50.オトメゴコロ

 慌ててひっくり返したり陽に透かしたり、封筒とペロをめまぐるしく見比べながら問いかける。え、え、まさかメルスランドの回し者だったの? ならこの買い取った種とかマズくない!?


 ところがその心配は杞憂に終わった。自分が渡って来た桟橋を指したペロは、間延びした口調で手紙の経緯を話し出したのだ。


「んーとネ、なんか橋を渡ろうとした時ニ、すっごい泣きそうナ騎士団の下っ端サンが居たのネ。どーしたのって聞いたラ『魔族領に書簡を持ってくなんて死んでもいやだああ!』とか言ってたかラ、代わりに届けてきてあげよーカ? って事になったノ」


 言われてみれば、確かに対岸にはウロウロと歩き回ってこちらの様子を伺おうとしている誰かの人影がうっすら見える。うぉぉーい、どれだけ恐れられてるんだ、うちの領域は。


「じゃあ本当にこの書簡は……」


 その時、雲でも掛かったかのように視界が少しだけ陰り、頭上から軽い羽ばたき音が降ってきた。見上げれば一羽の黒いコウモリがボフッと煙に包まれたところで、その中から出現した金髪の青年が私の横に着地する。


「ルカ!」

「人間領に動きがありました。書簡を持った伝令係が早馬を飛ばし、その後ろから勇者エリックと付き人一名がこちらに向かって来ているようです」

「!」


 きっとその書簡っていうのはこの手紙の事だ。


 緊張しながらその事を話そうとしたのだけど、ペロの存在を思い出して慌てて振り返る。


「そうだ、この人ペロって言う行商人でね、いろいろ役に立ちそうな物を売ってくれて――あれ?」


 そこに居たはずの怪しげな行商人は、一瞬目を離したすきに忽然と消え失せていた。最初から誰も居なかったかのように影も形もない。リュックから染み出していた緑の液体だけがポツン、ポツンと垂れているだけだ。


「行商人さん、スゥッと消えちゃいました!」

「違うよ、溶けたんだよ!」

「空に飛んで行ったんじゃないの?」


 周りのスライムたちも騒然とする中、私は狐につままれたような気持ちで手の中の購入品を見つめる。確かに居たはずなのに、握手した感覚もしっかりと暖かくて、商品だってちゃんとここにあって。


「お、おおおオバケじゃない!絶対ない! ペロは!ペロで!ペりょロロロロ……」

「誰か来ていたのですか? その封筒は?」


 ルカの呼びかけでハッと我に返る。そうだ、リヒター王からの書簡!


 魔術にも聡い右腕に、開けても危険がないかどうかだけ確認を取ってもらって封を切る。その内容に素早く目を走らせた私は、緊張しながらスライム達に指示を出した。


「跳ね橋はもう一度上げておいて。また明日の昼頃来るから、それまでに何か異変があったら連絡」

「了解です!」

「主様、では」


『明日』というはっきりした日取りに、聡明な側近はすぐに反応する。


 私は固い表情のまま、ついにその時がやって来たことを伝えた。



「明日の昼過ぎ、勇者エリックがこの国に来る」



 ***



新生ハーツイーズ領 アキラ殿


まずは新国家樹立、誠にお慶び申し上げる


我がメルスランドとの過去の諍いをすべて水に流し、友好の手を差し伸べようとするその姿勢には敬服するばかりである


是非とも隣国として援助をしたいところではあるが、そちらの現状を確かめぬ内は何がどの程度必要かの判断も出来ないと思われる


以上の理由から、我が側近であるエリック・グロウリアを視察としてそちらに向かわせる事にした。明日の昼過ぎには、かつてのレーテ大橋に着く予定であろう


友好条約を申し入れる貴国のことだ、快く迎え入れてくれる事と信じている


メルスランド国王 リヒター・フォルセ・メルス



 ***



「『何を企んでいやがる、やましいところが無いか勇者に調査させるから覚悟しておけよ』って読める」

「かみ砕くとそうですね」


 書面から顔をあげたグリが、まどろっこしいオブラートをすべて剥ぎ取った向こうの本音を要約してくれる。


 一つ頷いた側近は、執務室のデスクでカリカリと明日の計画を立てる私を振り返りながら心配そうに口を開いた。


「本当に勇者を迎え入れるおつもりですか?」

「もちろん、やましい事なんて一つもないんだから、堂々としていれば良いのよ」


 最後の一行をぐるっと大きく〇で囲み、読み返すため眼前に掲げる。こうして、あぁして……よし、このルートで大丈夫かな。


 気が緩んでふふーんと鼻歌なんか歌っていたらしい。目つきを少し鋭くしたルカが横目で睨みつけながら忠告をしてきた。


「ずいぶんと嬉しそうじゃありませんか」

「え、そんなことないよ」

「わかっていますか? 視察の案内はデートとは違うのですよ、いつ後ろからバッサリやられてもおかしくない状況であることを忘れずに」


 内心浮かれていたのを見透かされてギクッとする。だって、あの人に会えると思ったらどうしたって浮き足立つというか。


 手をひらひらと振った私は、和ませるようにアハハと笑った。


「大丈夫だって、あの勇者様悪い人には見えなかったし――」

「それは『タチヤ先輩』と同じ顔だからでしょう? たとえ顔が同じだとしてもまったくの別人です。決して気を緩めずに、あなたは魔王で、彼は勇者なのですから」

「はぁーい……」


 ピシャリと言われて縮こまる。


 うぅ、この分じゃ護衛として横にピッタリ付かれるんだろうなぁ。別人とは言え、同じ顔をした彼に誤解されたくないと思うのは乙女心というヤツで。


「さってと、明日に備えて今日は早く寝よう! あ、手首ちゃん。明日の服はちょっと大人っぽく見えるやつが良いな、それと髪のセットも早起きするから念入りに頼める?」

「……」

「……」

『……』

「い、一国の王としてね! やっぱりちゃんとしたカッコでお出迎えしなきゃと思うわけですよ。ほんとにそれだけだって! なにその目は!?」


 顔を見合わせた彼らは、そろって同じタイミングで溜め息をついたのだった。なんで!!

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