第14話 問題点と対応
「それにしても、楓のところの三好さんだっけ? すごいな」
「彼女は天才ですから」
一試合目では投げて三回二失点と微妙だが、まだ野球歴数ヶ月の初心者だ。初心者の現段階で強豪相手にこの結果は十分すぎる。
楓と夜狐は高校の入学説明会で出会ってから一緒に練習することがあったという程度のようで、まだ一年にも満たない。試合自体も部活休止中の今は楓と夜狐はクラブチームに参加しており、そこで何試合か経験した程度のようだ。打撃も走塁も守備もバランスが取れており、もし明鈴にいれば伊澄や陽依のピッチャー時に手薄になる外野陣にありがたい存在かもしれない。
「楓も三好さんもこのままうちにいてくれたら良いんだけどなぁ」
夜狐はピッチャーとしても野手としても成長すれば夜空の後継者に一番近いタイプだ。楓も、司とポジションはかぶるが、負担を考えて併用するなりどちらかをポジションコンバートするのも面白い。
「そう言ってくれるのは嬉しいですねぇ。でもうちは一緒に野球したい人がおるんで」
「それってさっきも言ってたけど白坂さん?」
先ほども楓が口にしていた白坂伊奈梨。楓が伊奈梨に憧れて野球を始めたというのは神代先生からも聞かされている。
「そうです。伊奈梨に憧れて野球を始めたので」
神代先生の言う通り、楓は伊奈梨に憧れている。だが、今回の合宿に伊奈梨は参加をしていない。
「さっきも呼び捨てにしてたけど相当仲がいいんだな」
楓は「あっ!」っと言って口元を手で押さえた。無意識だったのだろう。
「伊奈梨は特別なので。あと伊奈梨に呼び捨てにしろって念を押されて」
「その白坂さんはなんで今回の合宿に来なかったんだ?」
神代先生も誘ったとは言っていたが、実際には楓と夜狐の二人しか来なかった。もし伊奈梨が合宿に参加していれば、彼女のピッチャーとしての資質は明鈴にも良い影響を与えただろう。
「さっきの話で、真っ先に監督に嫌われてうちが入部する前に野球部を辞めたのが伊奈梨なので、うちに合わせる顔がなかったか、うちのことが嫌いになったかのどちらかだと思います」
嫌いになったからというのはわからないが、自分に憧れて自分と野球をしようとしていた後輩が入部する前に部を去ったとなると顔を合わせづらいのは大いにありそうだ。
「部に戻って来なかったらどうするつもりなんだ?」
「その時には野球は辞めます」
楓はキッパリとそう言った。比較対象が司しかいないため司と比較するが、キャッチャーとして重要な肩の強さは圧倒的に司のが上だが、キャッチングやスローイングは楓の方が上だ。つまるところ野球を辞めるのはもったいないと感じてしまう。
「まあ、そうならんためにも意地でも連れ戻すつもりです」
「怖いなぁ」
強気というか、口調に先ほどよりも怒りを帯びているように感じるがクスクスと笑っている。笑いながら怒るというのは楓のように美人な人ほど怖いものだ。
「ところで試合もそろそろ終盤ですなぁ」
すでに試合は六回表に突入している。前半に投げた黒絵は三回一失点と上々だ。ただ、黒絵の傾向としてストレートで押すため、慣れてくる二巡目以降に失点をしてしまう。今回も一巡目でたまにヒットが出て、上位に回ったタイミングで失点をしている。後半に投げている棗は、二回 回を投げて二失点だ。
攻撃も伊澄が出塁、白雪と夜狐で繋いだり得点となることもあるが、珠姫がストッパーとなってしまいチャンスを生かし切れていない。未紗が下手に派手なプレーをした際の内野安打のみで三打席で一安打だ。それがなければ三打席とも凡退となっている。
六回の明鈴の攻撃、五番に入っている梨々香はこの試合初のヒットを放ち、続く司もヒットでチャンスを作る。しかし、瑞歩、鈴里、棗と凡退に倒れてノーアウトランナー二塁一塁のチャンスから得点は叶わなかった。
ここで本来は試合は終わりだが、水色学園の攻撃機会が減ってしまうため勝敗は決していても試合は続いている。
「佐伯先生、何か手応えはありましたか?」
「良い感じにチャンスは作れていましたね。ただ強豪相手となると乱打戦になると思いますのでもう一歩欲しいところですね。あと未紗はセンスはあるけどそれに任せきりなプレーが多いです。他にも守備の粗さは目立ちましたね」
確かにそれは巧も感じていた。自分の目が間違っていなかったかを確かめたくて佐伯先生に尋ねたという意図もあった。
「藤崎くんの方はどうですか?」
「四番の珠姫がなかなか打てないですね。彼女が復調すれば層もさらに厚くなるんですが……。あとは守備もありますが、ピッチャー陣の安定感がイマイチですね」
やはり課題はピッチャーだ。珠姫の復調は彼女次第なのでどうにもできないが、ピッチャー陣は伊澄以外安定感がない。夜空や陽依は安定感があるが、守備の要でもあるため二人だけに頼りたくないところだ。特に夜空は夏の大会が終われば引退する。今後のことを考えて安定感のあるピッチャーは不可欠だ。
「まだ監督になって日が浅いですが、藤崎くんもしっかりとした分析をしますね」
「ありがとうございます」
「選手も日々成長していきますが、それは監督も同じことです。私は藤崎くんの成長が楽しみですよ」
佐伯先生は「今後もお世話になることですから」と付け足して言ってくれた。ただの一般生徒が監督をしているというのは合同で合宿する佐伯先生にも不安があったのだろう。
「これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
これからの関係を続けていく上で巧の対応も求められる。それはまだ先の巧が卒業する三年後以降にも関わってくることだ。
しっかりとやっていかなくては。そう改めて感じたのであった。
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