しょうがない話 ストロング編

第1話

 夜のコンビニ。度数高めの缶チューハイを二本持って私はレジへと向かう。

 コンビニと言っても個人商店の看板がデイリーヤマザキに変わっただけ。夜八時には閉まる。今は七時四十五分くらい。レジにいるお婆さんが迷惑そうな顔で私のことを見ている。私がいなかったらもう店を閉めていたのだろう。

「すいません」

 謝る必要もないのに謝って私はお金を払う。

「またこんな時間に酒なんか買ってから……。だからそんな年になっても嫁にいけないんだよ。御堂みどうさんに言いつけるよ」

 お婆さんはそう言ってからお釣りを渡してくる。昔からずっと通っているから年齢まで把握されている。

 だけど、嫁がどうとかは大きなお世話だ。あと大人扱いなのか子供扱いなのかどっちかにしろ。私も御堂なんですけど。それにお母さんもう村にいないし。残念でした。大体嫁と言われても相手がいないんだよ。若い人たちはみんな村を出ているかもう結婚している。残っている独身は相手に先立たれた年寄りと私だけだ。そんな年寄りと結婚しろとでも言うのか。

「すいません」

 私はもう一度謝ってから店を出る。

 二度と来るか。こんな店。と一昨日くらいも思った気がする。というか何度も思った。来るたびに思っているかもしれない。だけど、仕方がない。だって村にはここしかお店がないのだから。どれだけムカついても酒を買うにはここに来るしかない。

 

 家までは歩いて十五分くらい。自動車なら五分くらい。普段なら車で来るけれど、今日はよく晴れていて、月がキレイだったから歩いてきた。もう九月も終わる。歩くにはちょうどいい季節かも知れない。

 コンビニは駅のすぐ近くで、この辺りは村の中心地と言ってもいいけれど、人通りも車通りもほとんどない。別に夜だからというわけじゃない。二十四時間いつもこんな感じだ。

 駅と言ってももう電車は来ない。去年、廃線になった。

 廃線になると発表されてから、実際に廃線になるまでのしばらくの間はこの駅前も少しは賑わいを見せていたけれど、今はもう見る影もない。

 駅名が書いてあった看板も今は撤去されている。街灯が一基、ぼんやりと光っているだけ。

 私は駅に向かって歩き出す。家とは反対方向だけど、久しぶりに近くで見てみたくなった。廃線になる前から電車には長いこと乗っていなかった。

 駅舎は廃線になってから始まったコミュニティバスの待合所に変わっている。

 私がこの駅を最も利用していたのは高校に通っていた三年間。村に小中学校はあったけれど、高校はなかった。だから、一番近い高校でも電車通学をする必要があった。

 駅舎はその頃からほとんど変わっていなかった。元々ベンチと時刻表があるくらい。今もベンチとコミュニティバスの時刻表があるだけ。最終はもうとっくに出ている。ただ、昔と違うところもあった。掲示板には廃線を惜しむメッセージが書いてある付箋がたくさん貼ってある。それもだいぶ色あせていた。

