61 凱旋






リンゲン廃砦の奪還に成功の報はまたたく間にリンゲン市街に広がった。


おかげでわたしたちはリンゲン街壁に近づいたときからリンゲンの人たちから熱烈な歓迎を受け、再び戦勝の宴へとなだれ込んだ。


「我々人間はモンスターなどに屈しはしない! 勇気と絆ですべて切り開ける!」

「ロンファーレンス家、万歳!」

「ロリ・・・若く美しい英雄、リュミフォンセ様に献杯を!」「かんぱーい!!!」


この援軍の部隊の頭目は形式上わたしになっているので、普通の民からは、わたしへの称賛が昇っているけれど、軍事がわかっている人は実質的な指揮者がアセレアだとわかっている。だから宴の最中、アセレアは常に人の輪に囲まれていた。


「「「アセレア様の的確な指揮、武勇に惚れました。ぜひ旗下に加えてください」」」

「ロンファーレンス家の騎士団に加わりたいなら、入団試験を受けるのだな」

「今回の廃砦の戦いで、私は3体、モンスターを屠りました。この手柄ではどうでしょうか?」「ならば私は4体!」「僕は5体です!」

ジョッキを片手ににやにやとした笑みで話をするアセレア。

「うむそうか、それはみな偉いな。よくやったぞ。けれど、リュミフォンセ様も団員との対戦式の入団試験を受けて、見事合格している。貴族であられる首領が試験を経ているのに、ここで例外を認めるわけにはいかんな」

「「「えっ、リュミフォンセ様がですか???」」」

「そうだぞ! だから皆、励め! その前に呑め!」


言って、アセレアは麦酒エールがなみなみ入ったジョッキを豪快に傾け、あっという間に空にして、口元を拭っている。追従している冒険者立ちが合わせて杯を次々に空にしている。


なぜかしら、アセレアに山賊の親玉か何かにされたような気がするわ・・・。


「リュミフォンセ様のメイドは、家ほどもある化け猪を殴り倒すらしいぞ!」

「さすがにそれは吹きすぎだろ?」

「いやそれが本当なんだよ、向こうを見てみろよ。あの銀髪のメイド服を着た子だよ」

「うわ、なんだあの巨大篭手ガントレット! 総金属に見えるのに、片方だけでうちの子供よりも大きいぞ?」

「それに、先頭で戦ってたスカした黒衣の剣士がいただろ? あれもお嬢様の関係者らしいぜ」

「砦内に魔法を派手に撃ち込んでたやつだろ? あいつあれだけの腕前で冒険者の間で誰も知らないから、不思議だったんだよな」

「お嬢様はそんな猛者を何十と抱えているらしいぜ!」

「すげえな! ロンファーレンス騎士団は最強か!」

「ちげえよ、お嬢様がすげえんだよ」

「じゃあお嬢様騎士団」「リュミフォンセ騎士団だろ」「それ! 最強だ!」


・・・噂に尾ひれがついている。この調子では、最後にはわたしはどうなってしまうのだろう。四天王とか円卓の十本剣とか従えそうな感じだ。


あとの始末を考えると頭がいたいので、わたしは考えることをやめて、その日も早く部屋に戻って休むことにした。。


ロンファーレンス騎士団リンゲン派遣部隊には、それよりももっと困った事態に直面することになったのだから。






■□■






「お金がない?」


「はい」


一晩明けて、きりっとした顔で報告するアセレア。かなり飲んでいたし・・・服装を見れば、これは家に戻っていないね。昨日と同じ服装だし、香水の匂いでお酒の匂いを隠そうとしている。それでこれだけ爽やかな顔ができるのだから、すごいものだと思う。


「より厳密に言えば、リンゲンの両替換え商が保有する金貨が不足しているのです」


聞けば、先日の戦勝で、ここまでやってきた冒険者150人に討伐報酬を支払わければならなくなった。支払いのための費用は、ロンファーレンス家から為替手形を預かってきたのだが、いざ支払いのためにその手形をリンゲンの銀行バンコに持ち込んで換金しようとしたところ、金貨の不足を訴えられたのだという。


