第38話 フィルター
あらゆるチリやホコリを徹底排除したクリーンルーム内に入ると、青色のベルトコンベヤー上に電子機器と思しきパーツが絶えず、ひっきりなしに循環している。
ところどころには白の絶縁スーツを身に着けた作業員と思しき人間が、それをチェックするために立っている。
皆下を向いてライン上を行き交う製品のチェックに余念がなく、そしてその作業服からは目だけしか覗いていないせいで、おおよその男女かぐらいしか人物像が判断できない。
コチラの世界、瑠璃が言うところのB面と呼ばれる世界にやってきた三島と麻里香は、数日間はその異様さに圧倒され、商業施設内に籠って過ごした。
施設内で生きる分には申し分ない食べ物は提供されていたから、モール内の大型家具店に2人は居を構えることにした。
この世界を観察しながらしばらくを過ごす。
誰もが他人に関心は持たず、コミュニケーションすら一見取っていない。
決められた工程をなぞるような行動を繰り返している。
まるで機械、プログラミングに従って動く人間の異様さに圧倒されていた三島だったが、そのうち麻里香がこの世界に順応の意思を示そうとしていることに気付いた。
すでにあちらの世界で不治の病から死を決意していた麻里香が、いかなる心境の変化を経たのか、何の活動らしきものも感じられない空虚なB面の世界で生きる気力を生み出すとは。
訝しい気持ちがありながらも、三島は麻里香の申し出に従うことにする。
『とりあえず、私たち何をしたらいいか聞きに行ってみましょう』
近隣の地図情報を調べて、最寄りの役所におもむくことにした。
入ると顔に仮面らしきものを付けた人に案内され、端末の要件の項目にタッチする。
するとまもなく時間と番号が記入されたカードを受け取り、その時間がくると対応の番号が表示された緑色の窓口へと向かう。
何も言われず、まず手首に巻き付ける個人識別バンドを渡され、電源を入れる。
そしてノートパッド型のパソコンと、市民生活の手引きという資料を配布され、それ以降目の前の担当者がコチラを見なくなったので、三島はモール内の施設へと戻り、麻里香と共に手順通りに入力を済ませていった。
大きく図と絵で書かれていた資料の手順に従って登録を終える。
まもなく三島宛へパソコンにメッセージが入り、所定の職場へ出勤し、アナタに与えられた役割を果たすようにと、柔らかい文面のメッセージが届く。
『全て指示に従っていればこの世界、B面?だったかしら、で生きるには事欠かないみたいね。フフフッなんだか生きるってことをすごくバカにされてるみたいで面白いわ。アハハハッ』
少しずつ、以前より活力を取り戻していく麻里香に不気味さを感じた三島は、距離を取りたいという気持ちもあって、指示された職場に通うことにした。
【エラーが出た場合、速やかに当該の工程ラインのイレギュラー製品を取り除いてください。それがコミュニティ市民、三島さんへエポガイア社より定められた仕事です】
持っていた端末にはこのように作業説明が出ていたが、製造ラインに特段の変化はなく、三島はただ作業の様子を黙って視ながら過ごす。
動き回る製品を眺め、それを時折手に取る工員たちを観察するぐらいしかやることがない。とてつもなく長く感じる時間が過ぎていった。
プーップーンップーッ・・・・・。!?
やがて音が鳴り響き、ランプが灯っているのが分かった。
エラーだと判断した三島は、ランプが灯った行員の元へ駆けつけ、不備があったと思われる製品を手に取ってみる。
だが、初めてこの職場に来た三島にはなにがエラーなのか全く見当がつかない。
どうすべきかまごついているうちにランプは消え、また製造ラインはスムーズに動き始めた。
ただ横にいた工員らしき人間はどこかにいなくなっていた。
しばらくして一人工員が戻ってくる。
それが前と同じ人かどうかは分からないし、知らない人間のことなど、どうでもいいと思えた。
―――――――――――――――
≪ウゥゥゥーーーーーーーーン~~~~ッ!≫
辺り一帯にスピーカーからのサイレン音が鳴り響き、各々の隊員たちは背筋を伸ばしてリラックスした姿勢を取る。
≪C3隊員の皆さんは、それぞれ活動の手を止めて各自休憩に入ってください。所定の配給物資を、センター広場前のテントにて受け取ってください。これより一時間の昼休憩に入ります!≫
「じゃあ行きましょっか五島さん」
「ああうん、すぐ行くよ」
仁村くんからの呼びかけに応じ、汗を軽くふいてからいつも通り連れ立って、配給のお弁当を受け取りにテントへ向かう。
「ああ、じゃあB班のみんなもそれぞれ休憩に入ってください!
任務再会は一三○○です。市民の目が我々には注がれています。規律正しい行動をお願いします。以上」
「りょー!」「ラジャー!」「オーライ!」
班長である私が同じB班のメンバーに声をかけると、不揃いながらそれぞれ気さくに返事を返してくれた。
先週から始まった公園内の整備事業は一段落つき、現在は付近の大型の運動施設へと場所を移動し、地域衛生保全部隊のC3隊員は活動をしていた。
男性隊員は、施設内の遊具や器具類の整備。緑あふれる広場の環境整備活動。
女性隊員は、スポーツセンターでアクティブに体を動かすお年寄りの見守り活動や、器具類の整備、清掃活動などを行っていた。
お弁当の配布場所のテントへ向かっている途中で、そばに近付いてくる存在に気付き一緒にいた仁村くんがそっと場所を空ける。
「やっ五島さんどうもっす。今からっすよね?あっちの体育館の横にある建物はクーラー効いてるみたいっすよ」
フラフラ歩いて来た安西さんが、自然な形で私たちに合流する。
「あっじゃあ僕は一人でゆっくりしたいんで、先行ってます」
すると仁村くんは一人離れて、先へと駆けていった。
これはいつもの流れだった。
昼休憩をともにするのは仁村くんか安西さんのどちらかというのが。
男女別の作業なら仁村くんと。女性隊員も同じ活動なら安西さんと、というカタチで。
ただ前に言っていた通り、仁村くんはやはり安西さんとはあまり関係性がない様で、三人でともに休息をとることはなかった。
私も不自然には感じていたのだが、前の職場が同じ中途半端な知り合いとは、知らない人なんかより全然気まずいという理由で避けているらしかった。
私としてもどちらかと言えば、いや趣味や感性が合う安西さんといる時間の方がかなり楽しく、彼女と過ごす時間にリラックスや充実感を感じられていた。
そのため仁村くんの行動を割とすんなり受け入れやすかった部分もある。
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