 待合所を抜けると改札があって、その先にホームがある。だけど、ホームには入れなかった。改札にはロープが張ってあり、立入禁止の張り紙。

 ロープを乗り越えれば簡単に入れるけれど、私はそんなことはしない。

 私は缶チューハイを開ける。改札越しにホームを眺めながら、一口飲む。

「なんかすごい味……」

 度数の高い缶チューハイははじめて買ったけど、二本も飲めないかも知れない。やっぱりビールにしとけばよかった。

 月明かりでぼんやりと見えるホームは最後に見た時変わっていないように見えた。

 私が最後に駅に来たのも高校の卒業式の次の日。それ以来駅には来ていない。

 その日、駅のホームで彼女が『私、アイドルになる』と言った。自信満々に見せようと頑張っていた。右のまぶたがピクピクと痙攣していた。

「なれると思う?」

「私に聞かれても……」

「質問に答えてくれない?」

「じゃあ、なれる」

 そう言いつつも、正直、無理だろうなぁと思っていた。

「言われなくてもなるし!」

 なぜかキレられた。でも、彼女も正直、無理かも。と思っていたのかも。キレたのは不安の裏返しみたいなやつだったのかも知れない。

「生きては戻らない。戻ってきたら骨を拾って」

 そう言って彼女は電車に乗った。

「わかった」

 ドアが閉まった。彼女はそれだけ? って顔で電車の中から私を見ていた。私はそれだけだよ。と思いつつ黙って頷いた。

 そして、電車が走り出した。見送りは私ひとりだけだった。走り出す電車を追いかけたりしなかった。彼女も窓から身を乗り出したりもしなかった。ただ静かに彼女を見送った。

 去りゆく電車を見ながら私は思った。

 戻ってきてるなら生きてる。だから、骨は拾えないのでは? それとも死んで遺骨になって戻ってくるってことだろうか。それならもう骨は拾い終わっている。どうすればいいのだろう? 勝手なこと言ってくれる。言われたほうの身にもなってほしい。

 私はもう一口缶チューハイを飲む。口の中に人工甘味料の味が広がる。

 今思えばどうでもいいことを考えていた。ようはもう帰ってこないってことだ。実際、あれから一度も彼女は帰ってきていない。

 たしかに彼女は可愛かった。村一番の美少女だった。だけど、所詮村一番だ。中学校では一クラスに十人しかいなかった。今ではもう学校全体一クラスしかない。そういう死にかけの村なのだ。ここは。

 そんな村の一番の美少女にどれだけの価値があるのだろうか。実際、高校ではそこそこ可愛いくらいだった。あと性格が悪かった。自分勝手で我儘で意地っ張り。それにちょっとクレイジーなところがあった。言い出したら聞かない彼女は親の反対を押し切って村を出ていった。そんな彼女だから見送りも私しかいなかった。

 彼女とは小中高とずっと一緒の腐れ縁。高校に行ってからは電車の中でたまに話すだけだった。卒業式の日も帰りが一緒になって、明日村を出ると聞いてもいないのに教えてくれた。

 彼女は電車の乗る時間だけを言って、来てとはひとことも言わない。だけど、私は『しょうがないなぁ』と返事をして、ちゃんと見送りに行った。

 私がホームに顔を出すと彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたことをよく覚えている。そのあとすぐに『何しに来たの?』と言われたときは笑ってしまった。

 彼女の名前を雑誌で見たこともないし、CDを出したという話も聞いたことがない。昔はたまに名前を検索していたけれど、それらしい情報がヒットしたことはない。

 そういえば最近は全然調べてない。調べてみよう。スマホで彼女の名前を検索する。

田中たなか鯖子さばこ

 やっぱりそれらしい情報は見つからない。

「帰ろ」

 ここから十五分歩くのか。面倒くさい。やっぱり車で来ればよかった。

 私は駅舎を出る。相変わらず人通りはない。だけど、遠くにヘッドライトの灯りが見えた。どうやら駅のほうに向かってきているらしい。

 眩しい。ハイビームにしたままだ。迷惑な人。事故れ。アクセルとブレーキ踏み間違えろ。

 私のちょっとした呪いなんて通じるわけもなく、車は私とすれ違い駅へと向かっていく。赤いミニMINI。この村でミニを見たのは初めてかもしれない。


 月明かりが照らす道を私は缶チューハイを飲みながら歩く。時折、道沿いの民家から明かりが漏れている。空き家もかなり増えて真っ暗な家のほうが多い。

 後ろから自動車が走ってくる音が聞こえる。振り返るとヘッドライトが見えた。さっきの車だろうか。ヘッドライトに照らされて『高収入求人情報サイト! スーパーリッチ』と書かれた看板がよく見える。誰に向けて立てた看板なのか。いつ見てもわからない。

 また車は私の横を通り過ぎていく。さっきの赤いミニだ。誰か帰省でもしてきたのだろうか。

 車は少し先で止まった。エンジンはかけたまま。

 私は止まっている車の隣を早足で通り過ぎる。さすがにちょっと怖い。

 私が通り過ぎるとすぐに小さくカチャとドアが開く音がした。私は振り返らずに歩き続ける。いざとなったら余っているこの缶チューハイを投げて気を引こう。こういうことする輩は大体アルコール好きなはず。金ないからこういう安酒を常飲しているはずだ。反射的に缶チューハイに飛びつくに違いない。そのスキに逃げよう。

