105 狩り シノンとの出会い②




「モンスターよっ! モンスターが出たわ!」

「なんでこんなところに! 警備隊は何をしていたの!」


狩りに参加する女性陣がいる幔幕にたどり着いてみれば、混乱が起こっていた。女性陣の居る幔幕を、モンスターが襲ってきたのだ。


侍女のレーゼの言った『危ないもの』とはこれのことだろう。


そして、あの不思議な狩人の子、たしかシノンといったっけ・・・の予言した通りのことが起きた。あの子は、予言した通り、モンスターが現れたら言葉を信じて欲しいとお願いしていた。けれど、その是非を考える前に、いまはこの混乱をさばかなくてはならない。


出現したモンスターは植物型だった。背の高さも幅も、5メートルはあるだろうか。根を足のように動かして歩き、蔦や葉を震わせて護衛騎士を攻撃している。蔦はそれぞれが大人が一抱えするくらいの太さがあって、蔦がぶうんと横に払われ、4人の兵士がまとめて吹っ飛んだ。


蔦は手の役割を果たすのか、8本もある。そして、8本とは別に、ひときわ太い茎がひとつあり、その先っぽには、膨らんだ蕾のようなものがついていた。それはまるで顔のようにあたりをきょろきょろと見回している。・・・ひょっとして、あれ、華が咲くのかしら。


そのモンスター(『大つぼみ』という名前を、心のなかでわたしはつけた)は、ときおり、ぷっと種を吐き出す。種は地面に落ちるとすぐさま成長し、1mほどのミニ大つぼみになり、周囲を攻撃しだす。そのミニ大つぼみを倒すために、護衛兵士が散開するのだけれど、めいめいの判断なので、陣形がめちゃくちゃだ。


女性陣につけられていた護衛兵士の半数が槍をもってモンスターに挑み、半数が貴人たちの誘導にあたっている。けれど、敵勢力に対し、どうも護兵士の数が足りていないようだった。混乱しているひとと落ち着いたひととが混在している。どうも戦い慣れていないらしい。


主催者の構成を考えれば、こちらに残っているのは第三王子が準備した護衛兵、ということになるだろうか。普段、王都の警備に当たっているのなら、魔王軍と戦った経験も少ないのかも知れない。


逃げ惑う貴人たちは、着飾った女性たちだ。色とりどりのドレスが小走りに動くさまは、状況が状況でなければ、幻想的にでも見えたのかも知れない。けれど、恐怖にかられた表情で令嬢たちが逃げるさまは、痛ましい。


貴人たちは護衛兵士の指示を聞かずに、めいめいに逃げようとしている人も居て、それも収拾がつかない原因のひとつになっていた。


慌てる護衛兵のひとりをつかまえて聞けば、男性陣が居る狩場のほうでもモンスターが出ているらしい。そちらに護衛騎士の総数の半分ーー辺境伯子の兵が向かったあとに、女性陣が残るこちらにもモンスターが出たのだという。


二箇所同時攻撃だ。辺境伯子の兵は戦い慣れている精兵のはずなので、普通に考えれば、向こうが陽動で、こちらが本命だろうか。まるで誰かが意図したかのようだ。


ここは王都の郊外とはいえ、モンスター警備線の内側である。だからこそこのように貴族が集まって狩りなど催せるのだけれど・・・。逆にいえば、警備にあたる側にも油断があったという事かもしれない。


この場にいる武人の方々にすべておまかせ・・・とは行かなそうだ。


「アセレア」


わたしは、近く侍る護衛騎士に声をかける。


「この混乱をなんとかできる?」


リンゲンで魔王軍としばしば戦い、いずれの戦いでもアセレアは勝利を収めてきた。彼女はすでに歴戦の指揮官なのだ。おそらく、この場を収められるのは彼女しかいない。


「可能性がふたつあります」アセレアは単純な是非ではない答えを返してきた。「まずこれが単純な襲撃であった場合。逃げ惑う貴人たちを、モンスターから引き離すことができれば、場を治めることは可能です。しかし、この襲撃が人為的なものであった場合ーー」


「その場合は?」


「敵の意図が読めないと防げません。最悪、逃した貴人たちをまとめて攻撃されてしまうことが想定されます」


暗に、余計な手を出さないほうがいいと、アセレアは言っているようだった。状況をわからずに下手に指揮を取って、想定外の事態が起こった場合、責任問題になってしまうだろう。


そうでなくとも、この場は第三王子の警備の持ち場で、勝手なことをすると混乱を招くうえに、越権行為でもある。とは言え、いまにも死者が出てしまいそうな、目の前の混乱は見過ごせない。


「・・・じゃあ、こうしましょう」


少し考えて、わたしは言った。





白いウリッシュに、わたしとバウが乗って、高所からその場を一望する。その隣にアセレアが特殊能力『鷹の千里眼』を起動させながら並び立った。チェセたちには、少し離れた場所に避難してもらった。


「・・・では、視界を共有します」


アセレアの言葉とともに、わたしの視界は一瞬ぼやけ、次には数十メートル先のミニ大つぼみの一体が映る。護衛兵士3人が槍で取り囲んでいるが、なかなか致命傷を与えられていない。


