58 リンゲン廃砦戦






ロンファから来た冒険者たちと引率の騎士が、リンゲンに到着した。


これで援軍は200名となり、一応ひとつの戦力、ということになる。


アセレアとともにわたしは彼ら彼女らを出迎えに出て、遠路はるばるの移動をねぎらったあとに、あとは事務を得意とする騎士が彼ら彼女らの宿泊先をてきぱきと割り振った。


リンゲン代官と冒険者ギルドの職員の厚意で、一部の宿を格安で、さらに空き家を何軒か宿泊所として解放してもらった。これで彼らもゆっくりと身体を休めることができるだろう。


到着のその日は慰労のための軽い宴を開きーー実際には盛り上がった冒険者たちはかなり夜遅くまで飲み騒いだらしいけれど、未成年のわたしはよく知らない。


そして1日準備を挟み、その次の日には、アセレアの指揮のもと、わたしたちはリンゲンの廃砦へと向かった。


廃砦とは言え、はじめての攻城戦である。




■□■



「最近、わたしはアセレアのことが、わかってきたような気がするわ」


総攻撃の前の小休止、目標の廃砦から少し離れた場所に敷かれた陣にて。わたしの隣にいる指揮官兼護衛のアセレアに、そう話しかける。


護衛のときはあまりその考え方がわかっていなかったけれど、指揮官として振る舞う彼女を見て、認識を新たにできたと思う。彼女はある意味とても軍人らしい。合理精神に溢れ、使えるものはなんでも使う。勝利はなにごとにも優先し、礼儀や秩序、政治は尊重すべきものだけど、二の次だ。他に優先するものがあれば躊躇なく投げ捨てる。


そんな意味のことを柔らかく言うと、アセレアは不敵とも言える笑みを浮かべる。


「主君に自分を理解してもらうというのは、気持ちの良いことですね」


そして続ける。


「普通なら城攻めには相手の3倍の兵力が必要です。今回はたった200余名で砦を攻めるのですから、我が軍は劣勢のまま敵に挑むことになります。お嬢様のお力も戦力にかぞえておりますからーー期待しておりますよ」


幼気いたいけな身としては、それは喜ぶべきことなのかしら。期待されて、嬉しいような困るような、複雑な気持ちだわ」


はぁ、とため息を吐いてわたしが答える。


「幼年での初陣は武門の誉れですよ。ーーなお、私が前線に出ることがあれば、予めお伝えしたとおり、ハンス副隊長の指揮下にて行動ください」


「ええ、わかっています。というか、この戦いの総指揮官であるアセレアが前線に出ることがあると?」


「率いる味方はたった200名と少し余り、1中隊規模です。このくらいなら、個人の武勇がものを言いますから」


むしろそうなって欲しい、というくらいの感情が感じられる声音。端正なアセレアの小鼻が興奮で少し膨らんだような気がするのは、きっとわたしの先入観のせいだと思いたい。


なお援軍200名に加えて、リンゲンで臨時で廃砦奪還の緊急依頼クエストをかけて、人員を募集した。


期間が短かったので応募に来た冒険者は少なかったけれど、良い機会なのでバウには人間形態をとって、冒険者側からこの依頼クエストに参加してもらうことにした。なのでわたしの目の前にいる隊列ーーというか人の群れの中に、よく知った黒衣の剣士がいるはずだ。活躍を期待しよう。


「それに、水精霊のメイドも、ありがたい戦力です。全力は出せないそうですが、それでもこの規模の戦いであれば無双も期待できます。そして、彼女の参陣もお嬢様がこちらにいらっしゃったからこそ。本当に幸運としか言いようがありません」


そう、水精霊にしてメイドのサフィリアも、この戦いに参加しているのだ。メイドが戦闘なんて・・・とも思うけれど、サフィリアの場合はメイドをやっているほうがおかしいのだ。強大なエテルナを操るちからを持ち、基本大雑把で、人の指示を嫌う性格の彼女は、メイド仕事よりも戦闘のほうで輝くだろう。


指揮官役のアセレアは、彼女の性格を少しの面談で看破したようで、わたしの護衛ではなくて、自由に動かせる遊撃隊として編成した。アセレアいわく、戦場での護衛役は、常に周囲の細かい把握が求められるので、サフィリアには向かない任務だとのことだった。


言われてみればそのとおりだとしか思えなかったので、サフィリアもわたしから離れ、目の前の人の群れの中に居る。メイド服のままで参戦しているので目立つ彼女は、左翼のあたりに居るのを見つけている。表情までは伺えない。


わたしはアセレアの言葉に頷くことで返事とし。そして周囲を見渡す。


わたしは即席の司令部にいる。実際には騎走鳥獣ウリッシュ部隊の中央に陣取っているけれど、司令部もアセレアとふたりだけなので、司令部にいるなんてというと誇張かしら?


