146 求婚(3回目)
轟音とともに、地面が砕ける。光が高速で移動し、線となった光を追うように連続した爆発が、立て続けに起こる。
いまもなお地面に群がり残っていたモンスターが爆散して散り、焦げた風が鼻腔と肺を焼く。
天つ神の魔王と、元勇者リシャルの激しい戦いは、今もなお拮抗を続けている。
強い光と爆風が続くのと動きが早すぎるので、しっかりと視認できないのだけれど、最初に見た状態から変わっていなければ、天つ神の魔王は四肢に加え8本の頑丈な触手で戦い、一方のリシャルは人間としての体と剣技だけで戦っているはずだ。
そもそもの手数が違うことを考えると、拮抗している状態は、消耗を考えれば、リシャルにとって不利なのかも知れない。
周囲を見回すけれど、近くにルーナリィの姿は無い。隠密の魔法でも使っているのかも知れない。
それにしても、夫のはずのリシャルが苦戦しているのに、手を貸さないのは、どうなのかしら。ルーナリィ自身で宣言していたことではあるんだけど、冷たすぎるんじゃないかしら。
「リュミフォンセ様、右に避けてください。余波が来ます」
ふんすふんすと憤るわたしの後ろから、若い男性の声。
オーギュ様だ。わたしは乗っている巨大狼のバウの耳を触ってやると、バウは意を察して動いてくれる。その1秒ほどあとに、天つ神の魔王と元勇者がぶつかる余波が、わたしたちが居たところを通り過ぎていく。
天つ神の魔王に近づかなければならないけれど、まるで超強力な竜巻に自分から飛び込もうとしているようなものだ。まったく近づける隙が見当たらない。とはいえ、天つ神の魔王は戦闘を続けているのだ。どこかでほころびを見せるはずだ。
だからこうして、そのほころびを待っている。なかなか機会は来ないので、根気強く待つ。待つことも戦いのうちだ。
「今度はやや下か、大きく上へ・・・」
わたしは上を選ぶ。黒い毛の耳をくすぐるように弾いてやると、大狼は音もなく上昇する。
今回は弱めの余波が下を通り抜けていく。回避も大きすぎたようだ。
とはいえ、これまでわたしたちは危なげなく時間を過ごせている。
オーギュ様が一時的とはいえ得た『未来視』の能力は、実に強力だった。
致死的な威力の余波が流れ弾として飛び交うこの戦場で、”待ち”の戦略が取れるのは、オーギュ様の未来視の能力あってこそだ。
余波をぎりぎりでかわしながら、天つ神の魔王の隙を待つなんて、死神の腕の中でダンスを踊るようなもの。
わたしは、白青妖瞳となった、金髪の貴公子を振り返る。能力を借り受けたときに、片方の瞳の色が変わったのだ。さらに彼の肩に鷹も乗っているーー。鷹は、感情を見せることなく、なにかに集中するように目を閉じ続けている。
オーギュ様は、さっきは未来視には集中が必要で消耗が激しいと言っていたけれど、待ちに徹するならばそれほど負担はないのか、いまはかなり余裕がありそうに見える。慣れたみたいね。
「? どうかしましたか?」
考え事をしていたせいで、つい不躾に長く見てしまった。わたしは首を横に振る。
「いいえ。ただ、未来視の能力とは、強力なものだと思いまして」
「そうですか。うーん、私としては、見えたものを伝えているだけなので、いささか役に立てているのか、手応えが薄いのですよ」
そんなオーギュ様の言葉に、わたしは、とんでもない、と返す。
「ものの本に、未然に問題を起こさないことが最上と申します。難しい問題を解決するのは派手で見栄えがするものですが、そもそも難問を起らない環境を作ることのほうが、ずっと素晴らしいことだと思います」
「貴女のその価値観であれば、たしかに『未来視』は最高の能力ですね」
「まあ、未然に防ぐと、外からは何をやっているかわかりにくいものではありますが・・・でも、オーギュ様がしてくれていることを、わたしはわかっていますから」
そう言うと、オーギュ様は少し驚いたような表情を見せたあと、柔らかく微笑んだーー青白妖瞳を細めて。
「・・・未然に防ぐ能力に価値があるのならば、知らずしらずのうちに自然に、そばにいる人間に新たな世界を開いてくれる能力も、価値があると思いますよ」
「? そうですね?」
わたしは首を小さくかしげる。なんの話かしら。
「能力というよりも、存在ですね。そんな存在と一緒にいられたらいいなと・・・ええと」
そうしてオーギュ様は言葉を探すように、宙を見た。
「その、つまり・・・。貴女を妻とさせてもらう約束をさせてもらえませんか」
「・・・・・・」
わたしは時をさかのぼっているから、オーギュ様の求婚も、これで3回目になる。
「突然の申し出だということは、よくわかっています」
本来ならこんな状況で言うことでもないですけれどね、と続けて、彼は肩をすくめる。
わたしは、オーギュ様との間にある、バウの黒いつややかな毛皮に視線を落とす。前の周回では、肩から先を失ったオーギュ様の亡き骸を、ここに横たえた。
何も伝えられないうちに、逝ってしまった。数瞬先に何が待っているかわからない、それが戦いの場だ。未来視があったとしても、本質は変わらない。
「・・・・・・」
ひとははかない。そんな思いが胸を通り過ぎると、このときの命というものが、愛おしく思えてくる。
ふむぅ。
「戸惑われるのもわかります。とはいえ、他の婚約者候補もすでに求婚していると聞いていますので私の希望を伝えさせてもらいました。返事は・・・急ぎません。この戦いが終わったあとにゆっくりと考えてもらって・・・」
わたしと自分自身を落ち着かせるように語る、オーギュ様の言葉を遮って、わたしは言った。
「わかりました。お受けします」
「へっ???」
ものすごく意外そうな顔のオーギュ様。
いつもの貴公子然とした整った顔が崩れてる。そんな驚くものかしら?
