117 残された者たちの③
私の主君は素晴らしい方なのです、とチェセは得意げに言った。
「『私たち』ではなく、『私の』主君と来たか。まあ、チェセ殿のリュミフォンセ様好きは、いまに始まったことじゃないからな」
頬杖をつき、そう苦笑するのはアセレアだ。レーゼとモルシェも同じように苦笑いだ。
6人乗りの
「ええ。平民のくせに
「チェセさんは、リュミフォンセ様が幼い頃からお仕えされていたんですよね? ではリュミフォンセ様をお育てになられたようなものでは?」モルシェが聞くと、
「とんでもありませんよ。私の前任には、もっと立派な先輩がいたのです」そうチェセが答える。
「チェセさんよりも、もっと立派な方ですか? あんまり想像がつきません・・・」モルシェが言うと、
「そう謙遜することは無いと思うぞ、チェセ殿。少なくとも、あいつが出来ないことを、貴女はできるからな。秘書役とか政務の補佐とか」
そうアセレアが言うと、モルシェが目をまたたかせた。
「その前任の方と、アセレアさんも仲が良かったのですか?」
まあな、とアセレアは口端をくいとあげる。
「もともとリュミフォンセ様の
「すごい方なんですね・・・その方は、いまどこに?」
そうモルシェが聞くと、アセレアは遠くを見るように目を細めた。
「さあて、一体どこだか・・・北の果てか南の果てか、西部の荒野か東の沃野か迷宮の底か。ひょっとしたら案外王都の周りをうろうろしているかも知れん。なにしろ、『勇者一党』の一員だから、居場所はわからんさ」
「えっ。いまの勇者のルーク=ロックの・・・。その『勇者一党』のなかで、元メイドと言ったらひとりしか・・・メアリ=テューダですか?」
驚くモルシェに、「おっ詳しいな」とアセレア。「週刊『勇者此世界』の愛読者ですから」とモルシェ。
そして感嘆の息を吐きながらモルシェは続ける。
「元メイドだとは知っていましたけど、どこに家に仕えていたかまでは押さえていませんでした。不覚です。まさかロンファーレンス家で、しかもリュミフォンセ様付きだったなんて。・・・いえ待ってください、素直に信じちゃいましたけど、本当ですか? かついでませんか?」
「リュミフォンセ様は、先任のメアリさんのことを『肉親同様』に思っているということでした。公爵様の前ではっきりと言い切られたとか・・・。同じ
チェセはふぅとため息をつく。なんでもないように体裁は繕っていたが、言葉は彼女自身の本心だった。焦げ付いた憧れと妬心が混ざっている。
「ちまたの情報を鵜呑みにすれば、勇者は魔王幹部もあらかた倒して、あとは魔王を探し出して倒すだけだというじゃないか。勇者の旅が終わってしまえば、メアリはまたロンファーレンス家でメイドをすることになるかも知れないな」とアセレア。
「おお・・・もしそうなったら感動ですぅ・・・」勇者一党好きのモルシェは胸の前で両手を組み、天井をあおぐ。「でも、勇者とその一党は、魔王討伐が終わったあと、住む場所を自由に選べないと聞いてますよ?」
そんなことを勇者好きのモルシェが言う。「そうなのか?」とアセレアがきく。
「勇者とその一党は、個人での最高戦力である一方で、魔王討伐の名誉を持った名士です。自然、平和になると過剰戦力になってしまう上に、個人に備わった求心力のために政治力を持つので、もともと支配階級の貴族kさらすると厄介なのです。なので、地方で力を持って妙な気を起こさせないように、王家が王都に豪華な邸宅と恩給を、勇者たちに与えて、余生を送ってもらう。それが一般的な処置だと言われています」
人事向けの話に詳しいレーゼが口をはさむ。
「ふうん。ありそうなことだが。ところで、先代勇者一党の場合はどうだったかな? 先代勇者は先代魔王とともに次元のはざまに消えたと聞いているが、その仲間のことは、あまり聞かないな」
アセレアの疑問に、『週刊勇者此世界』を読み込んでいるモルシェが答える。
「先代勇者一党は、勇者リシャルひとりの戦力が飛び抜けていて、他の仲間は支援型だったそうです。治癒役、付与術士と盾騎士の3人です。こんなことを命を張って戦ってくれた人に言っては失礼ですけど、正直、あまりぱっとしないというか」
