現実最後の日

早瀬茸

第1話 現実最後の日

「博士、僕はこれからどうなるのですか?」

 一人の少年が博士と呼ばれる人にそう声をかけた。

「なに、そう不安になることもない。そのまま寝ていれば、次に目を覚ましたとき違う景色が見えてくるだろう。」

 博士は少年の言葉にそう返した。

「と、言ってもこの実験が必ず成功する保証もない。別にお前じゃ無くても良いし、今じゃ無くても大丈夫なんじゃぞ。」

 博士は少し心配そうな顔で少年を見つめながらそう続けた。博士の目線の先には人一人がすっぽりと入るカプセルに横たわっている少年の姿があった。その少年は博士の言葉に首を振った。

「博士、これは僕が望んだことなんです。あの長年、仮想世界の研究を続けていた博士の最高傑作なんでしょう?」

「ああ、それは勿論そうじゃが…。いくら50年以上この研究を続けてきたわしでも失敗するかもしれない。お前さんはまだ未来がある。別にここで取りやめても誰も文句は言わんぞ。」

「いいえ、博士。さっきも言いましたが、僕がそうしたいんです。この実験が成功すれば世界初の出来事なんですよ。それに、僕は子供の頃から夢見てきたんです、仮想現実というものに。だから不安よりわくわくしている気持ちの方が勝っているんですよ。それから、他にやりたがる人居なかったんでしょう?」

 少年は好奇心を抑えられないといった感じで、微笑みをたたえながらそう博士に聞いた。その言葉を聞き、博士はため息をついた。

「まあ、そうじゃな。わしはこの研究ばかりを続けてきて、実績も無い。そんなわしに付き合ってくれる奇特なやつなんてお前さんしかいないじゃろうて。」

「そうでしょう。もし、この僕を逃したら付き合ってくれる人いなくなるかもしれませんよ。」

 少年はそう笑いながら答えた。その少年の顔にはどこかあどけない表情が垣間見えた。

「まあ、それはそうじゃろうな。…じゃが、お前さんはまだ若い。それに、親御さんや兄弟たちだって居るのじゃろう?」

「まあ、居ますが。あまり問題ではありませんよ。僕のことを分かってくれている人たちです。もし失敗して、僕が戻ってこれなくなってもあいつらしいなとか言って笑い飛ばしてくれると思いますよ。」

「…現実はそうもいかんと思うぞ。家族を失って、笑う家族なんてそれは果たして家族と言えると思うのかい?」

 博士は少しいたずらっぽくそう少年に尋ねた。少年は逡巡してから、

「…そうかもしれませんね。でも、僕は夢を諦めきれないんですよ。…と、いうか博士さっきから否定的な事ばかり言って、僕に実験台になるのを止めさせたいんですか?」

「…この期に及んでなんじゃが、わしも少し迷っていてのう。確かに、わしにとってこの研究を成功することは若いときから夢見てきた悲願じゃ。じゃが、そのわしの実験にまだ若いお前さんを巻き込んでしまっていいのかと思ってのう。」

「…いいんですよ。僕はそのことに同意してますから。拒否する人を無理矢理実験台にするのは悪人のやることですが、同意をしている人と一緒にやるのは誰にも否定されることではありません。それに、もう僕たち仲間でしょう?その仲間のやったことだったら、どんな結果になっても僕は恨みませんよ。」

 少年は博士のことを信頼しきった安心した表情をしていた。博士はやれやれといった感じでこう返した。

「全くそのお前さんのまっすぐな心、初めて会ったときから何一つ変わっとらんな。…わしもお前さんを見習って決意を固めるかのう。」

 博士はそう言って、目の前にある機械を操作し始めた。それと同時に室内に機械音が鳴り響いた。

「本当に始めるぞ。…後悔はないかい?」

「博士、人間に後悔がない時なんてありませんよ。家族のこと、友達のこと、仲間のこと、細かいところを言えば家の鍵を閉めたかなとか…あれ?そういえば、今日閉めてきたっけ?」

「ほほほ…、全くお前さんは変わらないのう。見習いたいくらいじゃわい。それにそれは後悔ではなく、不安と言うのではないかのう。」

「後悔と不安はそう変わりませんよ。不安になるから後悔になる。逆もまた然り。」

「まあ、そうかもしれんのう。…本当に始めるが、よろしいか?」

「ああ、初めてくれ、博士。いや、僕に初めて出来た仲間。」

「わしとお前さんの年齢じゃ仲間と呼べるか怪しいところじゃがのう。じゃあ、5秒前からカウントダウンを始めるぞ。」

「ああ、よろしく。」

 5、4、3,2,1……、少年の意識は虚空の彼方へと消えていった。

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現実最後の日 早瀬茸 @hayasedake

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