第75話 傍観者の視点

『大臣!日本各地で暴動が頻発し、もはやC3部隊や警察機構では抑えきれなくなっています。そこには外国の部隊勢力も絡んでいると聞きますが。いったいこの緊急事態にどう対応をなさるおつもりでしょう!?このままでは、沖縄の二の舞いや、今度こそ日本の姿が変わっていきますよ!』

 

 官房長官による定例会見の度に、

ある一人の記者から厳しい口調での質問が飛ぶ。


 最近日本中の各都市で極度に治安が悪化し、暴動が発生している件についてだった。厳しい追及は毎度強い意識と姿勢を保った1人の記者のみが行っていた。


『ご指摘なさったような緊急事態とは思っておりません。我が国の警察機構は優秀で、暴徒に対しても冷静かつ的確に対応しておりますよ。まもなく暴動は鎮圧されるでしょう。

確かに外国人兵士が潜入しているという話はありますが、いずれ米軍や多国籍軍も援助にかけつけるということなので対応は万全かと。・・・・では次の質問』



 私の本が広く世間に普及してからおよそ5年が経ち、日本の街は徐々に変化の度合いを強めていった。


 信用力の落ちた日本では物価の高騰が収まらず、日々の暮らしが悪化するにつれ持てる者への反発が強まっていく。


 自由主義の元での良い暮らしを謳歌してきたと思われる富裕層、有名企業の役員、はたまた大手企業の会社員、国会議員などへも財産を均等に分配しろとのデモが起り、それはやがて群衆化して暴力的なものへと変化していった。

 

 主に西日本を中心に暴動は激化していて、既得権益者が所有する邸宅やビル、商業施設などへ暴徒が押し寄せ、投石や火炎瓶を投げ込み略奪をおこなっているという。


 その姿は鬼気迫るもので、マナーがよく道徳心にあふれ、比較的温厚だと言われた日本人の姿とは思えなかった。


『大臣!それでは私たちの暮らしの差し迫った危機を、防衛を、他国の軍に委ねるという意味ですか?この国の防衛軍は一体どこで何のために今戦っているのでしょう!?』


 質問時間が終わってもまだ納得していないフリーの女性記者から、割り込んでの厳しい質問が飛ぶ。


 暴動が発生した街に対して政府は、まずは過激化する暴徒を抑え込むためC3部隊の隊員を派遣する。

だが規律も意気込みにも乏しい彼らはあっさりと暴徒に対して引き下がる。

すると今度は日本の警察機構、機動隊が出動し強力に対応することで、苛烈な戦闘が始まることになる。


 私はその街の光景を画面上で眺めながら、

これは何度か見た光景、沖縄と同じだと既視感を覚えていた。


 こうなってしまえばもう終わりだ。

それらをどこか諦めに近い感情で眺めていた。


 一旦暴徒たちは機動隊によって制圧されるが、やがてその行動は再び市民に武器を持ってふたたび立ち上がらせることになる。


 その裏には高度な武装と、戦いなれた戦術を身につけた共産主義圏の解放軍の存在があった。

次第に警察では太刀打ちできないようになり、その地からずるずると後退するようになる。


 その間隙を突くようにして、騒乱の地へ他国の企業や慈善団体がこぞって進出し、住民たちへの懐柔目的での手厚い支援を行い、その地はやがて巨大な異国へと形を変えていくのだ。



 依然日本を護るはずの国家防衛軍はどこぞの海へ行って帰ってこない。


 日本の領土が、単一民族の一つ血統による支配が、名目としてはこれまで一度も損なわれることのなかったはずの日本で、その領土と人民の心が失われていくというのに。


 この期に及んで、小さな岩礁を護る目的で出動していった防衛軍は、真に護るべきものを見失っているのだろうか?

国家としての緊急事態にも関わらずどこかの外洋を彷徨って、結果として本土を護れず失うことになるなんて、何という本末転倒だろう。



 『はい次』

『え~大臣、現在南シナ海で戦闘をおこなっている我が国の防衛軍の装備についての質問です。相手国の誘導型短距離弾道ミサイルに対して、我が軍の迎撃システムの精度が若干落ちるという情報が・・・・・』


『大臣!私の質問にまだ答えてもらってません!

私たちの街が、人々が誇りを失われ、生活も出来ずに苦しんでいます!政府としてこれにどのように・・』


 ≪お静かに!!≫


『ははっ・・・・、またアイツかよ?しつけえな、意味ねえって』

『マジうっとうしいわ。はやくつまみ出せよ』


 会見場の他の記者からは、失笑と白けたムードが漂っていた。


『いやっ、ちょっとやめてっ!まだ私の質問が続きが・・・・!』


 やがて国にとってうるさい質問をする女性記者は部屋からつまみ出されていく。


 これは毎度の光景となっていた。

総理や閣僚への会見ではフリーの記者のみが追及した質問を行い、一般紙の記者からは政府を忖度した無難な質問が繰り返されるのみ。


 それでもなお追及を繰り返す記者は、

決まり事を護らないルール違反者として追い出されるのが恒例だった。

もちろん一般の国民から見えない形で。

 

 他の一般紙の記者連中からは一瞬ざわつきが漏れるが、すぐに会見場は落ち着きを取り戻し再び質問が再開される。


『え~では日本の経済状況について、インフレについての質問です。昨今いわゆる低所得者層における暮らし、モラルの低下が叫ばれています。

それは給与、いや物価の高騰により頑張っても報われない。暮らしが厳しいということが言われていますが。その点今後どういった対応をなされるおつもりでしょう?』


『え~近年行政デジタル化によって効率化が図られ・・・・、国民の暮らしに利便性がもたらされ、非常に快適なものとなっていると調査で出ております。

依然光熱費・食費等・生活必需品の高止まり傾向は続いておりますが、通信料に関してはかなり割安な水準へと変わってきており、面白いエンタメに触れることが出来、ずいぶんリラックスした暮らしが出来ていると周りで聞いておりますよ』


 『ありがとうございます』


 この記者たちにはおよそ当事者意識はないのだろう。

自分たちはそこそこ安定した給料をもらい、形だけのジャーナリズムごっこを味わえている。その誇りを味わえさえすれば問題はないのか。

その結果社会が、大衆の生活が崩壊しても、私たちは報道するのが使命だからと、あとは気付かぬふりをして生きていこうとでも思っているのだろうか。

 

 それならいっそ規律の元へ下って何も考えず生きよ。そう忠告したくなる。


 まるで日本には何も問題など起こっていないかのように。

ここ20年以上に渡るネット文化の浸透により、一般の人々だけでなく、いつからか記者までもがやっかいな問題や目に触れたくない問題、政治・社会問題に切り込む気概を失ってしまっていたようだ。


 

 そんな堕ちていく日本の姿を、私も一歩引いた傍観者の視点で眺めていた。


 生まれ育った国が衰退していく過程を眺めているのは切ない気分はするが、規律も自由もどちらも追及できない、どっちつかずの日本ではいずれ愚かに堕ちていくだけ。


 最初は気分転換のつもりだったが、

閣僚から少しは賢明な意見が聞けるかと思って期待して視ていた自分がバカだった。


 集中して眺めていたパソコンの画面をいったん閉じる。


 規律か自由か。

どうしようもない嵐に見舞われて動きの取れない日本の姿は哀れであるが、どっちつかずであやふやな態度をいつまでも続けられるわけはない。


 いずれ飲み込まれる日は確実に来る。

彼らが望むと望まざるにかかわらず。


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