「ねえ」

 私は無視して歩き続ける

「ねえってば!」

 私は立ち止まる。だけど、返事は出来ない。完全に無視するのも怖いし、返事をするのも怖い。缶チューハイ投げるしかない。

「あなた、御堂善子よしこ?」

 なんで名前知ってるの。ひょっとして知り合いなのだろうか。でも、ミニに乗っている知り合いなんていない。ここらの人が乗っている車は軽トラックか軽自動車(大体ワゴンR)かミニバンだけだ。他の車には百パーセント乗らない。

 私は恐る恐る振り返る。顔はヘッドライトが逆行になっていてよく見えない。多分、知り合いじゃない。わからないけど。だってミニに乗ってるし。決め手はそれだけで十分。

「違います」

 嘘をつきました。だって怖いもん。私は悪くない。ミニの女が悪い。なにがミニだ。下手な乗用車よりデカいくせに。

「嘘。御堂善子でしょ」

 確信を持っているなら聞くな。

「嘘です」

「なにが……?」

 なにがじゃないでしょ。そっちが嘘って見破ってくるから白状したのに。

「違います」

「だからなにが?」

 だから『違います』が『嘘』なんですけど。これ以上私になにを求めているの。

「御堂善子です」

 ほら。もう完全に白状したでしょ。

「だから、あなた御堂善子でしょ?」

「そうですけど」

「じゃあなにが嘘なの?」

「違いますが」

「違う? 嘘ついてないの? 御堂善子じゃないの?」

「御堂善子です」

「さっきからなにを言っているの? あなた頭おかしいの?」

 頭おかしいのはお前だろ。こっちが頭おかしくなるわ。いや、そうなると私も頭おかしいってことになるのか。どうしよう。そうだ。あいつは頭おかしいけど、私はそれに影響されない女。よし。これで私は頭おかしくない。

「ちょっといいですか?」

「質問に質問で返さないで! 今は私が質問しているんですけど!」

 え、キレた。こいつ普通に頭おかしい。

「頭おかしくないです」

「頭おかしい人は大体そういうのよね」

 詰んでるじゃん。もう私頭おかしいじゃん。頭おかしいって決めつけてるなら最初から聞くな。キレられ損じゃん。さっきもそうだけど、そういうのよくないよ。でもわかった。

「あなた、鯖子でしょ」

「そうだけど」

 やっぱりね。私の知り合いでここまでクレイジーなのは鯖子か、そのへんのボケた年寄りか、昼間から酒飲んでる年寄りかくらいだ。村人の大体が当てはまる気がするが、今は気にしないことにする。

「久しぶり」

「あなた、御堂善子でしょ?」

「そうだよ」

「なんで嘘ついたの?」

 面倒くさいな。もうそれはいいでしょ。

「不審者かと思って」

「私のどこが不審者なのよ」

「この村にミニ乗ってる人なんかいないし」

「それは……そうかもね」

「でしょ?」

「驚かせてごめんね」

「まあ、いいけど。それよりどうしたの急に?」

「えっと、それより乗らない? ここで立ち話もなんだし」

 自分は質問に答えないとキレるのに、私の質問には答えない。でも、乗らないとそれはそれで面倒くさいことになりそう。

「助手席?」

「そう」

 私は助手席のドアを開けて車の中へ。革張りのシートは私はオンボロ軽自動車の百倍くらい座り心地がよかった。

 鯖子も車に乗り、ドアを閉める。ルームランプが点いたままだったから、ようやく鯖子の顔をちゃんと見ることが出来た。

 相変わらず可愛かった。アッシュブラウンのミディアムボブ。毛先は多分パーマをかけているんだろう。なんか雑誌で見たことある。化粧もバッチリ決まっている。目とかすごく大きく見える。どうやってメイクしたらそうなるんだろ。

