138 立ちはだかる壁
皆が、談笑している。楽しそうに。
おしりの下の柔らかな草。青空に吹く爽やかな風。お茶の良い香り。
勇者ルークが、メアリさんが。オーギュ様が、ヴィクト様が、そしてシノンが。
サフィリアが、バウ・・・は寝ているけど。
先程までの惨劇とは違う。穏やかな、としか形容できない時間が流れている。
わたしは軽く目を閉じると、今まであったひりつく戦いがすべて夢だったように思える。
この状況は知っている。わたしは鷹の時魔法により、再び時間を遡ってきたのだ。
しかし、それにしてもーー。
談笑しているなか突然、ずるり、とシノンが体勢を崩した。呼吸が荒い。
それと同時、わたしの視界が揺れて。たまらずわたしは地面に手をつく。
体じゅうの
あの鷹は、一度目はシノンのエテルナを使い、あの子のエテルナが無くなったから、二度目の時間遡行では、わたしのエテルナを使ったのだ。
そして、時間遡行に使ったエテルナは、時間をさかのぼっても回復せず、使って失われたままの状態になるということね。
これほどにエテルナを奪われたら、できることに制限がかかる。減った分を自然回復で埋めるにしても、そう時間はない。回復できてあと一割程度かしら。
わたしはゆっくりと呼吸をして、身体のエテルナのめぐりを整える。
わたしの場合は、欠乏症とまではいかず、急激なエテルナの減少による、立ちくらみのようなものだ。
少し休めばおそらく問題ない。シノンについては、エテルナ欠乏症であることを告げて、サフィリアに癒やしとエテルナ注入をお願いする。
とはいえーー半分もエテルナを奪われたら、次に周回できたとしても、わたしのエテルナはゼロということになる。実質的に、これが最後の周回になるということーーかしら。
急に体調を崩したシノンとわたしに、皆は慌てた様子だったけれど、わたしがすぐに指示と対策をすぐに出したことで、落ち着いたのも早かった。
「毒物の症状はなく、ただの衰弱じゃの。急に回復させると身体に負担じゃから、シノンには脈動回復とエテルナの脈動注入の魔法をかけておいたぞ」
「たしかにエテルナ欠乏症の症状ですね・・・ひとめ見ただけでわかるものですか」
処置を終えたサフィリアが立ち上がり。涼しい物陰に横たえたシノンの額に、手を当てるメアリさんが唇に指をあて、かすかに首を傾げる。
そのころには、わたしの立ちくらみも治ってきていた。
さて・・・これからほどなく魔王がやってくる。それに備えるには、どうすべきか。
一定の時間がすぎれば、魔王がやってきてそして、天つ神の魔王に変わり、とんでもなく強くなる・・・。
みなに相談もできない。相談すれば、時間遡行のことに触れなければいけない。そうなれば、時間遡行の規則にかかり、また失神してしまう。これがなかなかいやらしい制限だ。
なので、わたしは独りで対策を急いで思いつかなければならないわけで。
とはいえ、さっきのーー2周目の戦いのなかで、わたしは光明を掴んでいた。この方法でなら、どうだろうと。ヒントは、『楽園』だ。
・・・。・・・。・・・・・・。
不安要素はある。けれど、きっとこれしかない。
問題は、自然に力をぶつけあえるようにできるかだけど・・・。
逡巡はそう長い時間ではなかった。
わたしは、思い切ることにした。
「・・・ルーク!」
声を張って、呼びかける。
「さっきのあなた、戦いのあとにわたしのメアリを娶る、という話をしていたけれど、ほんとう?」
「えっ?」
わたしに急に声をかけられて、慌てたようにこちらを向くルーク。
「ええ、本当ッスけれど・・・というか、『わたしのメアリ』?」
そう、と。わたしはひとつ頷いて。
ばっと腕を振って、腰に手を当て。そして宣言する。
「なら・・・! 貴方がメアリを娶るのに相応しいちからを持っているかどうか。わたしが試してあげるわ!」
「「「「「「はっ??????」」」」」
それは勇者ルークだけでなく、その場にいた全員の反応だった。
■□■
バウに乗って枯れ谷を越え。森の中に広場のようになっている場所を見つけたので、わたしたちはそこに降り立つことにした。