「当座必要な金貨は1万枚ですが、リンゲンにはいま3000枚ほどしか金貨が無いそうです。冒険者はこのままリンゲンに留まり防衛戦力にする予定ですので、彼らをロンファに帰すわけにもいかず、どうしたら良いものかとご裁可を仰ぎたく」


ご裁可を・・・って言われたって。お金が無いとか、そういうことってあるものなの? どうすればいいかと言われてもわたしもまったくわかんないよ。相談できそうなのは、家宰のパースくらいだわ。


「・・・そうは言っても、家宰パースに手紙で問い合わせてみるしかないけれど・・・、早便を使って早くて往復8日。それからの動きになるけれど、冒険者の皆さんには、とにかく待ってもらうしか無いと思うのだけれど」


そうですか、やれることがあれば手伝います、とアセレア。自分がわからない分野だとすがすがしいほどの丸投げだ。


この動きで良いのかどうかもわからないけれど、やれることをやるしかないか。


「あの・・・事情はうかがいました。差し出がましいようですけれど、意見を申し上げさせていただいてもよろしいでしょうか?」


わたしの前にお茶を置き、一礼して言ったのは、わたしの真のメイド、チェセだった。なおサフィリアは自分の部屋で寝ている。戦いの後なのでお休みなのだ。


チェセは有能なメイドで、どのくらい有能かと言えば、どうみても昨晩のお酒が残っているアセレアに、水差しごとお水を渡した上に、宿酔いざましのハーブティを準備するという気の使いようだ。


アセレアはその場で立て続けに水を3杯注いで飲み干し、さっそうとした動きでハーブティが置かれた卓へと歩きだす。動きは綺麗なのだ。


「冒険者の皆さまは、報奨を目当てで戦われます。今回は遠征しての激しい戦いですから、そこに、報奨金が遅配となれば、不満が出るおそれがあります。いまは品行方正ですが、手持ちが尽きた方には、乱暴狼藉に走られるかたもいらっしゃいます」


そうなれば、街の治安の問題になってしまう。せっかくモンスターを追い払って安全になったのに、今度は冒険者によってリンゲンが危なくなるということになる。


「とは言え、皆さまも当座すぐに大金が必要ということではありません。目の前の生活さえ立つようにすればいいかと思います。幸い、住居はロンファーレンス家が借り上げて提供していますので、衣食分のお金があればいいと思います」


ふむふむ、とわたしは頷く。たしかにそうだ。大金をもらったとしても、いまリンゲンでは使うあてがあまりないように思う。


「結論を言えば、当座の生活費となる分のお金は、冒険者ギルドと政庁から借りるのです。それでも不足するのであれば、リンゲンのお店に、冒険者のツケ払いを認めてもらうよう、騎士団名で通達を出してはいかがでしょうか。その間に、他の都市からリンゲンへ金貨を輸送してくるのです。あとで収入のあてがあると知れば、リンゲンのお店も、余所者のツケ払いも、そう嫌がらないと思います」


設備があれば、軍票を発行してもいいかも知れませんが、とチェセは言った。


「金貨の輸送には、私の実家のフジャス商会がお役に立てると思います。ご指示いただければ、手配させていただきます。各支店に伝書鳩ビージョンの伝達網がありますので、迅速に手配ができます」


ふむふむ、なるほど。


「すごく良い処置だと思うわ、チェセ。やってもらうには、どうしたらいいの?」


「大きなお金が動きます。この場でのやりとりを他のものにもはっきりと示す必要があります。おそれながら、リュミフォンセ様と・・・リンゲン駐在部隊の指揮者であるアセレア様の連名の『ご一筆』をいただきとうございます」


わたしが一筆を書き、それにアセレアも署名して、その紙をチェセに渡す。


うーん。お金や内政、事務の問題は、本職の事務官か、商人がなければ歯が立たないのかも・・・。今回は大商会の娘であるチェセが助言をくれたけれど、これは今後の課題だわ・・・。

「ではさっそく取り掛かります・・・アセレア殿、部下の方を少しお借りするかも知れませんがよろしいでしょうか」


かまわんから存分に使ってやってくれ、と赤髪の女騎士が鷹揚に応えると、栗色の髪のメイドは苦笑し、一礼をして部屋を出て行った。


そして入れ替わりに入ってきたのは、3人の男性だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る