 ボサボサ髪でほぼノーメイクの私とは大違いだ。

「なに?」

「いや、相変わらず可愛いなと思って」

 私は感心しながら缶チューハイを一口飲む。もうだいぶぬるくなっていて、人工甘味料の主張がさっきよりも激しい。

「そっ」

 鯖子はそれだけ言うとルームランプを消して、走り出した。

「私の家覚えてる?」

「誰が善子の家に行くって言ったの?」

「え」

 いや。誰も言っていないけど。でも、だったら他にどこに行くのか。この村に他に行く場所なんてない。鯖子の実家は少し前に町へと引っ越している。

「駅に行く」

 いや、そこにはさっき行ってひとしきり思い出に浸ってきた。多分もう一生行く用事ないと思う。

「なんで?」

 鯖子は私の問いかけには答えず、他人の家の敷地に車の頭を勝手に突っ込んでUターン。

「ホームに行きたいの」

「ホームは立入禁止だよ」

「知ってるけど、関係ない」


 鯖子は堂々と立入禁止のロープを乗り越えて、ホームへと入っていく。

「ちょっと。ダメだって」

「大丈夫。誰も見てないし」

 そういう問題じゃないでしょう。誰も見ていないところでもルールはルール。破っていいわけじゃない。

「善子は見たくないの? ホーム」

 見たいか見たくないで言ったら見たいけど、今はそんなこと関係ない気がする。

「どっちなの?」

「み、見たい」

「じゃあ一緒に見ようよ」

 鯖子は一度駅舎に戻ってきて、私の手を取り、またロープを乗り越える。

 ロープの上で私と鯖子の手が結ばれている。鯖子の手は少し冷たかった。

「ほら。早く」

 鯖子は言い出すと聞かない。昔からそう。小学生のときどうしても熊が見たいと山の中で一晩過ごしたときも、中学生のときに海が見たいと一日中自転車で走った日もそう。全然私の言うことなんて聞いてくれない。そのくせ、結局山の中では怖くなって一晩中泣いてたし、海に着く前に諦めようとしていた。それも私が諦めるより先にだ。本当に後先考えないやつ。

「しょうがないなぁ」

 私はロープを乗り越える。そこはもうホームだ。さっきも少し見たけれど、やっぱり昔とほとんど変わっていない。ベンチもそのまま置いてある。ただ、コンクリートの隙間から雑草が生えてきている。駅舎と違って、ここは本当にもう誰も来ていないのだろう。

 私と鯖子はベンチに座る。高校生のときはよくここでふたりで電車を待った。

 高校に行ってからはクラスはずっと別々で話すことも少なくなった。朝にここで一緒になってもあいさつをするだけ。そんな日のほうが多かった。だけど、電車を待つときはいつもこのベンチにふたりで座っていた。携帯をいじっていたり、勉強をしていたり、それぞれが好きなことをしていた。もうひとつベンチはあるし、私たち以外に人なんていなかったけど、座るのは決まってこのベンチだった。

「飲む?」

「飲む」

 私は余っていた缶チューハイを鯖子に渡す。鯖子は缶を開けると、ぐびぐびと飲んでいく。そんなに一気に飲んで大丈夫なのだろうか。

「善子のさ。しょうがないなぁ久しぶりに聞いた」

「私、そんなにしょうがないなぁって言ってたっけ?」

「私の我儘に付き合うときはいつも言ってたよ」

「我儘って自覚あったんだ」

「まあね」

 鯖子は悪びれもせずに言う。

「大変だったんだから。熊のときも海もときもさ」

「でも、善子が言うと大体なんとかなるのよね」

「そうだっけ?」

「善子が『大丈夫。熊なんて出ないよ』って言うと本当に熊は出なかったし、『ほら、もうすぐ海が見えるよ』って言うと本当に海が見えたんだよ」

「たまたまでしょ」

 熊なんてここでもそうそう出ないし、海だってなんとなく走った距離とか時間でわかる気がする。

「アイドルにもなれたしね」

「え、なれたの!」

「なれたよ。一瞬だけどね」

「私、何度か鯖子の名前で検索したけど出てこなかったよ」

「そりゃ田中鯖子なんて名前じゃアイドル出来ないでしょ。大体なに。鯖子って。三月八日生まれだからって適当すぎるでしょ」

 そんなしょうもない由来があったとは初めて聞いた。鯖子のおじさんかおばさんが無類の鯖好きなのかと思っていた。

「芸名ってこと?」

 名前のことにはあえて触れない。地雷が多そうなので。

「そうそう」

「なんて名前?」

「言いたくない」

 いや、ここまで来てそれはないでしょ。

「教えてよ」

「やだ」

「そこをなんとか」

「誰にも言わない?」

「言わない言わない」

「……門脇いるか」

「鯖からイルカになったのね」

「うるさいな!」

 私はスマホで門脇いるかを検索する。するとヒットした。ちょっとしたインタビュー記事でプロフィールも載っていた。CDは出ていないけど、グラビアで雑誌に載ったことはあるらしい。ただ、それよりも気になることがプロフィールには書いてあった。

