3章

第47話 構造変化

 謹慎が明けてC3部隊に復帰した私は、隊の人間から予告されていた通りに、

以前にもまして心身をすり減らす過酷な任務に当たることになった。


『部隊規則、規律を乱した君たちには、やや特殊性を帯びた任務にあたってもらうことになる。通称”盾の部隊”、シールド隊員と呼ばれる部隊活動だ。

今日から君らは生まれ変わった気分で、特別な活動だと肝に銘じて、心して活動に当たる様に!』


 規則を破った数名の隊員が部隊長に呼び出され、シールド隊員という新たな任務活動を言い渡される。


 その呼称を聞いた時には、また以前のような施設の警護任務に専念させられると、皆が苦虫をかみつぶしたような表情をしていたが、始まった任務はシールドとは何の関連性も感じられないただの肉体労働であった。



 シールド隊員向けの新たな任務地としてバスに揺られて運ばれる先は、

空港や湾岸地域の埋め立て地であることが多かった。

 

 そこでは大型の重機や建築用の資材などがひしめきあい、この地域一帯を開発して大型の建物を建設しようとしている、そんな雰囲気があった。


 そこで私たちはまず大きな穴を掘り、杭打ち機で掘った部分の地盤を固めコンクリを流し込むなど、建築物を作る土台となる土木工事作業に当たらされることになった。


 私たちが整えた穴倉には、建築資材などが運び込まれ部屋のようなものが形作られていく。


 土台や柱などで骨格を作り、そこへひたすら構造物を作り上げていくための物資の運搬作業を手伝う。

カベや排気ダクトや電気設備を設けて、建物としての外観を形作られてくると、そこで私たちシールド隊員はお役御免。

 一つの場所で作業が終わると今度は同じ地区の別の場所へと移動し、また別の土木作業を行うことになる。


 つぎは海岸線へ向けて防護壁の建設を指示され、ふたたび地盤を固めて土台を築き、ブロックを積み上げていく。

 

 周りでは身の危険を感じるほど建築用の重機がひしめく中を、我ら隊員たちはその合間を縫っての作業を強いられる。

理不尽に感じるほど手作業での土木作業、物資運搬作業を強要されても、皆ひたすらに資材を運びつづけていた。


 隊員たちは汗水を垂れ流し、体の悲鳴を上官に訴えながら、なんとか激務に耐えつづける。

『無理ならば帰って構いません、ご苦労様。次の任務予定はありません』

そう言われると、誰もそれ以上文句を言わずに我慢する人が多かった。


 やがて一人二人と身体が動かなくなって倒れていき、作業する人の顔は日々変化していたように思う。

予定も分からないまま、とめどなく続く作業の中で心身の限界を超え、体は悲鳴を上げていた。


 骨が軋む音にこらえていると、

パキリと背中から割れる音がして、頭の中が一瞬まっしろになる。

我慢の限界だった。


 私の肉体もついには任務の過酷さに耐えきれず、しばしの休養を申し出る。

除隊もやむなしの心構えだった。


 すると今度は

『では、有望なシールド隊員向けに代わりの任務を与えよう』と、

この先の展望があることをちらつかされ、有無を言わせず、またその次の日からは別の任務地へ派遣されることになった。


 そこはアジア系の外国人学校であり、ここで以前の慣れ親しんだ警備任務に当たればよいと穏やかな言葉で命令される。


『学校の周りでずっと立っておくだけでいいんだから、肉体的には楽だろう?ただしそれ以上は何もするなよ、反応もするな。ただぼーっと休む気分で人形のようにつっ立っておけばいいんだ』


 以前にもまして強い調子で念を押されて、飾りとしての木偶人形としての役割を与えられる。

私もなるだけ強い意志を持って、その役割に耐えて見せようと思った。


 

 昨今の日本を取り巻く地域情勢は緊迫を既に通り越し、近海では散発的な交戦状態にも入っていると聞く。

この地ではその影響をモロに受けていると見えた。

交戦相手国に近しい存在である、この外国人学校への差別、排斥運動は苛烈を極めていた。


 毎日のように、外国人排斥論を唱えるレイシスト、国粋主義者などによる街宣車や、旗やのぼりを掲げた集団が押し寄せ、その中にはごく一般的な地域住民まで混ざっていた。

皆が嬉々として、学校関係者、生徒たちに向かって罵声を浴びせ続けている。


『コラー下等な××―!○○―!!劣等△△どもがー、また火でもつける気だろうがー!早くこの地から立ち去れー!自分の国へ帰れー!』

『そうだそうだー!劣等○○、野蛮な××どもは我が国から即刻立ち去れー!!』


 一般的なケンカではおよそ聞いたこともない、人間性を徹底的に否定する言葉が辺り一帯に響き渡っていた。

文字にするのも憚られる汚い言葉の嵐。

耳をつんざくほどの大音量での罵声が、意識しないようにしても体全体に直接伝わってくる。


 中には威嚇目的で、石や空瓶を投げ込む人たちもいた。その一部は学校前にいる私たちにぶつかりケガをすることもあった。

それでもなお私たちは誰も何も言わず指示された任務に忠実であり、ただその場で歯を食いしばり立っていた。


 やり返せばそれこそ私たちの存在意義が問われるからだ。

国税で雇用されておきながら、その国民に対して牙をむくのか?と。


 彼らの憎しみの相手は外国人、それも敵性国家の子弟なのだ。市民の気が済むまでやらせてほうっておけばいい。何も傷つけたり殺したりするわけではない、残虐行為をするわけではないのだから。

みんなちょっとした憂さ晴らしさえ出来ればいいのだ。


 その代償として、ここにいる外国の生徒や職員、私たち隊員たちの心は修復不可能なほど大きく傷つくことになったとしても。


 警護と言いながら何もしない。

心の中では誰もが矛盾ややるせなさを感じていただろうと思う。


 ただここにきて、こうしなければ生きていられない、そんな連中がこの場に集っている。一種のお祭りやパフォーマンスなんだ、そう思わざるを得なかった。


 ここで抗議している連中も私たちも、そして生徒たちも。


 この社会の醜く愚かなシステムに取り込まれた機械のように、こうするのが当然かのように振舞って、生きているフリだけをしている。


 誰も何も考えず、行動するフリだけしているのが正しい道なのだと、しだいに考えるようになっていた。



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