第46話 同化
「あっ安西さん時間は大丈夫?家は近いって言ってたけど一人暮らしだっけ?送っていこうか?」
「そっそうです!女の一人暮らしなんで~べつに帰らなくていいんす。アハハハ、むしろここにいた方が安全ってか~、だって五島さん、アタシのことなんか意識してないでしょ~・・・・・」
上機嫌で話す彼女に乗せられ、気が済むまでここに置いてあげてもいいかと思い始めていた。
「・・・・・・てか五島さんはいいんすか~、今日わたしがここに泊っても~?」
酔っているのか私に近付き、上目づかいで懇願をする姿勢の安西さんに、わずかながら興奮を感じている自分がいた。
ただその時点ではもちろん、私から手を出すつもりなど無かった。
「あっうん、もちろん。明日でも明後日でも君の望むままにしたらいいんじゃない?」
「なんすか~それ~、私次第っすか~?はっきり言ってほしいな~。いてほしいのか、そうじゃないのか・・・・・」
「まあそりゃ、いてもいいんだけど。・・・・・その、僕は小説を書きゃなきゃいけなくて、今せっかく謹慎中だし、執筆中の作品が大詰めでさ。かまってあげられないのが申し訳なくて」
「あっ!・・・・・そうっすよね、すんませんでした。五島さんは小説のことがあるのに私一人調子こいて変なこと言っちゃってました・・・・すんません。もう帰った方がいいっすよね。小説書かなきゃだ。すぐ帰ります・・・・」
すっかりだらしない姿勢でリラックスしていたせいか、乱れていたシャツの裾などを整え帰り支度する安西さん。少し悲し気な表情を見せている。
彼女に魅力があったとは到底言い切れないが、様子を心配して来てくれた友人を、このまま自分の都合で追い出すのは筋が違うと思った。
ただそれだけだった。
「いやいいって、いても。いてくれよっ!僕はそばで作業してるけど邪魔とかじゃないから、全然いていいよ!僕は安西さんがここにいてくれると嬉しい。小説のアイデアとか感想とかもらえるなら、スゴイ助かるから・・・・」
その言葉を話している最中、四つん這いの姿勢にて、獲物を狙う動物の様に
じわじわと近づいてくる存在に気付いてはいたが、まさか彼女がそんな行動を取るとは夢にも思っていなかったため、あえて意識しないようにしていた。
横からゆっくりと彼女の顔が近付いてくるのが分かり、鼓動が高鳴る。
「ありがとう・・・・・・大好きっすよ、
五島さん・・・・・」
その時彼女から、かすれ声での甘い囁きが聞こえてきて、その言葉に反応してそちらに顔を向けると、彼女の顔はもう私の目前にあり、接触をする距離にあった。
その瞬間目の前で起きたことをすぐには理解できず、ただ驚きと恍惚の感情に支配され私は硬直し、なすがままになっていた。
誰かに受け入れられたという思いから、目には自然と涙があふれてくる。
安西さんと私は唇を重ね合わせていた。
互いの想いを重ね合わせるように。
そして自分の想いを伝えるように、
唇で相手のことを離さないように動かし続ける。
安西さんは唇で私を押さえつけて 口の中へと熱い息を吐き出していた。
瞬間的にアルコールの香りが鼻に広がって、舌に少し痺れを感じる。
脳がとろけるような感覚がして意識が薄れたかと思うと、快感が一挙に全身に広がっていく。意識はすっかり突き抜けたように快楽が広がり、久々の異性との接触にためらいや疑問を挟む余地などなくなる。
彼女の柔らかい唇はねっとりと私にしがみつき、フィット感が心地よかった。
ここでも二人の相性の良さを確認できた思いがした。
時折出てくる舌の動きによって、私はますます快楽と絶頂感に包まれていく。
キスしたことによる作用だろうか?鼓動は高鳴る一方であり、はたまた幸福感にも包まれていった。
まさかこれまで意識もしていなかった女性、
安西さんとのキスで、このような天にも昇る幸福感を得ようとは夢にも思っていなかった。
私はそのまましばらく彼女にリードを許すカタチで目を瞑り、唇を重ね合わせていた。
それ以上はお互い求めなかった。
まだ自分の感情に少し戸惑っていたし、彼女もキスしただけで満足したようだったので、その後はしばらく二人照れた様子を見せながらつかず離れずの距離を保って、二人で目くばせをとりあいながら充実した時を過ごした。
少し冷静になれたタイミングで、私は彼女から距離を取り作業デスクに座って執筆にとりかかることにする。
すると安西さんも眠いだろうに、私のそばまでやってきて声をかけてくる。
「あのっ五島さん。それって今から小説書くんすか?だったらその間、私もなにかしてたいっす。もしよかったら、小説読ませてもらってちゃダメっすか・・・・?」
「えっといいけど。大丈夫、眠くない?小説はいつでも読めるんだし、安西さんは別に気にせず、眠かったらそこに布団あるから寝ててくれていいのに」
「い~やいいんす!全然眠たくなんてないんす。あっあんなことしたからかな・・・・?いやっすいません」
「いや僕も、そう・・・・だから。え~っとじゃあこれまで書いた作品ならいくつかあるから、それを読んでみて後で感想聞かせて。もし眠かったらマジで気にせず寝てていいからね」
「ハイ!めっちゃ楽しみっす。五島さんの感性に触れるのは興奮するっす~!」
明るい笑顔や喋り方は、いつもの彼女がすっかり戻ったようだった。私もそんな彼女の姿を見るのは嬉しかった。
「じゃあ僕は今から小説書いてるから、安西さんは眠かったらそこの布団使って寝てていいからね。ここふすま閉めとくし、ホント全然気にしないで」
その後私は小説の続きを書きはじめ、彼女は黙々と私が書いた小説を読んでいた、ように思う。
というのも酔いが回っていたのか記憶があいまいで、その後の記憶、小説の執筆作業をしていた記憶ががほとんどなかったからだ。
気付くともう日が明けていて、私はデスク上で眠りこけていた。
彼女はどうしただろう?とすぐに部屋の中を見回したが、安西さんの姿はもうどこにもなく、部屋はキレイに片付けられた後があり、テーブルの上には置き手紙が残されてあった。
『五島さんへ
少し悪いと思いましたが、
あなたが眠っている間に執筆途中の新作を含め、小説は全部読ませてもらいました。
一言でいって素晴らしいと思います。
心が震えました。とめどなく涙がこぼれました。
アナタの作品はきっと多くの人の心を動かし、幸福を与えるような作品になることは間違いないです。
もしそうならなければ世界はおかしいし、私はそんな世界を許しません。
特に今書いている新作が完成すれば、
最も素晴らしく価値のある作品になると感じています。
この調子で今の作品を仕上げて、
あなたの小説を正当に評価してくれる場所を見つけ、必ずしかるべき場所で発表させましょう!
そして世界を変えてやりましょう!
わたしも微力ながら、そのお手伝いができれば幸いです
安西より』
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