第75話 テスト終わりと背番号

 テストが始まる。


 日程としては主教科二つと保健、体育、選択科目の芸術、家庭、情報の副教科から一つの計三教科を五日間行う。


 月曜日を難なくクリアし、また『はるや』で勉強会を行う。今度も九時過ぎまで勉強会を行ったが、昼から長時間となるため、軽く体を動かしたり勉強ばかりではない。


 そして前回は厚意に甘えて格安でご飯を提供してもらったが、今度は定価でいただいた。


 木曜日も勉強会があったが同じくだ。


 なんとか期末テストを乗り切り、今まで練習はあったとはいえテストからの解放感からか、練習はいつもよりも集中できていたようにも感じる。それか、テスト勉強を行うことで集中力が増した可能性もある。


 そして、土曜日、日曜日と一日行われた練習が終わり、日曜日の練習後のミーティングだ。ついに部員としては待ちに待った日が訪れた。


「待たせて申し訳ない。今から背番号の発表をしたいと思う」


 巧の言葉で部員全員が息を飲む。


 本来であればもっと早くに発表したかったのだが、ギリギリになった理由として、珠姫の復活や由真の加入があったことで背番号の再考をしたところだ。二人は特殊な面もあるため、本来であれば巧、美雪先生、夜空の三人で決めるところだったが、珠姫と由真の意見も聞いた上で考えた。


 最終決定は巧、美雪先生、夜空で決めたため、二人の意見は参考程度ではあるが。


「それじゃあ、呼ばれた人から背番号を取りに来てくれ」


 考えなくともある程度背番号がわかる人もいる。しかし、この場の緊張感で、一人一人がチームの立ち位置や監督である巧の期待などを感じ取ってもらいたい。


「まずは背番号1番……瀬川伊澄」


「……はい」


 伊澄は溜めながら返事をする。


 全員納得の人選だ。ただ、やはり同じピッチャーである棗と黒絵は、わかっていても悔しいという表情だ。その気持ちが大切だ。


 秋もあり、春もあり、また来年の夏もある。特に同学年である黒絵はまだ二年もこの番号を手にするチャンスもある。自分がエースとしてマウンドに立ちたいという気持ちを忘れて欲しくない。


「伊澄、お前がエースだ。重要な場面でマウンドを託すだろう。苦しい場面でも投げ続けないといけないだろう。……期待しているぞ」


「頑張る」


 伊澄は背番号を受け取り、元々自分がいた位置に戻る。冷静な立ち振る舞いだが、それでもその番号の重みを理解して、大切そうに、離さないように、握り締めた背番号にシワが寄っていた。


「次、背番号2。神崎司」


「はい」


 これは以前から司に明言してあった。そもそもキャッチャーを専門でしているのは司しかいない。納得の背番号だ。


「チームの要だ。頼んだぞ」


「うん」


 司は目尻に涙を溜めている。入部してまだ三ヶ月だが、一時は辞めようかも悩んでいたほどだ。それでもこの番号を手にできたということに喜びを隠せないのだろう。


「背番号3。諏訪亜澄」


「えっ、は、はい!」


 亜澄は驚いたという表情だ。本来であれば復活した珠姫が当確とも考えるが、それは協議の結果、別の背番号ということになったのだ。


「背番号4。大星夜空」


「はい」


 キャプテンであり、明鈴で最高のプレイヤーである夜空がこの背番号であることは異論はない。最後まで持ち味である守備でアピールし、セカンドのレギュラーを争っていた鈴里も納得はしながらも悔しい表情だ。


「背番号5。藤峰七海」


「はい!」


 七海は攻守共に安定感もあり、サードで争うとなれば亜澄と瑞歩だろう。ただ、亜澄は3番であり、瑞歩は勝っているところは長打力くらいだ。三年生である夜空、珠姫、由真を除けば、一番安心して見ていられる選手だ。


「背番号6。黒瀬白雪」


「……はい!」


 正直、ここは鈴里と悩むところもあった。本職はセカンドとはいえ、鈴里は守備面を考えれば飛び抜けている。とはいえ、打撃力を考慮して守備もショートとして問題ない守備力を持つ白雪を抜擢した。


「背番号7。姉崎陽依」


「はい!」


 陽依は様々なポジションを守れる便利屋だ。ただ、本職はレフトでもあるため、一番しっくりくる背番号だとも言える。他のポジションも守ることもあるとは思うが、本職であるレフトのレギュラーの背番号である7番を与えた。


「背番号8。千鳥煌」


「……はい!」


 煌は驚いた表情を浮かべながら背番号を受け取る。先ほどからそうだったが、違和感に気付いているのだろう。


 しかし、これは守備力を考慮しての番号だ。その守備力は外野手では由真と遜色ないか、下手するとそれ以上のものを持っている。


「背番号9……月島光」


「……えっ?」


 光は驚いた声を漏らし、返事がない。テンポが遅れて「はい」と返事をする。


「悪い。煌も察していると思うけど、レギュラーじゃないんだ」


 ここで巧は告白する。この背番号は珠姫の復活や由真の加入以前に考えたものだ。これがなければ、その通りのレギュラーだった。


「珠姫と由真から、レギュラー番号は受け取れないって言われたんだ。ただ、それでもこの番号を与えることに問題ないと判断したから渡している」


 紛れもなく本心だ。攻守のバランスを考えるとこれが最適だと思っている。梨々香はムラがあり、レギュラー番号を与えるというよりも代打の控えとしての方が安心できる。そのため、守備に定評のある煌と、守備範囲が広くムラのない光を抜擢した。


