第31話 適性検査
ぞろぞろと前を歩く人波に引きずられるようにして、私はある電力会社が所有しているという大型の運動施設へと入っていく。
持ってきた地図の書類はしまい、代わりに本人確認のための番号が記入されている書類を取り出して用意する。
受付で立つおじさんにそれを示すと、代わりに首から下げるカードパスを渡され、そのまま道なりに進み最初の建物へ入るよう指示される。
先を歩く数人の男女に続いてその建物へと進むと、入り口に掲示があった。
【地域衛生保全隊員の方々は、それぞれ男性は3階B2会議室、女性は1階のA1レクリエーションルームへとお進みください。】
そのまま前へと進んでいく数人の女性の後ろ姿を眺めながら、張り紙に従って私は3階へと階段を上がり、B2会議室へとすすんだ。
中に入ると既に30人ほどの男性がイスに座っており、誰もが下を向いて資料を眺めたり、ボーっとスマホを見たりしている。
規定通りなら20代から40代までの男性がここにいるはずなのだが、どちらかといえば若々しさやギラつきはあまり感じられれず、皆がすでにくたびれきった中年の集まりといった印象だった。
誰もがそこへ望んで座っているのではないのが明らかで、部屋内には陰鬱な雰囲気が漂い、どこか腐臭のようなものまで漂ってくる、イヤな空気に支配されていた。
その後10分ほど息をひそめて待っている間に、さらに10名ほどの人がぞろぞろと入って来る。
所定の時間になると後ろのドアがカチッと締められる音がして、前のドアから2人の男性が入ってきた。
「みっみなさん、おはようございます」
カッターシャツ姿の、真面目でひ弱そうな中年男性からまず挨拶の言葉をかけられる。
その一歩後ろでは固く腕を組んだガタイのいい初老の男性が、いかつそうな顔をして立っている。
『はよーございま・・・・ーっす』
集まった40名ほどの男性陣からはまとまった返事はなく、ぼそぼそと恰好だけやってるアピール程度のか細い声であいさつが返されるのみだった。
すると今度は、もう一人横にいたがっちりとした初老の短髪男性からも挨拶がかけられる。
「皆さん挨拶は基本です。しっかりやりましょう!あーっ、おはようございまぁーすっ!」
『っはようございまぁーすっ』
大きく張りのある声に導かれるように、
今度は集まっていた人たちからも多少まともな声がでた。
あまりにあからさまなアメとムチの人員配置とやり取りに、私はつい笑いがこぼれそうになった。
「はいでは始めましょう、どうぞ杉浦さん」
満足そうな短髪の老人から促され、ふたたび気弱そうな男性が説明を始める。
「ハイ皆さん、この度はお忙しい中をこのヌのB地区における、地域衛生保全部隊へのご参加のためお集りいただき、まことにありがとうございます。
私は市の地域衛生課の担当課長に、この度任じられた杉浦と申します。
本日は地域衛生保全部隊、通称C3隊員の正式な任務にあたる前段階として、皆さまには事前に健康チェックや身体検査等、審査を行ってまいりたいと思っております」
市の担当者を名乗る人からの“審査”という言葉が発せられると、部屋内から文句に近いざわつきが少し漏れていた。
「えーっそうですね。皆さんも不安に感じられてらっしゃるでしょうから言いますけど、なにぶんこのC3隊員というのはまだ仮発足というか見切り発車的な組織ですので、私どもといたしましても不明なことがいくらかありまして、全員を正式に隊員に任命というのはやはり予算的にも厳しく・・・・・」
「チッなんだヨ・・・・・」「じゃあなんで呼ばれたんだ?」
「ちゃんと詰めてから呼べや・・・・」
「金はちゃんと出んだろうな、おい?」
市の担当者がまず不備から詫び始めると、社会にケチをつけて生きることに慣れているのだろう、数人の中年男性が本領発揮とばかりに愚痴と威嚇めいた言葉を聞こえるようにつぶやきだす。
「しかし安心してください。採用後の任務といたしましては最初は公園整備、植林活動などから初めて、後にインフラ整備、土木工事などを経てゆくゆくは災害時などの復興活動にも派遣される予定です。
ただそれが、ここに来られた皆さま全員を隊員として本採用というわけにもいかないようことでして、申し訳ない」
「派遣ってなんだよ。誰が災害時に危ねえとこなんか行くかよ」
「はあ~思ったよりしんどそうだな。ちっ、どうすっかな~」
陰鬱な男性しかいない会議室内に、さらにざわざわ文句の独り言が広がってどんよりとした重い空気が立ち込め始めていた。
するとそこへまたも横にいる初老の見栄をはった男性から、市の担当者への助け舟が出される。
「もちろん今日の分、そして隊員として採用されないとしても、ここで数日活動準備として参加した分においてはしっかり規定の対価は支払われる。そのはずです!
