95 王都へ②
「次は、第三王子のフェル様です」
そう言って姿絵を手にとったのは、レーゼだった。
「白銀の髪に、少し眠そうな碧眼。まだ8歳でいらっしゃいますから、愛らしいが先に立つ顔立ちですね。白い
チェセの解説に、またモルシェが補足。
「平服なので、王子の日常を示しています。背景は王城内の図書館ではないでしょうか。フェル王子は、本がお好きだとか。神童と評判高く、語学も堪能で、教師もたじたじだと聞きます」
そしてレーゼの仕入れた人物評だ。
「フェル王子は寡黙なお方で、家臣にも優しい方なのだとか。ただ王になるためというより、王の臣下となるべく育てられているためか、少し覇気に欠けるところがあるそうです。けれど、勉強熱心で、この歳で詩作もなされます。きっと線の細い麗しい青年になると思います」
うん。むしろレーゼの好みがなんとなく把握できた気がする。
「「では、どちらの王子がお好みでしょう」」
アセレアとレーゼが、声をハモらせて前に出てくる。君ら、仲悪そうと思ったけど、息ぴったりやね。
とはいえ・・・うーん。考えこんでしまうわたしである。こういうのはぱっと直感で言ってしまうべきなのだと思うのだけれど、なんとなく決められない。
そんな悩むわたしを見かねてか、「まぁまぁ」とチェセが助け舟を出してくれる。
「せっかく4枚の姿絵があるのですから、すべて見てからのほうが、決めやすいのではないでしょうか」
と、チェセが栗色の巻き毛を揺らして手にしたのは、辺境伯子ヴィクトの姿絵だ。
「先の王子たちとは違い、戦場での勇ましい絵ですね。鞍をかけた騎走鳥獣にまたがり、部下たちを鼓舞している場面でしょうか。黒い全身鎧に身を包み、兜だけは脱いだ格好です。黒髪を後ろに流し、やはり碧眼ですね。天高く掲げた剣が凛々しいです」
モルシェの補足は、少なかった。
「ヴィクト様は、若年ながら魔王軍との戦いに参加されたと聞きます。そのときの武勇を称える絵ですね。お年はオーギュ様と同年と聞いていますから、18歳ですね」
そして、ちょっと不服そうな、レーゼの人物評だ。
「ヴィクト様は、辺境伯のご長男でいらっしゃいます。下に弟がふたり。剣技・魔法の武勇に秀で、兵士たちからの信頼も上々だと聞きます。初陣は昨年だったのですが、今年は将軍として軍を率いられたということです。北部は亜人と年中小競り合いをしていますので、尚武の気風が強いです。そのため、ヴィクト様のような方は、北部で特に人気です」
へぇ、とわたしは思う。とは言え、頑張っている人なんだという以上の感想はない。
それでは、と最後の姿絵を取り上げたのは、モルシェだ。
第一王子のセーブル様の姿絵だ。彼はすでに結婚しているため、わたしの婚約者候補から外されている。
「綺麗な金髪に、黒の瞳。夜会での光景でしょうか、青の長衣に
モルシェの補足は、熱が入っている。
「これは『空飛ぶ夜会』にセーブル様が参加されたときの様子を描いたものです。このとき、仮面をつけたセーブル様は、驚いたことに気球と魔法を使って優雅に二階のテラスから夜会に登場されたのです・・・! そして、胸につけていた華を、美しい令嬢へ捧げ、杯を交わされた・・・。右手にある仮面とお酒のグラスとお花はその象徴でしょう」
レーゼは面白くもなさそうに、人物評をつけてくれる。
「第一王子であるセーブル様ですが、現在御年21歳。母親は現在の
こちらの王子も文武に優れている上、女優だった母親の血を引いているためか、派手好きで演出を好みます。王子のそれは貴族のあいだで
ふむ。そうなると王太子は、第一王子と第二王子の争いというわけね。話を聞いた限りでは、第一王子のほうが有利に聞こえる。ただ、従来法の血統を重んじれば第二王子になる可能性がある、ということかしら。
情報を頭に叩き込んだとき、わたしは4人の視線に気づいた。視線に籠められた意図は明白ーー『この王子たちのなかで、誰が好みですか』だ。
聞かれる前に、聞くことにした。
「ち、ちなみにーーみんなは、誰が好みなのかしら?」
その質問には、さっと答えてくれた。
「オーギュ第二王子だな。生意気そうなのがいい。屈服させがいがある」とアセレア。
「いえいえ、フェル第三王子ですよ。線の細い美青年になりますよ」とレーゼ。
「私は頼りがいのある方がいいですね。その基準ならヴィクト辺境伯子でしょうか」とチェセ。
「私は・・・第一王子のセーブル様ですね。ちょっと遊び人っぽいところがたまりません」と身悶えながら、モルシェ。
みな、見事に好みが分かれた。モルシェは、なんか変な男に騙されそうなことを言っているんだけど、大丈夫かしら?
わたしは、4枚の姿絵を改めて順々に眺め、うーんと唸る。
あえて言うなら、チェセの『頼りがいがある』という基準は賛成だ。わたしのなかで頼りがいがあると言えば、2年前にお会いした『月詠』さま・・・。ダメだ、世界を護る
正直、みんなピンとこない。けれど、会えば何か変わるのではないか・・・。
わたしの考える様子を見かねてか、モルシェがもう一枚を出してきた。
「これはあまり出したくなかったのですけれど・・・」
四枚の絵の中央に置かれたのは、三人の男女が描かれた姿絵だった。
髭の男性を中心に、左右にふたりの美女が描かれている。中央の髭の男性がかぶっているもの・・・王冠だ。
「これは、アクウィ王国の現王と、王妃と寵姫を描いた絵です」
モルシェが言う。わたしはその姿絵を手にとり、まじまじと見た。
ふむ。ほう。
「王様、髭がちょっとお祖父様に似てるかも・・・」
「「「「そこはダメですよ!!!!」」」」
わたしの呟きは、皆に全否定された。
「リュミフォンセ様なら、王の側室を狙えるかも知れませんけど、今の王様は
すごい剣幕でレーゼに言われて、わたしは押される。
「わ、わかってますよ。ただ、ちょっと言ってみただけっていうか・・・」
「リュミフォンセ様は・・・
アセレアがため息をつく。
言葉は良くわからなかったけれど、けなされた気がした。
すぴっ、と甲高い音がなる。
まったく会話に入って来ずに寝続けていた、仔狼姿のバウの鼻笛だった。
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