「じゃあバウ、お願い」


『あいわかった』


仔狼姿のバウは、よじよじとウリッシュの首をよじ登り、ウリッシュの頭の上にちょこんと座った。若干不満そうな、ウリッシュに構わず、仔狼は魔法を発動する。


黒雷が、遠くからミニ大つぼみを痛打する。すると一撃で、ミニ大つぼみは虹色の泡に変わった。


「お見事。次の標的です」


アセレアが視界を視界を切り替えて、次の標的を映す。


続けて、同じようにミニ大つぼみを3体仕留めた。敵が散開するので、護衛兵の陣形が崩れるのだ。こうしてミニ大つぼみを倒して手助けしていけば、護衛兵の陣形が自然整い、それに合わせて会場の貴人たちの逃げ場所も整うだろう。


「次です。でかいやつが、種を蒔きました・・・3粒です」


「バウ」『承知』


わたしが黒狼の名を呼ぶと、3筋の黒雷が落ちる。大人の両拳ほど、ちょっとした石くらいの大きさの種が、空中にあるうちに撃ち落とされ、焼き尽くされる。


順調に減っていくモンスター。会場の貴人たちも落ち着きを取り戻し始めている。


けれど、残った大きいヤツは難敵みたいだ。取り囲むだけ取り囲んで、戦況は膠着している・・・というよりも、力強い蔦に跳ね飛ばされて、護衛兵士では歯が立たないみたいだ。


動きを止めれば、皆さん仕留められるかな・・・。さすがに本体だから、少し強めに魔法を当てないとダメかな・・・。


「バウ」


わたしはバウに呼びかけつつ、こっそりと自分の魔法を準備する。バウは心得たもので、エテルナを派手に操作し、まるでバウが魔法を使ったように見せかけてくれる。


わたし自身が大きな魔法を使えるとわかるときっと問題だけど、バウやサフィリアといった精霊関係者が大きな魔法を使える分には、いまのところ問題ない。わたしの家臣たちも、わたしが使った大きな魔法は、精霊によるものと信じている。わたしも名乗りを精霊使いに変えたほうが良いのかも知れない。


わたしはバウの起こしたエテルナの光粒の煙幕の影で、魔法を行使する。


「氷爆茨縛 具現化ーー『楔』」


たったいま生成した、手のひらにすっぽり収まる大きさの、氷の楔ーーこれを、こっそり山なりの軌道でうち放つ。


どひゅんっ! と上空へ向けて飛んだ楔は、大つぼみを取り囲む護衛兵の頭上を超えて、狙い通りに大つぼみ本体へと落ち、突き刺さった。


ちょっとした小屋ほどの大きさもある、巨大なモンスター。それに比べて、あまりにも小さな氷の楔。あの楔に気がつく人はいないだろう。


そしてーー氷の楔に封じ込めていた、魔法の効果が展開される。


アォーーン・・・


バウがエテルナ操作に加えて、遠吠えを発した。いいカムフラージュ。やっぱり気が利いている。


同時、氷の茨が、大つぼみの根本から膨れ上がる。


その大質量の茨は、大つぼみ本体を取り巻き、地面に縫い止めるように縛り付け、動きを止めた。


うん、これでよし。あとは第三王子の護衛兵士に、一斉に攻撃でモンスターを仕留めてもらえば、第三王子は見事に義務と職責を果たしたことになるよね。


けれど、突然に現れた氷の茨に、逆に護衛兵士たちに動揺が走っている。槍の林が揺れ、今にもみんな逃げ出しそうな動きだ。起こっていること、つまり目の前の氷の茨が、敵によるものかどうか判断がつかないからだ。モンスターの攻撃の予備動作だと思っているのかも知れない。


説明が必要だ。わたしは咄嗟に、拡声魔法を使い、護衛兵士へと呼びかけた。


親指ほどの大きさの魔法の詠唱紋に向かって、わたしは呼びかける。


『兵士の皆さん。どうか落ち着いてください。その氷の魔法は、皆さんへの援護です』


野外の会場に響くわたしの声。ざわめきが走ったが、次第に場が落ち着きを取り戻していく。


白騎走鳥獣の鞍上のわたしは、言葉を続ける。


『氷の茨でモンスターの動きを封じ込めているそのあいだに、モンスターを倒してくださいませ。兵士の皆さんのお力が頼りです・・・っ??』


ぼうん。と音を立てて、モンスターが消えた。


あっ・・・。かひゅー、とわたしの喉奥から変な呼吸音が漏れる。


兵士たちが攻撃する前。わたしが喋っているうちに。


大つぼみは、音を立てて虹色の泡に変わってしまった。


どうやら、氷の茨で縛って押さえつけている間も、充分なダメージが入ってしまっていたみたいだ。


ぽかーんと立ち尽くす、第三王子直下の護衛兵士の皆さん。


「しまったぁ・・・」


わたしが騎走鳥獣の首に額を押し付けて、がっくりと肩を落とす一方で。


たおした・・・たすかった・・・という声が、場に広がっていく。


そして、皆の視線が、拡声魔法を使っていたわたしに向けられる。


鞍上から隣を見れば、赤髪のアセレアと目があった。


「あの・・・ちがうの・・・これは、アレがソレして・・・ね?」


わたしが両手の人指し指をあわあわと回しながら言うと、アセレアはわたしに敬礼を向けた。


「相変わらずお見事です。リュミフォンセ様」






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