そのあと、2回ほど咳払いした彼は、何かを得心したのか、ぽんと自分の手のひらを拳でうった。
「そうでしたね、リュミフォンセ様は色恋ごとにうとくていらっしゃるから・・・。そう、改めて口に出すのはちょっと気恥ずかしいのですが、わたしのさっきのあれは、実は求婚の言葉で・・・」
「ええ、わかっています。求婚の申し込みをお受けします、と申しております」
「えっ!!!!」
また驚くオーギュ様。貴公子顔がさらに崩れている。
わたしはちょっとむっとして言う。
「あれだけ何度も熱心に求めてくれたのに、いざ受け入れたら驚くってどういうことです? からかわれていたのですか?」
「い、いや・・・それは・・・何度も?」
「それは言葉のあやです」周回しているのはわたしだけだもんね。「それでどうなのです? やはりからかわれていただけなのですか?」
なんとなく引っ込みがつかなくなって、押し込むように言うと、オーギュ様は襟を正すように服をかき合わせ、そしてわたしをまっすぐに見た。
「いえ。先程の申し込みの言葉は、私の本心から出たものです。・・・反応が不適切だったのは謝ります。こんなにすぐに答えをいただけると思っていなかったので、驚いたのです」
そして、彼自身の言葉どおり、気持ちの整理をつけたように、落ち着いた瞳で、彼はわたしを見つめる。
「リュミフォンセ様。貴女に私の気持ちを受け入れてくれて、とても嬉しく思います」
わたしは頷いた。
「はい」
それからお互いに無言で見つめ合う。こういうときに、何を言ったらいいのかわからない。
なにか気の利いたことを言えないかしら・・・。
わたしが思い悩んでいるうちに、オーギュ様が何か言おうとしたのか、息を吸った。そのときだった。
ごっ! と音がして、わたしたちのすぐ脇を、天つ神とリシャルの戦いの余波が通り抜けていく。肌がぴりぴりと熱波で灼けるようだ。
「話はあとにしましょうーー連続してきます! 急いで左上の方向へ!」
オーギュ様の叫びに、わたしが指示するよりも早く、乗っている巨大黒狼が反応する。
未来視の言葉どおりに襲いかかってくる余波を避けて、身をかわすようにして上空へと駆け上がっていく。
「リュミフォンセ、正面に風の盾を! できるだけ大きなものを!」
そうやって余波を防ぐ未来視なのだろう。わたしは問い返しもせず、魔法を行使して巨大な風の盾を3枚出現させる。正面からなら、衝撃を受け流すようにするのが正しいだろう。半弧に配置してやると、ほぼ真正面からの衝撃だった。
わたしは魔法の盾を操り傾けて、衝撃を受け流す。
それらをどうにかやり過ごし、ふう、と一息ついたとき。
どぅん。
今度は下のほうから、大きな音がした。
大穴が空いたり割れたりえぐれたりして、すっかり地形が変わってしまった箱庭の地面の一箇所から、水柱が吹き出した。
それを皮切りに、どぅんぶしゅーと穴やひび割れから大量の水が吹き出し始める。
「あれは・・・」
わたしが上空から、水が吹き出す箱庭を見ながらつぶやくと、
「『作戦』が始まったのでしょう」
オーギュ様が言った。
「未来視ですか?」
「いえ、洞察です。けれど、間違いないでしょう」
わたしも異論がなかったので、そうですねと頷いた。
そして、わたしたちから遠く離れたところに飛んでいった余波が、轟音を立てて崖を大きく穿ち崩す光景を見ながら、つぶやく。
「では、もっと距離を詰めなければなりません」
何との距離とはわざわざ言わないが、当然、天つ神とリシャルとの戦いの場所へだ。近づけば近づくほど、危険は高まり、オーギュ様の未来視に頼る部分が多くなるだろう。
「ええ、わかっています。接近を始めましょう」オーギュ様は豪胆に頷いた。「いまの私は、無敵に思えます」
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