第22話 ――長田君サイド――
――長田君サイド――
昨日の昼休みから、彼女氏のいない男子に色々責められ困ってしまった。
別に僕と美晴さんは付き合っていない。美晴さんが意味深なことを言ったようだけど、ちゃんと言葉の裏を考えろ。
僕がモテるわけないことは、お前たちが一番知っていることじゃないか。僕はお前たちの同盟から脱退するなんて、これっぽっちも考えたことはない。いや、考えたことは有るけど、俺だけは最後の一人になっても、この同盟からは抜け出せないと考えていたんだ。
それなのに、色々と言ってきやがって。
それに美晴さんも、この会話が聞こえているはずなのに、我関せずを貫いている。
どう捉えればいいんだ。
僕とのうわさを嬉しがるわけでも、嫌がるわけでもなく、静かに微笑んでいるだけなのだ。
なにか悪いことを考えている? 僕と付き合い始めたという噂から、女子が美晴さんの周りに集まってこなくなったし、メモが回ってこないところを見ると、只のうわさの提供だけじゃないみたいだけど?
僕は、周りの男子の口を塞ぐように、見回した。
「まあ、放課後になれば、すべての謎は解けるさ!」
僕は、探偵のようなセリフを吐いて、ニヒルに笑ってみる。
「なに、余裕こいてんだよ。美晴さんの純潔は、お前には絶対に散らさせないからな!」
僕は、数人の級友から頭を小突き回されてしまった。
ちょっと、調子に乗りすぎたようだ。
そして、謎がいよいよ解ける放課後、美晴さんは僕の手を取って、引っ張って行くのだ。
な、なに、いきなり手を繋いでいるの。僕、異性と手を繋いだことなんて、昨日の美晴さん以外だと、小学校の時のフォークダンスぐらいしかないんだけど……。いや、そのフォークダンスでさえ、異性を意識する高学年になったら、エアーシェイクハンド? 女子が手を繋いでくれないから、手を繋いだ振りをして踊っていたんです。
それを、いきなり手をつなぐなんて……。これはフラグが立ったのか?
落ち着け! 騙されるな! 僕。美晴さんはクォターだ。きっと海外生活の経験もあるんだ。異性と手を繋ぐなんて、普通の生活習慣なんだ。きっとハグやキ、キスなんかも……。
混乱する僕が連れて行かれたのは、下駄箱の近くにある全校生徒用の掲示板。
そこで美晴さんは、ポスターをカバンから取り出して貼れと言う。
なんと僕が見たポスターの内容は、ダンス部、正確にはダンス同好会の部員募集のポスターで、しかも代表の連絡先が僕になっているのだ。
いや、ちょっと待ってください。僕、ダンスなんてしたことがないし、大体、そんなこと一言も聞いていません。
僕が、美晴さんに抗議すると、美晴さんは、シラっと僕に向かって言ったのです。
「長田君って、部活に入っていないんだ。だったら、今度、お願いすることもあるかも知れないから、その時はよろしくね」の意味は、「部活に入っていないんなら、今度、部活作るから、お願いっていう意味に取れない?」いえ「それしか取りようがないよね」って強引に理論をネジまげられたんだ。
僕も過去の経験から、美晴さんの言動には、何か裏があるとは思っていたんだけど…。
僕は心の中でがっくり膝をついた。
美晴さんは、僕の予想の斜め上を行っていた!
言質を取られた僕にもはや逃げ場はない。しぶしぶ納得すると、今度は職員室に行くと言う。
そして、美晴さんは職員室に入ると、ポスターの掲示の完了を山本先生に告げ、空き教室のカギを貸してもらおうとしている。
部室の段取りまでできているのか?! どうやら僕は美晴さんの手の平で、ころころ転がされていただけのようだった。
しかし、ここで美晴さんの段取りにイレギラーが発生したようだった。
山本先生が申し訳なさそうに、美晴さんに言ったのだ。
「美晴さん。申し訳ないんだけど、ダンス部について他の先生からクレームがついた。明日の臨時職員会議で、ダンス部の創部については色々と問題があって、議論をするそうだ。
申し訳ないが、職員会議で承認されるまではカギは貸せない」
「そうなんですか? 先生、その職員会議、当事者の私たちも参加できますよね」
「いや、基本的には無理だろうね」
なんと、突然のエマージェンシーです。
「先生、そこを何とかお願いします。欠席裁判なんて冗談じゃありません」
「まあ、そこのところは、他の先生と協議して……」
「先生、実は私、いじめられていて……、そっちの方が、議題として相応しい気が……」
「わ、わかったわ。出られるようにしておくから」
「そうですか? 先生、ありがとうございます」
という会話があって、僕たちも、明日の臨時職員会議に参加することが決まってしまった。
間髪入れない議論の応酬、弱みを握って切り札を切る。
(こわー。美晴さんって何者なんだ? 都会育ちだとここまで大人に盾突けるのか?)
それから、二人で職員室をでると、中庭に面した西日の当たる渡り廊下を歩いていく。
「美晴さん、残念でしたね。ダンス同好会、創部するのは難しそうですね」
「あら、大丈夫よ。先生なんて学校という社会から出たことが無いんですもの。生徒と先生という立場の違いはあっても」
「あの、美晴さん、言ってる意味が?」
「だから、教育って言う建前だけの世界で生きているのよ。建前って理想でしょ? 誰も反対しない。でも、現実には理想なんて存在しないの。生徒手帳の目標を見ればわかるわよ。
生きる力? 学力向上? これって具体的になんのこと? 言葉の定義づけもできないで、それを図る物差しもない。みんな耳障りのいい言葉に酔っているだけ……。
本当のディベートって奴を見せてあげるわ! それにしても、折角、ダンスが踊れると思ったのに、本当に残念……」
そう言うと、美晴さんは、西日が当たる人通りがほとんどなくなった渡り廊下で、複雑なステップを踏みながら、優雅にくるくると回り始めた。
これがダンスなのか? まるで、美晴さんの周りは時間を止めてしまい、光に反射する髪をなびかせながら、美晴さんだけに流れる時間を相手に、しなやかな動きで夕日を抱いて優雅に踊る。
夕日に映える美晴さんの踊る姿は、ただ、ただ、美しかったんだ。
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