「だからでしょうね。先代勇者リシャルの仲間は、いまも存命だと思いますが、その後のことを聞きません。王都か、ひょっとしたら地元で、恩給をもらってひっそり暮らしているのではないでしょうか。
ーー思うのですが、先代魔王は、今代魔王のように人間世界の侵略に熱心でありませんでした。街や人にも直接的な被害は少なかった。だから、先代勇者一行の魔王討伐の旅が、世間であまり盛り上がらなかった。残された仲間の動向が目立っていないのは、一因かも知れませんね」
あとを受けたレーゼの言葉に、アセレアがまとめる。
「ふむ、つまり、魔王を倒したあとに勇者一党がどこに住むかは、王家の意志がからむ政治案件ということか。ーーそれなら、メアリの場合はどうとでもなりそうだな。我らが公爵様は政治力でも頼りになる。リュミフォンセ様も喜ぶだろう」
そうですね、とチェセが同意する。
そうこうしているうちに、馬車はロンファーレンス家の王都別邸に到着した。
「ずいぶんと暗いな・・・」
「もともと短期の滞在の予定でございました。こちらに連れてきておりますのは、最低限の人数でございますから」
オーギュ第二王子を先導する、侍女頭のチェセが応じる。
全員が前庭で乗り物から降り、別邸の入り口へと短い道を歩く。別邸には灯りがともっているものの、当然ながら王城の華麗さには及ばない。
別邸に残る使用人の数も少なく、主人が留守であれば灯りをつけておくことは無駄であると考えるのが西部流だ。一方で、豪奢にみせかけることで、威勢を示すのが中央・東部。主が留守とはいえ屋敷を暗くしていては、家計が苦しいのではないかと周囲から余計な勘ぐりを入れられる気苦労もある。文化の違いだ。
「日頃の節約は、いざというときの備え。北部でも同じですからわかりますな」
「あら。北部でも同じでございますか」
一方で辺境伯子のヴィクトは理解を示した。チェセは如才なく答える。
「普段から物資を過剰に使っていると、いざというときに不足する。亜人の襲撃、それがなくとも突然の吹雪に道が閉ざされて、予定どおりに補給できないこともある。物資に余裕を持つために一番大切なことは、物資を無駄使いしないことだ。主が不在の館を明るくする必要はない」
ヴィクト辺境伯子の言葉に、オーギュ王子は不快げに軽く眉をひそめたが、それだけだった。
レーゼとモルシェが、エントランスの扉を開くと、むせかえるような薔薇の香りがあたりに広がった。
暖色の魔法灯の光が飾り硝子に散乱する、エントランスホール。そこには
「これは・・・見事な。リュミフォンセ様は花がお好きなのか?」
オーギュ王子の独り言のような問いかけに、チェセは微笑んで、意味ありげに少し間を置く。肯定も否定もしないための間。
「さる方から贈られたものでございます。主人は狩りの場で貴族の方々を助けることを致しましたため、その感謝の証として、ありがたいことにいくつかの贈り物をいただいております」
控えめな表現をしながら、チェセは事実を、全ては語らずに話す。
「まさか・・・兄上が?」
「いえ、この薔薇は違います。セブール様の贈り物は、また別にございます」
「くっ。そうか・・・」
悔しそうな表情をするオーギュ王子。その横で、すでに贈り物をしているヴィクト辺境伯子は、頭の中で自身の贈り物と比べるかのように、薔薇の大瓶を見ている。
レーゼ、モルシェ、アセレアは賓客の後ろに控えて、次の行動に備えていた。
エントランスホールに客を待たせ、応接の準備をするために、ひとときの暇をチェセたちが乞うた、そのときだった。
「おっ、ようやくか。おかえりじゃの」
エントランスホールの階上から声が降ってくる。チェセにとってその声は聞き慣れたものだったが、いまこの場で聞くはずの声ではなかった。
まるで小娘が街中を歩く気安さで、エントランスホールの階段を降りてくるのは、お仕着せのメイド服に身を包んだ、銀髪の少女だった。
いまはリンゲンで留守番をしているはずの彼女。階下のチェセが、思わず声を強めて問いかける。
「サフィリアさん! どうしてここに・・・」
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