第13話 原因と究明
一試合目はトントン拍子で試合が終わった。結果は夜狐が三回を投げて二失点、伊澄は後半の三回を投げて無失点だ。攻撃の方でも後半に登板した輝花から満塁のチャンスを作るものの一得点のみと微妙な結果と終わってしまった。
次の試合では光陵の二年生チームと水色の一試合目のメンバーとなり明鈴は全員自主練習や次の試合に向けて早めの昼食を摂っている。巧は審判という役割があるため、自主練習を行う選手の様子を窺うことはできない。しかし、この二チームの試合風景を見ることで明鈴に足りない部分を勉強することもできた。
二試合目は一方的な試合となっていた。光陵は昨年の甲子園に行ったメンバーだ。流石に中堅校である水色との差は歴然とし、五対一と危なげもなく勝利を収めている。
本日三試合目は一試合目の際にスタメンとならなかった明鈴のメンバーと、同じく二試合目に出なかった水色のメンバーだ。
水色学園のスタメンは、
一番センター川元一
二番サード近藤明音
三番ショート天野晴
四番ファースト仲村智佳
五番レフト平河秀
六番ピッチャー村中亜里沙
七番ライト明石雪穂
八番キャッチャー志水柚葉
九番セカンド成瀬未紗
となっており、レフトの平河秀と東山燐は先ほどピッチャーとして登板したため途中で交代し、ピッチャーの村中亜里沙はこの試合もう一人のピッチャーである久遠恋と代わる。
正直選手の特徴は掴めていないが、一番要注意するのはショートの晴だ。彼女は水色学園のキャプテンでもある。
「先輩ー。ショート代わりましょうかー?」
そうキャプテンの晴を煽っているのはセカンドで一年生の未紗だ。煽ったはいいものの、「調子乗るな」と拳骨を喰らっている。
「ボクのリードにかかれば無失点で抑えてみせますよ!」
そう大口を叩くのはキャッチャーの柚葉。こちらも「失礼だろ」と晴に拳骨を喰らっていた。
「あの子たちはいつもああなんですよ」
「あはは……」
穏やかな佐伯先生も二人には手を焼いている様子だ。明鈴で言うと陽依や伊澄、予備軍として黒絵も含めて「煩い組」と呼んでいる一年生たちのような存在だろう。
この試合のもう一人の一年生であるサードの明音は司と談笑をしている。この二人は合宿中でも一緒にいるの「見かけるので、元々知り合いか合宿で仲良くなったのだろうか。
「藤崎さん、藤崎さん」
佐伯先生お話をしていると声をかけられる。そこには鳳凰寺院学園の白夜楓がいた。
「うちもここで見てええですか?」
「あぁ、佐伯先生、いいですよね?」
「もちろんいいですよ」
佐伯先生の許可ももらい、楓は「ありがとうございます」と言うと巧の横に立った。
「同級生だし、俺にはタメ口でいいですよ」
「うちは元々こういう話し方なんで……。じゃあ名前で呼ばせてもらいます。巧さんもタメ口でいいですよ」
「そうさせてもらうよ」
そろそろ試合が始まる。明鈴の攻撃から始まるため、一番の伊澄の打席からだ。
「鳳凰さんには聞きたいこともあったのでちょうどよかったです」
佐伯先生は試合から目を離さないように前を見ながら話し始める。
「それは鳳凰寺院学園の内情ですか?」
「ええ、嫌でなければお話を聞きたいと思いまして。一年生の白夜さんは知らないところもあるかもれませんが」
佐伯先生が質問の内容を話す前に楓は分かっていたかのようにその話題を出す。もちろん巧も気にはなっていたことだが、いきなり聞くのは不躾だと思い仲良くなって話してくれそうなら聞こうと思っていたことだったので、佐伯先生が突っ込んでくれたことはありがたい。
「うち、中等部だったので全部知ってますよ」
「そうだったのですか。ちなみに白夜さんはいつから野球を?」
「野球自体は中一の夏です。ただ家の事情で部活に入れなかったので、別の中学でしたけど伊奈梨……白坂先輩と練習していました」
楓も夜狐と同じように部活自体は高校からということだ。ただ、夜狐に限っては聞くところによると野球自体まともにしたのが高校に入ってからのようだ。
「それでしたら色々と知っているのですね。……春の選抜、何があったのですか?」
「そうですね……」
楓は鳳凰寺院学園に起こった昨年の秋からの出来事を語った。
前任の先生はご懐妊され、監督を退任した。そのため今の監督、男性の監督が就任したようだ。
そして聞くところによるとその監督に問題があった。セクハラやパワハラがあり、セクハラは実害があったわけではないがそういった発言や、生徒をいやらしい目で見ることが度々あったという。パワハラに至っては実力があろうとなかろうと気に入った生徒がいれば試合で使い、少しでも歯向かった生徒は徹底的に部から干されたようだ。春の選抜で前年の甲子園メンバーの多くが外されていたのは、実力があるため代表して苦言を呈した生徒として干され、ベンチ外の生徒は監督に怯え歯向かうことが出来なかったということらしい。
監督の方針に耐えかねて部活に来なくなったり退部したりする二、三年生が続出し、そのような状態で一年生は入部した。中等部時代から関わりのあり二、三年生からの信頼もあった楓がキャプテンとしてチームを存続させようとするものの一年生内でも監督について行けずにやがて部活休止状態に陥ったという。
「そうなんですね……」
佐伯先生はなんとも言えない表情だ。巧も楓の話に口を噤む。予想以上に深刻な話だ。選手の時には気にしていなかったが、監督となれば自分の決定でチームを左右する。もちろん良い方向に導くこともできるが場合によっては鳳凰のようにチームを崩壊しかねない。
適正な判断を完璧にこなすことは難しい。しかしそれでも最善に近い選択をしなければならない。
「学校もこの状況に動いているみたいなので、それ次第ですね」
学校も流石に問題をそのまま放置しておくわけにはいかない。特に前年の甲子園出場校が春の選抜で大敗した上に休止状態なことには監督も責任を取らされるだろう。
そこからしばらくは全員無言だったが、試合の様子を見て会話を始めたため、空気な一変穏やかなものとなった。
三回の珠姫の打席に二遊間のゴロをセカンドの未紗が派手に横っ飛びし、送球が間に合わずに内野安打となる。
「わざわざ飛ばなくても正面で捕れたんじゃ……」
やや難しい打球ではあったが未紗の守備力を見る限り処理するのには問題のない打球だった。
「これは後で説教ですね」
佐伯先生がそう呟いた時の顔は、穏やかながら目の奥が笑っていなかった。
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