。基本的には皇桜、邦白、城山の三校が三重県のスリートップだ。


「ただ、快晴も侮れないところだな。去年の夏は二回戦敗退。でも主力は当時の二年生と一年生が多かったようだ。だから今年で言うと二、三年生が豊富ってことだな」


 この夏の大会のシードは前年ではなく、直近の春の大会の成績によって変わる。つまり快晴高校は夏の大会で二回戦敗退とはいえ、春季大会では準決勝まで進んだことになる。


「問題は二、三年生だけじゃなくて、入ったばかりの一年生っていうのもあるんだけど、他の強豪校も含めて戦うとしたら準決勝以上だから一旦置いておこう」


 上ばかり見ていても、序盤で負けてしまっては意味がない。まずは初戦に当たる相手からだ。


「一回戦目は昨年の夏では二回戦敗退、秋は一回戦、春は二回戦敗退と直近の大会では成績が残せていない高校だ」


 言ってしまえば弱小校だ。しかし、弱小校でも良い選手はいる。


「エース上野は秋季大会では怪我で欠場、去年の夏は二年生ながら六回一失点と好投していた。春季大会は七回無失点、つまり完封で勝利を飾っている」


 問題はそれ以降のピッチャーだ。エースの上野は良い投手だが、二番手以降との差が激しい。もちろんその弱点も分かっているだろうから、克服するために練習を積んでいるだろう。


「まずはエースの上野を打ち崩せば勝利が近づくだろう。打撃は良くないチームだけど、油断をしていればそこを突かれる」


 そもそも明鈴だって強いわけではない。夜空が突出しているため、打ち勝つこともあるが、元々投手力がなかった。そこに一年生が加わり、最近の練習試合での成績は良いとはいえ、周りから見れば弱小校よりの中堅校か、中堅校よりの弱小校といった立ち位置だろう。


「まずこの試合で古豪明鈴高校の復活を示したい。そして相手が今後も警戒してくれれば、その隙も突ける。……それに周りからの評価が上がれば練習試合も組みやすくなるし、強いところからも誘われるかもしれない」


 弱いというイメージがあればあるほど強い高校はわざわざ練習試合をしたいと思わないだろう。皇桜に関しては伊澄や夜空への警戒心から練習試合をしてくれたが、今後はどうなるかわからない。


 強豪校は県外遠征することも多く、日程も埋まっている場合も多い。


 練習試合をする価値があると思わせるレベルになる。それが今後のチームの強化にも繋がる。


 今はまだ、ほとんどが弱小校との練習試合だ。そして練習試合でどれだけ快勝しても、注目されていない高校同士の戦いだと評判は上がらない。


 話が逸れたため、一度大会の方に話を戻す。


「試合の話に戻るけど、一応ルールの確認な。試合は七回制で決勝だけ九回。延長は最長十二回で決勝だけは十五回、引き分けだと再試合だ」


 延長に関して最後までやることはあまり多くないが、念のため説明しておく。再試合も数年に一回あるかどうかだ。ただ、知っておくだけで心構えは変わる。


 もし通常の試合で最長の十二回までやるとなれば、先発が長いイニングを投げなければ投手が足りないという事態が起こるため、できるだけ避けたいところだ。再試合となれば他の高校よりも一試合多く、連戦となる可能性もあるため、こちらも避けたい。


「とりあえず初戦の相手は決まっているけど、二回戦は二校のうちどちらか、三回戦目は四校のうちどれかになるからとりあえず対策はまだ練らない」


 これは、一回戦と二回戦で多少時間があるため、今二校ともの情報を頭に入れるよりも優先するべきところがあるという判断だ。その辺りも含めて続けて説明をする。


「十七日と十八日に一回戦で、うちは十七日だな。そして十九日と二十日は普通に学校があるから試合はない。夏休み初日の二十一日は一回戦の予備日だから、二回戦目は二十二日と二十三日になる。うちは一回戦で勝てば二十二日だな。次の三回戦目は二日空いて二十五日だな」


 初戦を突破すれば、そこから四日空く。この期間に次の対策ができ、その次も二日空くため、その間に対策が練れる。


 一回戦、二回戦は二日に分けて行われるが、明鈴は運良く一日目の方だ。二日目よりもややゆとりは持てる。


 しかし、問題はここからだ。


「四回戦……つまり、準々決勝は二十六日だ。三回戦と四回戦は連戦だ」


 ここが一番の問題だ。三回戦の先発は、準々決勝で使えない可能性が高いと考えてもいい。現状では余裕があれば早いうちに交代させて、棗や夜空をリリーフとして登板させるつもりなので、準々決勝で短いイニングであればリリーフの起用を考えている。


 しかし、ギリギリの戦いで先発を降板させたくないとなれば、登板を避けることも考えなければならない。


「準決勝と決勝は二十八日、二十九日と連戦だけど、準々決勝から一日空く。まあ、ここまで先を考えるのは勝ち進んでからだから対策も何もないけど、もし投げるなら伊澄と黒絵で一日ずつだな」


 これは三回戦や準々決勝まで行ってから考えても遅くはない。連戦の疲れもあるだろうから、ここまで行けば調整とミーティングだ。


 今こうしてミーティングしているのは基本的に一回戦の相手を見てのことだ。しかし、完全には無視できない存在で、ほぼ確実に勝ち上がってくるであろう相手がいた。


「……もちろん三回戦までを軽視するわけじゃない。でも、みんなわかっていると思うけど、ターニングポイントとなるのは準々決勝だ」


 巧は指先で手元にあるトーナメント表をなぞった。


 トーナメント表は左右でブロック分けされており、その左右でさらにグループ分けされている。AグループとCグループには一回戦が免除されているシード校が配置されており、明鈴高校はそのAグループで、シード校の位置とは真反対に位置している。


 つまり、準々決勝で当たるのはそのシード校だ。


「この組み合わせが出たのは約一ヶ月前、六月十九日だ。その時点で気付いたと思うけど、準々決勝で当たるシード校は……伊賀皇桜学園だ」


 ちょうど組み合わせ発表の一週間前、皇桜とは練習試合を行った。そして、雪辱を晴らすため、約一ヶ月、打倒皇桜を目指して練習していた。


「もちろん目標は甲子園だ。ただ、そこに行くにはまず三回戦までを突破して、一度負けた相手の皇桜を倒さなければいけない。そこからもベスト4に入る強豪たちと戦わなければいけない」


 皇桜に勝つことは第一の目標と言っていいだろう。しかし、それはあくまでも通過点で、甲子園出場が第二の目標、そして甲子園優勝が最終目標だ。


「まずは準々決勝進出……ベスト8入りをなんとでも果たしたい」


 これは来年にも関わってくることでもあった。甲子園を目指せる位置にあれば、学校側も女子野球部に出資してくれる。機材の新調や、スポーツ推薦枠がもらえるだろう。


 まだ部員には言っていないし、オフシーズンとなるまで言うつもりはないが、スポーツ推薦枠については、すでに美雪先生を交えて学校側と交渉していた。


 夏の大会ベスト8入りで一枠は保証してくれると言われ、それ以降も勝ち進んだり、秋季大会次第でも推薦枠を調整することを約束してもらった。


 高待遇で勧誘することで、良い選手が入学してくれる可能性もあるため、部の強化にも繋がる。


「ベスト8に入るためにも、まずは目の前の相手だ。……絶対に勝つぞ」


 言いたいことは言い終えた。


 しかし、ミーティングはまだまだ終わらない。まずは初戦の相手の特徴を一つ一つ、丁寧に説明していった。

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