2.お喜び下さい、各種イケメンを取り揃えてありますよ
「え? ちょっと?」
壇を上がってきた彼から離れなければと思うのに、足は地面に固定されてしまったかのように動かない。すぐ目の前まで来たルカに自然な動作で腰を引き寄せられ、端正な顔立ちがすぐ目の前に――ほああああっ!?
「あのあのあのっ、そういうのまだ私には早いっていうか!!」
頬の熱を感じながら押し返そうとするも、とんでもなく強い力で抱き締められてびくともしない。その時ぽたり、と、頬に雫が落ちる感覚がしてハッとする。おそるおそる顔を上げた私は目を見開いたまま固まった。
ルカの完璧な弧を描く口から、ダラダラとヨダレがあふれ出していた。
今まで大口を開けずに居たから気づかなかったけど、その鋭く尖った犬歯は明らかに人のそれとは違っていて……
「主様は相変わらず食欲をそそる匂いをしてらっしゃる」
「ひっ!」
首筋――頸動脈の辺りをスルリと撫で上げられ意図せず声が漏れ出てしまう。つぅっと顎のラインに沿うように動いた指先が頬を包み込む。
「とろけそうに甘い血潮が、この皮膚の下を流れているのを感じられますよ?」
「うぁ、やめ……っ」
ルカは耳元に口を寄せると吹き込む様に声を滑り込ませて来た。
「あなた様の血は、肉は、魂は、我々にとって至極のご馳走。その事をゆめゆめ忘れませぬよう」
あ やだ 耳 ぞわぞわ する
皮膚の表面を電流のようなビリビリした感覚が走る。未知への恐怖で滲む視界を上げると、さきほどまでの優しい表情を貼りつけたルカが笑っていた。
「話は変わりますが、私、血を絶って今日で一週間目でしてね、一度飲みはじめたら干上がるまで貪り食ってしまうかもしれませんのでご了承下さい」
「やる! 魔王やるから食べないでーっ!!」
***
「承諾してしまった……」
「そう落ち込まずに、私が全力でサポート致しますのでご安心下さい」
上機嫌なルカが後ろから軽やかな足取りでついてくる。私はそちらをジト目で見やりながら再度確認した。
「バンパイア?」
「はい、私は吸血鬼と呼ばれる種族です」
っていう設定? と、笑いかけた私の目の前で、ボンッと煙を出してルカがパタパタとはためくコウモリに変化する。もう一度くりかえして美貌の青年が現れてしまえば、こちらとしては頭を抱えて呻くしか無いわけで……これは夢じゃない。五感すべてが伝えてくる情報がリアルすぎる。あとつねり過ぎて腕が痛い。
「バンパイアって、こんなに明るい性格なの?」
「主様、吸血鬼にいくら根暗なイメージが付きまとうとは言え個体差があります。偏見は良くありませんよ」
偏見がよくないってのは確かにそうかもしれない。じゃあ十字架に強いバンパイアとか、日焼けしたバンパイアとか、トマトしか食べないバンパイアも居るんだろうか。ルカはリコピンを提供したら血を吸わない個体とかじゃないだろうか。ダメ? 半ばヤケクソ気味にそんなことを考えながら私は確認を進める。
「で、ここはプリメーロっていう異世界なのね」
「主様から見ればという話になりますが」
何でも現在地はプリメーロと呼ばれる世界にある魔族領、その中でも魔王の為だけに用意された暗黒城というベタい名前のお城らしい。言わずもがな、その魔王とは私である。
「突然の事で混乱されてるでしょう。今日は城の中の案内と家臣たちの紹介だけに留めて、記憶は追々思い出していきましょうか」
優しく聞こえる言葉に少しだけ頷く。ホントは全然やりたくなんかないけど、協力的な態度を見せておかないとカラッカラになるまで血を飲み干されてしまう。さっきの目は本気だった……。
よし、隙を見て脱出しよう。世界がどうたらこうたらとか私には関係ないし、話のわかる人を見つけてなんとしても元いた場所に帰らなくちゃ。そんな密かな決意を抱きながら薄暗い廊下を並んで歩いていく。ぎこちない笑顔を浮かべながらどうしても聞いておかなくてはならないことを尋ねてみた。
「あ、あのさ、家臣ってやっぱり怖いモンスターだらけなの?」
扉を開けたらドラゴンとご対面とかシャレにならない。せめてどんな凶悪なモンスターが居るか前もって予習しておこう。心の準備は大切だ。ところがルカは首を振ったかと思うと柔らかく微笑んだ。
「ご安心ください。主様の為に事前準備をしてあります」
「事前準備?」
「えぇ、皆ヒト型を取れるよう、私が前もって指導しておきました。お喜び下さい、各種イケメンを取り揃えてありますよ。二ホンの女子とは逆ハーレムに憧れるものなのでしょう?」
「いや求めてないから! それこそ偏見だから!」
確かに一部界隈ではそういった需要があるらしいけど、私はいい、ハーレムは求めてない。まぁでも、見た目が人ならそこまで怖くはない……よね? 悶々と考えながらロウソクの灯かりがチラチラと揺れる回廊を進んでいく。と、ある扉の前でルカが立ち止まった。
「まずグリム・リーパーを紹介します」
「ぐりむりーぱー」
「死神です」
「!!!」
ズサッと一歩退いた私が面白かったのだろう、ルカはクスッと笑いながらドアノブに手をかけた。
「心配しなくてもグリは主様の魂を理由もなく刈り取ったりはしませんよ。誠実な死神ですからね」
「理由があれば刈り取るって事!? やだ怖い! 会いたくない!」
大きな鎌を持った黒いフードのガイコツが脳裏にチラつく。私の必死の懇願も虚しくそのノブが開けられ――
「おや?」
――る事はなく、ガチンという固い音が響いて入室を拒まれた。やったー!
「おかしいですね、普段彼は鍵など閉めないのですが……」
「きっと出かけてるのね、次いこう次!」
一刻も早くこの場を離れたくて逃げ腰になる。だけどルカは見た目以上に頑固だった。
「いえ、あの出不精が外出するなどありえません。合鍵を取って来ますので主様は少々ここでお待ちを」
それだけ言い残し足早に行ってしまう。いいよぉ、開けるなよぉ。触らぬ死神になんちゃらだよぉ。
……待てよ、これもしかしてチャンスじゃない? 目覚めて初めて一人きりになれた。この城と危険人物から逃げるなら今だと脳内のもう一人の私が叫んでいる。一歩後ずさった私は、クルッと方向転換をしたかと思うと借りたスリッパで一目散に逃げ出した。
(外っ、どこからでもいいからこの城を抜け出して人里に降りよう!)
ところが窓は全て溶接されてるのかと思うくらい固いし、外へ出るための扉も見当たらない。 早く! 早く! せめて脱出の糸口だけでも――っ!
角をコーナリングすると薄暗い廊下の行く先に明るい光が見えた。直感だけでそちらに突き進んだ私は、気づけばエントランスホールのような広間の二階から飛び出していた。
「へっ……?」
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