「鯖子さぁ」

「なによ」

「三才も鯖読んでるじゃん!」

「もう! 善子ほんとうるさい! きらい!」


 缶チューハイを飲みきって、私たちはホームを後にした。そして、気づいた。駅の前に止めたミニの存在に。完全に忘れていた。

 まあ駅前に一晩置いておいてもたいしたことはない気がする。だって、車通りはほとんどない。コミュニティバスだってバス停に普通に止められる。

「大丈夫!」

 鯖子はなぜか自信満々。

「どうするの?」

「飲酒運転する」

 こいつ。完全に酔っている。ここから家までは車で五分程度とはいえ、さすがにそれはダメでしょ。飲んだら乗るな。

「ダメだって」

「大丈夫大丈夫」

 さすがの私のしょうがないなぁとは言えない。全然大丈夫じゃない。

 鯖子は私が止めるのも聞かず、運転席に乗り込み、エンジンをかける。

 私は乗らずに外から窓を叩く。

「やめなって」

 鯖子は指でオッケーサインを作る。全然オッケーじゃないんだが。私が外にいるのに車はゆっくりと動き出す。私はもっと強く窓を叩く。するとすぐに助手席側からガリガリガリというイヤな音が響いた。

 鯖子は車を止め、無言で運転席から降りてきた。そしてふたりで助手席側に回り込む。縁石に思いっきりこすっていた。

「……歩こうか」

「うん」


 結局、歩いて家に帰る羽目になった。鯖子が最初から家に送ってくれればこんなことにはならなかった。途中、コンビニで追加のお酒を買おうと思ったけど、当然のようにシャッターは閉まっていた。それはそう。だってもう八時はとっくに過ぎている。

「八時に閉まるコンビニとかありえないでしょ」

「ほんとにね」

「でも、ほんとに泊めてもらっていいの?」

「まあ鯖子のおじさんおばさんもう引っ越してるし」

「それ知らなかった」

 どれだけ連絡取ってなかったんだ。

「善子のご両親の迷惑にならない?」

「うちも両親ともお兄ちゃんのところ引っ越したから平気」

 今では町でお兄ちゃん家族と二世帯住宅ってやつで暮らしている。

「善子は一緒に引っ越さなかったの?」

「一緒に行こうって言われたけどさ。骨。拾わないといけないでしょ?」

 今日ほどこの道に街灯がないことを感謝したことはない。だって、こんな恥ずかしいこと明るいところじゃ絶対言えない。

「……覚えてたんだ」

「覚えてました。今日ちゃんと拾ったつもり」

「骨って缶チューハイで拾うんだ」

「まあ、結果的にはそうなったかもね」

 鯖子のため息が聞こえる。頭を掻く音も。鯖子もきっと月明かりだけのこの道に感謝していることだろう。

「じゃあ、善子はこれからどうするの?」

 これからか。考えたこともなかった。骨だって拾えると思っていなかった。ただ、なんとなくここから離れたくなかった。それこそ喉に引っかかった骨みたいな感じ。ただ、それも今はもうない。

「なんか遠くに行きたいな」

 この死にかけの村から外に出たい。ここにずっと居て、適当に結婚して、ワゴンRに乗って、ミニバンに乗って、そういう未来が想像出来ない。

「じゃあとりあえず私と温泉行こう。温泉」

「温泉?」

「私もしばらくのんびりする予定だったしさ。一緒に行こうよ」

 温泉。温泉かぁ。それもいいかも知れない。温泉入って美味しいもの食べて、のんびりして。うん。いいかも。

 だけど、ここで素直に一緒に行こうと言うと鯖子は絶対調子に乗るだろう。だから私は月明かりで見えないとわかっていても、わざと困ったような顔をして、言う。

「しょうがないなぁ」

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しょうがない話 ストロング編 @imo012

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