皆の邪魔にならないように、とりあえず場所を移したのでした。
そんなわけで、この場に降り立ったのは、わたしとバウ、そして一緒にバウに乗ってきたサフィリアと、空中歩法で飛んでついてきた勇者ルークだけである。
この場所は、ちょっと草は深いけれど、足先でつついた限りでは地盤は固く、暴れても問題なさそうだ。
時間がないので、さっさと進行することにする。わたしは振り向いて言った。
「さて、勇者ルーク。道々でお話したとおり、メアリはわたしにとって姉のような存在なの。その彼女を娶る資格が貴方にあるかどうか、試させてもらうわ」
わたしはぱんと肩にかかった自分の黒髪を払う。久しぶりのわがまま令嬢モードで、ちょっとテンションが高い。
「わらわが
「おだまりなさいサフィリア。ソレはソレ、コレはコレよ」
外野からの野次を完封し、わたしは再び勇者ルークに向き直ると、彼は戸惑いながら口を開く。
「試す・・・とは? 具体的に何をすればいいっスか?」
「簡単よ」
時間が惜しいので、わたしは喋りながらエテルナを集め始める。
「わたしがこれから全力で魔法を撃つから、それをしのげれば、貴方のことを認めましょう」
「それだけっスか?」
「ええ。それだけよ」
世界のエテルナの流れが変わり。わたしの周囲にゆったりと渦巻き始める。わたしに流れ込んでくるそれを、自身のエテルナを加えて、練り上げていく。
体にエテルナが満ち、産毛が逆だつ。心身が充実する。
横目にみれば、勇者は表情を真剣なものに変え、ためらわず腰の聖剣を抜いた。
わたしは片手を掲げ、近距離で最大威力の魔法を思い浮かべ。凝縮された闇属性の爆発魔法を、具現化する。
「具現化ーー『家割りの巨斧』」
わたしの頭上に現れる黒斧の刃。家割りというくらいなので、無論、わたしなどよりもずっと巨きい。最強威力を考えて、この黒斧の刃が出てきたというのは、ちょっと嫌な思い出を刺激するけど。
突然、森のなかの野原にあらわれた巨刃の疑似質量に、引力が発生するのか、細かい砂が地面から巻き上がる。
「・・・・・・!」
勇者は、無言で抜いていた腰の剣を、正眼に構えた。
「こっ・・・これは! まずいぞあるじさま、洒落にならん! 精霊の世界でも、勇者殺しは大罪じゃ! 思いとどまってたもれ!」
(・・・あるじ!)
わたしの魔法の質量に驚いたのか、サフィリアとバウが、剣を構える勇者の両脇にそれぞれ並ぶ。
ちょっと驚いたけれど、わたしは小さく頷いた。
「あら・・・ふたりとも、
黒斧の巨大刃は、過剰なエテルナ量にばちばちと放電を始める。
湿った風が渦巻き、嵐の予兆を見せる。
「えええぇあるじさま、可愛いしもべ精霊のお願いなのじゃ! 思いとどまらずとも手心を加えるとか・・・あるじゃろ! そういうの!」
「ないわ!」
『ひどい!』バウが珍しく混合発話で声をあげる。
「この魔法の重圧・・・。リュミフォンセ様、ひょっとして大魔王だったりしないッスか?」
うぐぅ! その素朴な問いはわたしの心に効くわ!
この状況で精神的なダメージを与えてくるなんて、さすが勇者!
けれど、わたしはなんとか心理的に踏ん張って、わがまま令嬢モードを続行。
精神的被害はうまく隠して、ふふんと鼻で笑う。
「何を言っているの? 本当の魔王はもっと強いわよ? これくらいしのげないようじゃあ、メアリを護ることなんて、できはしないわ」
自分の言葉ながら、考えてみたら、まったくその通りだった。
この勇者がもっと強ければ、こんなにわたしが苦労しなくても済んだし、メアリさんも死ぬ必要はなかったんじゃない?
・・・なんか、むかむかしてきた。
わたしは、結局その怒りも上乗せして、さらに魔法を強化した。
湿った風は雲を呼び、この一帯に薄い影が落ちる。
サフィリアもバウも、覚悟を決めて、全力の防御魔法の準備を終えたみたい・・・そろそろね。
「
わたしが手を振り下ろすと、莫大なエテルナを注ぎ込んだ巨大な黒刃が、勇者と精霊たちの3人に向かって轟音を立てて墜ちていくーー!
