心の病と楽しく生きよう

大和田光也

(はじめに)

病気に楽なものはない。

また、さまざまな病気があるが、どの病気が他の病気よりも苦しいということもない。病気に罹っている人にとっては、その病気が他の何よりも苦しく感じる。


病気の苦しさは、他人と比較されるものではなく、当人が主観的に感じるものだから、すべての病は、当人にとって最も苦しい。


それにしても、精神の病は肉体の病と違って、外見的には健康な人とあまり変わらない場合が多いので、そのことによってさらに苦しみが増す。


肉体の病は肉体を滅ぼすが、精神の病は、肉体と精神の両方を滅ぼす。


私が発症したのは、高校一年の夏休みの時だった。将来の希望と夢にはちきれんばかりに膨らんでいた時だった。

何の理由もなく、徐々に夜、眠られなくなっていった。自分で、どうして眠ることができないのか不思議だった。


この時から精神疾患の苦しみが始まり、現在の定年を過ぎるまで、五十年ちかく苦しみ続けている。今ではもう、死ぬまでこの苦しみからは逃れないと思っている。


精神疾患の治療は、一般的に非常に長期間にわたる場合が多い。五年、十年は当たり前のように治療が続けられる。悪くすると、一生涯、治療を継続しなければならないこともある。それに、一時的に治ったように見えても、再発を繰り返すことも多い。


何よりも精神疾患の人はいつ完治するのか分からないまま、長期間にわたって四六時中、苦しみに耐えなければならない。


本来、人間は生まれて生きていること自体は、さまざまな状況はあるにしても、楽しいはずのものだ。それが、精神疾患の人は生きていることが、苦しみ以外の何物でもないものになる。

家庭生活、社会生活も苦しさを増幅させるものでしかなく、現実の一般社会の生活ができなくなる。だから、精神疾患は、その人の生涯をまるで永遠に希望のない地獄のような一生にする。


私は人生の最も密度の高い時期を精神疾患とともに生きてきた。

どの病気も多かれ少なかれ、そうかもしれないが、この苦しみは決して他人に理解されることはないだろうと思う。


私は、自らの苦しい人生を振り返った時、同じように苦しんでいる人々が、現代においては非常に多くいることを思うと、苦しみながらも生きてきた私の体験を語ることによって、同苦することができるのではないかと思った。


同苦してくれる人がいるということは、大いなる救いになる。健康な人からの慰めも嬉しいが、同じ苦しみに呻吟(しんぎん)している人からのメッセージは心深く入ってくると思う。


私は決して精神疾患を超人のごとく乗り越えたものではない。また、現代医学の治療と違った特別な方法で治したのでもない。

今も現に自らの精神の異常さに苦しみ悩む日々は続いている。


しかし、疾患と共にここまで生きてきたことを誇りとしている。残念ながら、何人かの同病の友人は自らが自らの命を絶った。

その中の最も親しかった人の遺書を見せてもらった時、その言葉の中にあふれる全てのものへの愛情の深さに、私は逆に涙の中で、どんなことがあっても生き抜く決意を深めた。


もちろん私も自殺とは隣り合わせに生きてきた。

私にとっては現在まで生きていることは奇跡に近い。健康な人には当たり前のことが、精神疾患の人にとっては奇跡なのだ。


その奇跡の体験を語れば、現在、精神疾患のために苦しみに沈んでいる人、それほど悪くもないが不安に思っている人等々、多くの人の激励と人生の応援歌になるのではないかと思っている。


また、私の母も精神疾患で長年、苦しみ続けて亡くなった。

私には兄と姉がいるが、私がもっとも母と気が合ったこともあって、最後まで母の世話をした。


そのなかで、骨身にしみて感じたことは、精神疾患の本人自身も、もちろん苦しいが、それと同じように、いやそれ以上に苦しむのは日常的に世話をしている周囲の人達だ、ということだった。


そして、その苦しみを増幅させる大きな原因が、精神疾患の人の心の状態が、なかなかつかみ切れないところにあるのではないか、ということだった。それが分かれば、ずいぶん楽になるにちがいなかった。


それで、精神的に健康な人にも、精神疾患の人の日常と心象風景はどのようなものであるのかを知っていただきたいと思った。


この未熟な一文が多くの精神疾患の人とそれを支える周囲の人々に、少しでも明るい日差しになって、希望を持って生き抜いていただく支えになれば、と祈る気持ちである。


なお、人名は仮名、固有名詞は記号にしているのでご了解願いたい。


   薄暗い作業室にて  筆者

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