ねえ杉浦さん?」
「あっハイその通りです」
そして続けて、威嚇たっぷりに集まった男性陣へ自制を促した。
「それでも今の時点で私は参加しないと判断されるならけっこう、現時点でどうぞお帰りください。我々誰もそのような人物にこの崇高な任務が務まるとは思っていません。しっかり気持ちが入って、この部隊へ参加したいという方だけ我々は求めているのです!」
面と向かって大きな声で正論を張り上げられては誰も文句は言えなかった。
だからといって誰もすぐには出ていくこともせず、ただ俯いてこの場をやり過ごしていた。
とりあえず命令してくれる人間のなすがまま後のことはあとで考えようと、私も同様じっと下を向いてやり過ごす。
ふらついて生きてきた人間とはそういうものだ。
「今日に関しましては、この後健康チェックのみを行って解散となります。
続いて明日からは少し体力測定みたいなものを行う予定ですので、こちらで用意する分もありますが、一応トレーニングウエアなど動きやすい恰好を着用したうえで、また同じ時間ここへお越しになってください。もちろん自信の無い方はもう結構ですので!」
横にいる威圧感のある存在に勇気づけられたのか、市の担当者も言葉が勇ましくなっていた。
その後健康診断のため別室に向かう。
まず最初におしっこをとって看護師さんに渡し、ついでに血液を大量に抜かれる。
検査の準備として頭に何かバンドっぽいものをハメられ、キュッとした締め付けが心地悪かった。
その後、身長体重、血圧、心音、視力・聴力等の基本の健康診断を行い、
レントゲン、MRI、CT、脳波、方向感覚等、パンツ一丁にされ、あらゆる診断をやりすぎとも思えるほどあらゆる測定機械にかけられチェックされる。
3時間ほども検査に時間を取られグッタリしたのち、ようやく今日の工程は終わりだと言って解放された。
その帰り道で、再び私は声をかけられる。
見ると前の隊員登録会で声をかけてきた、背の高いひょろっとした男性だった。
「あっどうも、何だかおもったよりすごく長かったですね検査。何をあんなに厳重に調べてるんだろう?」
「ああハイ、そうですね。まあ健康診断タダで出来ると思えばいいんじゃないですか?この前はどうも」
「アハハッ確かに、面白い考えだ。えーっと僕は仁村といいますけど・・・・」
「ああ僕は五島ですよろしく。えーっとそういえば今日は彼女さんの方は?」
「ああ前いた、安西さんですね?僕も前の職場の知り合いってだけで全然彼女とかじゃないですし、たいして仲良くもないです。確か女性の方で招集には参加するとは言ってましたよ・・・・・。では五島さんじゃあまた明日、来ますよね?」
「はい、たぶん」
「いやたぶんて、来てくださいよ。心細いじゃないですか」
適当な会話をして駅前であっさり別れた。
ほとんど面識のない男とこんなにフランクに会話できたことが、自分でも意外だった。あの男が単に人当たりが良いだけなのか、またはこのような活動に参加したせいで私の意識になんか変化がもたらされたのか。
人のぬくもりを求めている自分がいたのかも?と、
明日来たらまた何か新しい出会いみたいなものがあるのかを想像すると、小説を書く際とはまた違った希望が感じられていた。
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