「あとでまた説明するよ」


 そう言って巧は背番号を続けて言っていった。


「背番号10。結城棗」


「は、はい!」


 二番手である黒絵ではなく、棗だ。これは悩んだが、黒絵は他に意味を持たせた番号を考えていた。そして何よりも……。


「棗はリリーフエースだ。まだ苦しいところもあるとはいえ、打たれ強いピッチングが魅力だ。先発は主に伊澄と黒絵になるけど、二人ができないことを棗にはやってもらいたい」


 苦しい場面で代えざるを得ない場面、そういった時に出番が回ってくる。今後の成長も込みで期待しているのだ。


「背番号11。佐々木梨々香」


「はーい」


 のんびりとした声で返事をする梨々香。本来であればこの番号はピッチャーの番号だが、黒絵をあえて外したのは黒絵の番号に意味を持たせたからだ。


「代打の切り札、期待してるぞ」


「期待に添えるように頑張るよ」


 梨々香はのんびりと答えたが、代打の切り札と言われた喜びと、レギュラー番号を取れなかった悔しさから背番号を握り締めた。


「背番号12。水瀬鈴里」


「はい!」


 本来であればこれは控えキャッチャーの番号だが、そもそもキャッチャーがいない。しかし、鈴里はある意味守備の要でもある。


 以前のように夜空にアクシデントがあれば、遜色のない守備力を持つのは鈴里だけだ。皇桜との試合では打力を考えて直接交代はしなかったが、守備に置いては信頼している。


 守備の要ということや、守備を信頼しているということを伝えると、鈴里は「にへへ」と笑った。


「背番号13。椎名瑞歩」


「はい!」


 本職はサードだが、ファーストも守る瑞歩がこの背番号だ。長打力もあり、代打の起用も期待している。


「背番号14。豊川黒絵」


「は、ひゃい!」


 黒絵は緊張して盛大に噛み、部員の笑いを誘った。


 巧も思わず笑ってしまったが、咳払いをし、言葉を続けた。


「これは十年前、当時のエースが一年生の時に背負った背番号だ。それを渡した意味はわかるよな?」


 昔はポジションの兼ね合いもあるが、基本的に年功序列で背番号を決めていたようだ。そのため、空いていた背番号で一番若い番号が当時のエースの番号となったということを、残されていたノートに記されていた。


 そしてそのエースは今でもプロで活躍しており、背番号14を背負っている。プロではピッチャーの番号でもある。


『エースになれ』


 そういった意味を込めてこの番号を送った。


「が、頑張るよー!」


 現時点でエースナンバーを背負う伊澄、そして現時点ではまだまだながら伸び代のある黒絵、そしてリリーフとして安定し始めた棗がもし先発に戻るとなれば、来年のエース争いが楽しみだ。


「次、背番号15……佐久間由衣」


「えっ、え、は、はい!」


 驚いた声を上げる由衣。由真ではなく、由衣だ。


「背番号余ってるしな。マネージャーもチームの一員だよ」


 マネージャーである由衣に背番号を与えることは事前に伝えてあったし、そもそも去年までも背番号に余裕があればマネージャーに背番号を与えていた。そのため、なんらおかしなことではない。


 驚いた理由はわかる。三年生であり、元々先輩マネージャーであった珠姫と、姉である由真よりも若い番号をもらうことに引け目を感じているのだろう。


 わかってはいるが後で説明するため、かまわず巧は続けた。


「背番号16。本田珠姫」


「はい!」


 番号は後ろから二番目だ。それでも珠姫は晴れやかな表情を浮かべている。


「最後、背番号17。佐久間由真」


「はい」


 由真が背番号を受け取り終えると、これで背番号の発表が終わる。もちろんここから説明が始まった。


「まず、珠姫の背番号だけど、これは今まで三年間付けてきた番号だからだ」


 今まで部員の人数も少なく、マネージャーということもあり適当な番号に入れられていた。一年生時は空いていたためで、二年生時は一番最後の番号だ。そのため、三年間の集大成ということもあってのこの番号だ。


「由真は原点回帰だな。一年生の時に付けていた番号だ」


 まだ上級生がいてレギュラーではなかった由真が一年生の夏に付けていたのが17番。そしてその後の秋と春ではレギュラー番号だったが、再加入で初心に戻りたいということ、今までやってきた後輩たちから背番号を奪いたくないという由真の希望からこの番号となった。


「まあ、光の時にも言ったけど背番号通りのレギュラーじゃない。だから正式にレギュラーを発表する。


 回りくどいことかもしれないが、これが最適だと思ってのことだ。特に珠姫と由真は、レギュラー番号となればむしろ二人が納得できないだろう。そのためこのような形となってしまった。


 そしてレギュラーは、


一番センター佐久間由真

二番ショート黒瀬白雪

三番セカンド大星夜空

四番ファースト本田珠姫

五番レフト諏訪亜澄

六番サード藤峰七海

七番ライト姉崎陽依

八番キャッチャー神崎司

九番ピッチャー瀬川伊澄


 このような構成だ。


「打順の入れ替えはあると思うけど、一戦目はこれでいく。ポジションはこれがレギュラーだ」


 ポジションはこのメンバーがレギュラーだと明言する。もちろん調子の良し悪しやピッチャーが伊澄ではなく黒絵だったり、あとはバランスや負担を考えて変える予定ではある。しかし、強豪と戦うベストメンバーは今のところこれだ。


「初戦は次の土曜日だ。そのあとからは勝ち上がればチームも減っていき、後半になればその分過密なスケジュールとなる。序盤は絶対に勝つためにベストメンバーでやるけど、後半になれば誰がどの状況で出てもおかしくない。全員が毎試合出るつもりで戦うぞ!」


 これが一番言いたかったことだった。


 レギュラーだ、控えだ、なんてことは関係ない。やることはみんな同じ、試合に勝つために最善を尽くすこと。


 ただ、それだけだ。

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