世界が砕けるような破壊音と魔法の効果が終わり。
結果、野原には大穴が空いていた。
草地の下は岩盤だったらしく、刃で削ったような壁ができている。底は伺えない。
砕けた岩が、からんと音を立てて、穴に転がり落ち。吸い込まれていった。落ちた音は聞こえない。
屋敷の部屋ひとつほどはあろうかという穴は、ほとんど真円のかたちをしており、わたしの魔法が、ちゃんと威力を凝縮できていたことを示している。
そして勇者たちはーー。
穴の向こう岸に、先に退避した精霊たちが無事で立っていた。
そして、勇者は、穴のだいたい中央くらいのところに、剣を構えた姿勢で、空中歩法で浮かんでいた。
余波を受けたのか、服や防具が汚れ、多少傷んでいるみたいだけれど、たいがい無事のようだ。
「しのいだーーッス。試練はーーこれで終わりっスか?」
肩で息をしながら、勇者がわたしに聞いた。
ーー試験はひとつだけとは言ってないわ。
とか言いたくなったけれど、いまは天つ神が出るまで時間がない。
「・・・。ええ。これで終わりよ。勇者ルーク、貴方のちからを認めましょう」
そう言うと。ルークは大きく息を吐いて、剣をおろした。
わたしの魔法は、まずサフィリアとバウの防御魔法を貫き。そして、多少落下速度が落ちたところに、勇者が聖剣技で相殺を仕掛けた。けれどその勇者の攻撃を、わたしの魔法が弾いてしまったため、勇者は方針を変えて、受け流しの技で対抗したのだ。
その結果が、いま目の前の大穴というわけだ。
勇者ルークは安堵するように籠手で額の汗を拭ったものの、ふいに思い悩むような表情を浮かべ、聞いてきた。
「リュミフォンセ様は、いったい何者なんスか? あんな強い精霊たちを従えて、さらにこんな魔法を使えるなんて。オレ、勇者になって、それでずいぶん鍛えて来ましたけど、リュミフォンセ様ほどの人は、あんまり見たことが無いっス」
来たわね、その質問ーー。
この問答こそが、本当の戦いだ。あくまでわたしの強さは、公爵令嬢の範囲の強さに見せないといけない。いや無理だろとどこかから声が聞こえた気がするけど、それは頑なに無視することにする。
「そんなことないわ。ルークのほうが、もちろんずっと強い。でも、普段だせない力を、女の子は出すことができる。そのちからの秘密はねーー『想い』のちからよ」
「想いーーッスか」
「女の子は、大切なものを守りたいと思うとき、『想い』の力で、とんでもないことができることがあるの。つまり、
「ふしぎぢから」
おうむ返しで勇者が唱えるのに、わたしは、そう! と力強く頷いてみせる。
「そう、不思議力よ! 今回、もし貴方がわたしの魔法を強いと思ったのなら、わたしがメアリを大切に思う『想い』が、魔法の威力に反映されたのね」
ぐっと拳を握り、わたしは勇者の目を真っ直ぐに見ながら熱演する。
勇者はしばらく考えるようにしていたが、やがて頷いた。
「うんーーわかったっス。想いの強さが、力になるーー。リュミフォンセ様には、大切なことを教わったッス」
さすが純朴青年! わたしは心の中でガッツポーズを取るが、表面上は、貴族令嬢よろしく、小さく上品に頷いてみせる。
「想いのちからーーオレにも、使えるッスかね?」
「えーと、貴方は女の子じゃないけどーーいいえ、想いは誰しも持っているもの! きっと貴方にも使えるわ!」
流れに乗って勢いだけでわたしが言うと、勇者は嬉しそうに鼻のしたをこすり、満足そうな笑顔で頷いた。
「なんかまったくわからぬが、大団円かのう? それでは、そろそろ戻るかの?」
穴を大回りして、わたしのところに近づいてきたサフィリアが、そう場を締めようとした、そのとき。
エテルナの場が乱れて、大きな気配が突然、この場に現れる。
わたしにはわかる。
これは、異なる世界からのお客様の予兆。
まずは、『黄昏の楽園の兵士』ねーー。
「いいえ。まだよサフィリア。世界を渡ってきたお客様を、歓待する仕事が残っているわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます