175 バンケット③






(えっらい綺麗な人たちがいる)


一番上の兄の結婚式の大宴会で出されたご馳走を楽しんでいたキャロライン=アブズブールは、呆けたように動きを止めた。


本日の主役、結婚する兄とその花嫁が座る上座に、先程から入れ替わりたちかわり、偉い人達が祝賀の挨拶を述べるために訪れていた。着飾った華やかな来賓たち、そのなかに、ひときわ目を引く一組の男女がいたのだ。


男性のほうは輝くような明るい金髪に、ひと目でわかる高貴な落ち着いた雰囲気。


その後ろに守られるように立つ緑色の晴れ着の女の人は、なめらかな光沢のぬばたまの黒髪、夢見るような灰色の瞳。そして、まるでこの世のものならざるような、儚げな空気をまとっていた。まとう衣装・・・若草色のショールも、心なしか薄く輝いてるように見える。


肉叉に刺さっていた大ぶりな肉を口のなかに放り込み、染み出す肉脂ごと咀嚼するあいだも、キャロラインの視線は、そのひと組の男女から動かない。


(動かない・・・っていうか、動かせないっていうか)


そんなことを思いながら、まっすぐな視線はそのひと組に向けたまま、キャロラインは、潰した茹で馬鈴薯をたっぷりと山盛り肉叉で掬って口に入れる。視線以外は自由だ。


やがてそのひと組は新郎新婦のところにたどり着いた。何を話しているか聞こえないが、その少女・・・というには大人びている、かといって大人というには若すぎる。はかなげな綺麗なお姉さんは、花嫁である義姉と抱擁を交わした。


(大精霊の義姉さまもすごく綺麗だけど・・・あのお姉さん、義姉さまと並んでも見劣りしないってすごくない? 精霊よりも精霊みたいな感じ・・・)


もぐもぐと口を動かしながらそこまで思って、彼女ははっと思い立つ。


(あの人が、噂のリュミフォンセ様か! きっと間違いない!)


手近の杯を手に取って、果実汁で口の中のものを臓腑にすべて流し込み。


キャロラインは、がたりと席を立った。





■□■





「失礼いたします・・・リュミフォンセ様でいらっしゃいますか?」


オーギュ様とともに新郎新婦とお話しているときに、わたしは背中から話しかけられた。女の子の声だ。わたしはゆっくりと振り向くと、そこには橙色と白のふわりとした美服の女の子がいた。年の頃は、わたしよりも少し下・・・? 12,13とか、そのくらいではないだろうか。


それよりも目を引くのは、頭頂で髪をまとめる大きなリボンだろうか。一度見たら忘れがたい印象だ。黒い髪、青い目、どこかで見たような・・・。


相手が誰かわからないのに、うかつな反応はできない。わたしが首をかしげていると、その娘は話を続けた。


「兄様。そしてサフィリア様。おめでとうございます。素晴らしい式典でした。あの・・・リュミフォンセ様と少しお話しさせていただいても良いでしょうか?」


「キャロ。いまは我々で話をしていたんだぞ。それに、それは御本人に伺うべきことだ」


くだけた調子で、新郎のヴィクト様が口をひらく。


「リュミフォンセ様。身内が割り込んだ無礼をお許しください。こちらはキャロライン。私の妹、アブズブール家の末娘です。貴女に伺いたいことがあるそうなので、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


ああなるほど、ヴィクト様の妹君か! 道理で、既視感があるわけだ。性別は違うけれど、面差しは似ている。


「ええ・・・」わたしは話をしていたサフィリアと視線を交わす。ちょうど会話の切れ目だった。「かまいませんよ」


ヴィクト様の肉親であれば、サフィリアの身内になる人だ。親切にしておくべきだ。


サフィリアも付け加えてくれた。


「ご家族の皆さまとは、先にあったお披露目式でたくさん話をしておる。キャロは義姉さまとお話したがっておったから、少し話をしてあげてもらえぬかの?」


のう? とサフィリアとキャロと呼ばれた娘とで微笑みを交わす。すでにアブズブール家の皆さまと仲良くなっているみたいで何よりだわ。


そしてわたしが快く了承すると、キャロラインは目を輝かせ、嬉しそうに胸の前で両手を握って、そして初対面の挨拶を交わす。なんだか、いい子そう。


「あの、不躾で申し訳ありません。リュミフォンセ様にお聞きしたいというのは・・・ずばり、交霊のコツを教えて伺いたいんです」


「交霊のコツ?」


交霊とは、精霊とのコミュニケーションを示す用語だ。聞き返すと、キャロラインは手をもみながら説明を続けてくれた。


「アブズブール家では、直径の者は人生をともに生きる精霊を13歳までに見つけなければけません。なので私も、精霊を得なくてはいけないのですけれど」


ふむふむと聞きながら、わたしはアブズブール家の長兄であるヴィクト様も精霊使いだったことを思い出す。梟型と狐型の2体の精霊を使役していて、どちらも可愛かったので、うらやましかったのを覚えている。


「私、精霊との交霊が下手くそで、交渉にならないのです」


本当にせっぱつまっているのか、キャロラインは暗い声になる。


「私の13歳の誕生日まで、あと3ヶ月しかないんです。なのでとても焦っていて・・・。だから、大精霊と契約ができるリュミフォンセ様に、ぜひ交霊のコツを教えてもらいたいのです」


なるほど。事情は理解した。しかし、相手は本職の精霊使い。あまり適当なことは言えない。たとえば美味しい食べ物で釣るとかは駄目だろう。


「美味しいもので釣ることもできるとサフィリア義姉さまから聞いたのですけれど、本当でしょうか? リュミフォンセ様は、狼型の精霊をそれで手なづけたとか」


すでに適当なことを吹き込まれていた!


「サフィリア義姉さまがリュミフォンセ様と契約されたときは、邪神のごとき強力なモンスターと戦って義姉さまが瀕死になっていたところを、たまたま通りがかられたリュミフォンセ様が助けられて、契約に至ったと聞きました」


うん、とひとつ頷いて応える。ちなみにキャロラインが語ったのは、よそ行きに仕立てあげた美談ーーいいえ、余計な部分をあえて端折ることで作った説明で、わたしとサフィリアの出会いは、このように説明するように身内で取り決めてあるのだ。公爵令嬢が大精霊をぼこぼこにして契約したという物語は、ちょっと外聞が悪い。


どんなことを話そうかと考えながら、キャロラインの話を聞いていると、途中で彼女がわたしの姿をまじまじと見ているのに気がついた。


「リュミフォンセ様は、思っていた通り、とてもたおやかな方です。こんなことを言ってしまって失礼かも知れませんけど、守りたくなるようなか弱さがあるというか」


か弱い! わたしのことだよね! 今日、そう言われたのは二度目だわ!


んふふふふ、と心の中で喜んでいると、キャロラインはこう結んだ。


「ですから、リュミフォンセ様は、交霊がすごくうまいのではないかと思うのです。どうか、そのコツをご伝授いただけませんか」


そして、彼女は、その青い瞳で、わたしをじっと見つめた。


内に湧く喜びはとりあえず心のなかに抑えつつ、ふむ、とわたしは考える。


サフィリアもバウも、いまはずっとアーゼルに居る火の精霊のパッファムも・・・基本的にはちからで制圧したのよね。


ただ、この数年でわたしも精霊についていろいろと勉強をして知識をつけた。その知識によると、精霊との戦いのほかに、交渉によって精霊と契約することもあるとは聞いている。


考えてみればこれは自然なことで、精霊にも利害関係があるわけだから、条件さえそろえば、交渉で精霊と交渉を成立させることができるだろう。人間同士の場合も同じだ。


考えてみれば、命の精霊クローディアの場合は、交渉による契約と言っても良さそうだ。彼女はシノンをあるじと仰いでいるので、主従契約ではなく、不可侵契約だったけれど。


わたしは眼の前のキャロラインをざっと見て、体格と魂力を把握する。元気で健康な女の子以上の評価はない。特別な才能があるとかはなさそうだ。


となると、やっぱり精霊と戦ってねじ伏せる路線ではなく、交渉路線がいいだろう。


彼女としても、自分と近い条件の相手として、相談相手にわたしを選んだはず。


「そう、大変なのですね。わかりますよ。わたしも、ですから」


わたしの言葉に、なぜかわたしの後ろーーサフィリア、オーギュ様、ヴィクト様がびくっと震えたような気がしたけれどーー外野うるさい。わたしは、なんとか役に立つことが言えないか、クローディアの事例を思い出しながら、頭を回転させる。


「そうね。精霊と交渉するときに大切なことは、精霊も人間と一緒、ということかしら。つまり、お互いに心と心を通わせることが大切なの」


わたしが言うと、キャロラインはふんふんと頷いている。


「交渉をするのだったら、まず、相手のことを知ること。そして相手が本当に欲しいものを見定める。そしてそれがわかったら、それを提供できるように誠意を尽くす。人間の世界も同じでしょう? あえて付け加えるなら、精霊の世界は約束が絶対だから、反故にされないように、きちんと約束の条件を詰めることを忘れないことも大事だわ」


「わかりました。相手と心を通わすこと、そして誠意。それには、相手のことをよく知ることが大切なのですね」


キャロラインはわたしの言ったことを即座に噛み砕いて飲み込んだ。聡明なお嬢さんだ。


とはいえ、結局はちからに訴えてくる精霊は多いだろう。そういうわけで、ひとつ布石を打っておく。


「そのとおりよ。それでも困ったら、サフィリアに一緒に行くと良いわ。きっと貴女のちからになってくれるはずだから


言いながらさり気なくサフィリアに目配せをすると、意図をそれだけで汲み取ってくれたらしい。サフィリアは片目をつむって応えてくれた。


大精霊のサフィリアがついているだけで、威圧になる。それだけで、下位や中位の精霊であれば、キャロラインと契約を結ばせることは可能だろう。


「リュミフォンセ様、ありがとうございます。よくわかりました! リュミフォンセ様も、交渉で、契約をされていたのですね。なら、私もきっと・・・」


感じ入ったのか、キャロラインが目をきらきらとさせて、何度も頷く。


「すべてではありませんけどね。でも、ええ、不安な気持ちはわかりますよ。わたしも、ですから」


そう応えると。


ひくっ。


と、再びわたしの後ろにいた3人ーーサフィリア、ヴィクト様、オーギュ様が、体を震わせる。


そして、サフィリアがわたしの背中から声をかけてきた。おそるおそるという感じなんだけど、何故かしら?


「義姉さまは、実は、か弱いと見られたかったのかの・・・?」


「なにをおっしゃっているの、サフィリア?」


わたしは振り向いて、にこやかに応える。


「わたしはもともとか弱いですよ? 純粋な格闘なら、貴女の足元にも及びませんし。それにさきほど、辺境伯様にも、そう言っていただいたのです」


にこにこと言うわたしに、3人は、三者三様に、そうですか、いう意味の言葉だけ言って。あとは苦い丸薬でも口に含んだような顔で押し黙ってしまった。キャロラインだけが、こくこくと興味ぶかげに頷いている。ふふ。可愛いこと。


でも、なんだか、微妙な空気がその場に漂っている。ような。気がするわ。なぜかしら・・・。


「あら。わたし、なにかおかしなことを言ってしまったかしら・・・?」


素直にそう尋ねると。ヴィクト様が、慌てたように、ぶんぶんと首を横に振った。そんなに強く反応しなくてもいいのに。


「いえ。おかしいだなんて、そんなことは・・・」


言いながら、ヴィクト様はオーギュ様の背中を小突いた。なんとかしろ、という言葉が聞こえた気がするけれど、どういう意味かしら。わからないわ。


押されるようにして、わたしのほうに前に出てきたオーギュ様は、まるで何か文句を言うように、後ろのヴィクト様のほうを向いて。そして再びわたしに向き直った。


わたしは、にこにことオーギュ様の言葉をただ待つ。


「えっと・・・ですね。むろん、リュミフォンセ様はとても美しく、しかしか弱くいらっしゃいます。その果敢(はか)なくか弱いリュミフォンセ様を守る権利を、この私に、お許しいただけますでしょうか」


最後は貴公子がする最高の敬意を示す立礼で、大きく腰を折り曲げながら、許可を求めるために利き手をわたしの前に差し出してくれた。


「まあ。まあまあ。まあまあまあ」


思わず声が出てしまうわたし。めちゃくちゃ嬉しいんですけど。


「ですよね。うん、か弱いわたしですけれど。ぜひとも、よろしくお願い致します」


か弱い。ふふ、か弱い。やっぱり令嬢はこうだよね・・・!


わたしは上機嫌で、差し出されたオーギュ様の手に自分の手を重ねる。


きゃあっ!すてき! とキャロラインが黄色い声をあげてくれた。


さらにわたしの気分はあがる。ご満悦というやつです。



みんなと笑い合っていると、視界の端に、ちらりと。ある人が映った。


ぜひとも話をしておきたかった方だ。


その方は、多くの方に囲まれ、その場の中心になっていた。





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