16.オレは起爆弾か!

 絶体絶命のその時、どこか離れたところで何かが爆発したかのような音が響いた。悲鳴が上がる通りの向こうからモクモクと白いケムリが流れて来て、あっという間に辺り一面の視界が極端に悪くなってしまう。


「ケホッケホッ、今度は何ぃぃ~っ」


 少し硫黄くさい煙にむせていると、スッと誰かが側に寄ってきてさりげなく腰を引き寄せた。


「ご無事ですか、主様」

「ルカ!?」


 驚いて見上げるとすぐ間近にあのバンパイアの整った顔立ちがあった。彼はこちらの返事を待とうとせずに軽々と私を抱き上げる。


「離脱します。しっかり捕まっていてください」

「待って!」


 すぐにでも動き出そうとするのを止め、降ろしてもらった私は地面に這いつくばるようにして『彼』を探す。


「ニィィィ……」

(居た!)


 金物屋の看板の影にうずくまるようにして隠れている猫くんの尻尾を掴んでこちらを振り向かせる。目いっぱい涙を溜めた彼は、怯えたように毛を逆立てた。


「ニャッ!?」

「逃げようっ、早く!」


 その腰を掴んで抱えるや否や、もう一度ルカに抱え上げられる。


「跳びます。舌を噛まないように口を閉じていて下さい」


 グッと重力を感じた次の瞬間にはもう、私たちはケムリの層から抜け出していた。屋根の上へと着地すると同時に、三軒離れた屋根の上にも何者かが着地する。


「ルカおまえぇぇ!!」


 耳と尻尾が飛び出てしまったラスプが、赤毛のあちこちを煤だらけにしながら肩で息をしている。何事かと尋ねる前に、あの突然流れてきた煙幕の正体がわかった。


「着火して魔材屋に叩き込むやつがあるかっ! ケムイタケに次々引火して大変だったんだぞ!」

「ご苦労様ですラスプ、おかげで撹乱できました」

「オレは起爆弾か!」


 ガァッと吠える彼は、ルカに抱えられている私――に、さらに抱えられている猫くんの存在に気付いたのか怪訝な顔をする。同じような視線をルカにも向けられて、私はとりあえずこの場を離れようと提案した。


 移動し始めた時、ちらりと視線を落として煙の向こうにあの人の姿が少しでも見えないかと探してしまう。……やめよう、今はここから離れるのが最優先だ。


 ***


 大騒ぎの城下町を無事抜け出し、私たちはワイバーンに放り出されたあの草原まで戻って来た。事情を聞いて、私から起爆装置を受け取ったラスプが裏蓋をパコッと空ける。


「OZ(オズ)社の隷属用首輪だな、この手のタイプは確か回路に魔導水晶を使ってるはずだから――」


 手元を覗き込むと、小指の爪ほどのキラキラとした透明な石が無数の管につながれているのが見えた。それをやや力を込めてちぎると、少し離れたところにいた猫くんの首輪からプシューッと煙が吹き出し、ゴトンと音を立てて真っ二つに割れて落ちた。


「あ……あぁっ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

「君はケットシーですよね? すばしっこいのが特徴の猫族がどうして奴隷に?」


 ルカが尋ねると、猫くんは尻尾を垂らして悲しそうな顔をした。


「ニャあの一族は半年前に魔王さまがお亡くなりになられてからこちらの大陸に移動したのですニャ。はるばる旅をした甲斐があり、ようやく新天地を見つける事に成功したのもつかのミャ、ニンゲンどもが集落になだれ込み奴隷狩りを……」

「ケットシーは見た目が愛らしいので奴隷として人気が高いそうです。集落が見つかれば金目当ての冒険者がなだれ込むのは当然でしょうね」


 淡々と同情する風でもなく言い放つルカ。相変わらずクールというか、ドライというか。


「ニャあは妹たちを逃がすため、捕まってしまったのですニャ」

「魔王なら目の前に戻ってきてるぞ」

「ニャッ!?」


 ラスプの一言に、猫くんはピッとヒゲを立ててまっすぐに私を見つめる。


「本当の本当に? あなた様が魔王さま?」

「あ、えーと、うん。……多分」


 空気を読んで言うと、猫くんはパァァッと顔を明るくした。そしてほっそりとした前足で私の手を挟んでブンブンと振り始める。


「こ、光栄ですニャ! まさか魔王さまご本人に助けて頂けるとはニャんたる僥倖(ぎょうこう)!」

「あ、はは……」

「ということは、魔族領はかつてのように魔王さまの統治下に置かれたと言うことニャりね!? こうしちゃ居られニャい! 散り散りになったケットシー族に知らせて周らニャくては!」


 俄然元気になった猫くんは、さっきまでのしょぼくれた様子もどこへやらペコリと頭を下げると再会の約束をして駆けて行った。あ、本気で走る時は普通に四足歩行なんだ。


「ねぇルカ、ゴブリンたちもそうだったけど、なんで魔王が居なくなったからってみんな別のところへ出て行ったの?」


 素朴な疑問をぶつけると、彼は駆けていく猫くんを見送りながら答えてくれた。


「彼らのような力の弱い魔物たちは、魔王様の統治下にない荒れた魔族領では強い魔物のエサになってしまうのです。元より魔族とは我の強い猛者たちの集まり、魔王様という頭が居てこそ連合軍が維持出来ていたのです」

「そうなんだ……」

「それはそうと、ラスプ?」


 どこか面白そうな響きを含ませてバンパイアは狼に振り返る。壊れた首輪をぼんやり見ていたラスプはビクッと尻尾を毛羽立たせた。


「あれだけ反発していたのにどういう風の吹き回しですか?」

「あ、そうだ。私のこと認めないなんて言ってたくせに、さっき魔王って言った!」

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