騎乗してアセレアに並び、会話をして機を指示を待つ。


本日薄曇り、冬が近いようで風は冷たいけれど、軍団の熱気と中和されているのか、寒さは感じない。


今日のわたしの格好は、騎士団の魔法部隊の制服ローブをアレンジしたもの、腰のところが細く縛れるようになっている白のローブに濃緑色の襟がつき、それに同色のマントを羽織っている。


指揮権はアセレアを始め既存の軍組織に残しているので、わたしは魔法部隊に参加した客将・・・みたいな立場だと自己認識。


けれど、指揮官であるアセレアに、わたしは魔法師のひとりとして完全に戦力にカウントされているようなので、妙な使われ方をされないかが心配だ。


「先見からの伝令が来ました。周囲に罠らしきものはなし。敵はモンスターのくせに廃砦に依って戦う気のようです。敵は目測でおよそ500。悪魔種の目撃情報があるので、多少歯ごたえがありそうです。廃砦は、半壊したいまでも500の兵が籠められるそうなので、斥候の見立てはそれなりに正しいでしょう」


戦い前の緊張とは無縁なのか、むしろいつもより肩の力が抜けた感じで、アセレアが教えてくれる。

そして赤髪の彼女はニヤリと不敵に笑う。


「我々の倍以上。砦にこもっていることを考えれば、城攻め3倍で、2倍かける3倍で6倍の戦力差ですか。けれど、予言しますよ。この戦いは、個の力で敵を圧倒するのです」


やれやれ、まったく。


指揮官がそれほど自信たっぷりなら、わたしごときは何もいうまい。


アセレアは手を挙げ、指令をくだす。あらかじめ作戦書でも渡されていたのだろう、小隊をまとめる人たちが慌ただしく動き、それが皆に伝わる。


「これよりリンゲン廃砦を奪還する! 全軍前進せよ!」




■□■




野戦なら、戦いは通常、矢合わせからはじまる。


もう少し距離が近づくと魔法になり、次に白兵戦が始まる。


けれど攻城戦であれば、攻城用の高火力かつ遠距離専用の魔法、通称『魔砲』の応酬から始まる。


「魔法部隊、魔砲準備! 標的、リンゲン廃砦・・・うてぇ!」


騎士団の魔法部隊に冒険者で魔法を得手とするものを加えて作った魔法部隊、20名ほどから一斉に魔法が発射、飛翔する。


火球、岩石、氷、雷・・・。それらは空高く飛んで、どうと砦に命中し、爆発の煙をあげる。


「全弾命中!」


観測手の叫び。


「相手は止まっているからな・・・」


アセレアが呟く。そして煙が晴れると、廃砦はまったく欠けることなく前と変わらぬ姿。普通なら魔法をぶつけた壁に穴が空いていてもおかしくないけど、遠目ではまったくの無傷だ。


リンゲンの砦は、岩山を土台に石積みで作られた灰色の砦だった。とはいえ魔法を撃ち込んで無事だった壁なので、普通の石積みではないのだろう。


鎧窓や扉はもうついていないけれど、窓や扉自体が小さく、人がひとりでしか通れないように作られている。上部は二箇所に遠距離兵を配置できる通路のようなものがあるようで、胸壁がついている。


「反撃きます!」


廃砦からの打ち下ろしの魔法。相手のほうが高所を占めている分、命中率がいい。


「魔法障壁! 展開!」


魔法部隊が魔法の盾と障壁を展開すると同時、敵の魔法がぶつかる。閃光と爆音。


「守りつつ、撃ち返せ!」


その指示で、お互いに魔砲の応酬が始まる。魔法防御がないものが受ければ、小隊が一撃で吹き飛ぶ魔法だ。魔砲の応酬は、兵たちにとっては恐怖でしかない。直撃はないけれど、爆音と悲鳴が続く。魔砲を使える魔法師は、こちらのほうが数が多いようだけれど、こちらは硬い砦の胸壁に打ち上げる格好なので、地形が不利で有効打を与えられない。


魔法部隊は現在最前線に出ていて、その後ろに歩兵が横陣にひろがり、後ろに騎士団ーー騎走鳥獣ウリッシュ(ウリッシュ)兵とわたしたち『ふたり司令部』があるという位置関係だ。


「リュミフォンセ様。さっそく手助けをお願いしたいのですが」


アセレアがわたしに言う。


魔砲の撃ち合いのなかで最前線に出ろってこと?


さすがに驚き、一瞬目が泳いだかも知れない。


しかし令嬢力を発動して精神を押さえ込み、平静な表情でどういうこと? と目で問うと、アセレアはそれに答えもせずに別の方を向き、指示を出した。


「全隊、微速で前進だ!」


なんと魔砲の撃ち合いをしながら、陣が前進する。まず陣頭に立っている魔砲部隊、続く冒険者たちもおっかなびっくりだが前に進んでいる。相当練度が無いとできないはずだけど・・・みれば、黒衣の冒険者が味方を鼓舞するように剣を振り回している。エテルナの流れを感じるので、なにか工夫をしているみたい。士気向上の魔法かな?


そろそろと陣が進むと、小さな司令部であるわたしたちも前に出る。


「射程内です。リュミフォンセ様には、リンゲン初日に撃っていただいた、あの獄炎の砲弾ーーあれを敵の魔砲部隊に撃ち込んでいただきたい」


「・・・・・・」


わたしは廃砦を見る。距離は250メートルほど、確かに魔法は届くけれど、遠距離魔法は投擲技術に近い。命中精度をあげるには、魔法とは別の才能が必要なのだ。つまりは飛ばせるけど、的が大きくなければ当てることが難しい。


そもそも、敵の魔法部隊は、胸壁の影に隠れているので、位置も判然としない。


魔砲が当たるだろうか・・・そんな不安を見透かすように、アセレアは言葉を重ねてくる。


「ご安心を。リュミフォンセ様には、わたしの『目』をお貸しします」


はい? 『目を貸す』ですって?






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