第30話 入り口
【島根の山奥にある麗門神社。その入り口から108個あるという鳥居道を半分ほどくぐった先に、参道から外れた一本道がある。
その先には崖があって足元不安定、落石の恐れありとの理由から立ち入り禁止とされているが、岩肌を縫うように進んだ先には洞窟が開けている。
その入り口はお札と結界によって重々しく塞がれていて、侵入不可。まるでその中へ入ると恐ろしい祟りがあると言わんばかりだ。
ただ興味本位でその中へ入っていってしまう人は毎年数人はいるらしい。
その人たちがどうなったのかは誰も知らない、忽然と姿を消してしまうからだ。
誰が中に入ったのかも、その人がどうなったのかも知るすべはない。
ウワサでは異空間へ繋がっていて、別の世界で地獄の苦しみを受けているだとか、天国のような世界で終わることのない快楽に溺れているだとか。
どっちにしてもおとぎ話の戒めのようなものでしょせん噂話に過ぎず、神社としてはこれ以上怪しい人間を立ち入れさせたくない一心から、そのような情報を警告としてを流しているのだろう。信ぴょう性は薄い。
確実なのは、その洞窟へ足を踏み入れた人間は、もう元の人間としては現世に戻っては来れない、その事実だけだ 】
人のほとんど乗っていない、さびれた地方の私鉄に乗り換えてからしばらくすると、この先の目的地だと言われて三島は麻里香から一枚の古びた切り抜きを見せられる。
『ふっ、幼稚じゃないですか?まさか麻里香さんがそんな都市伝説の類に引き付けられてたなんて、僕はその方が事実としてショックですよ』
『あらっ何だかやけになってない、それにショックって何?あっ昨日と今日、私とそれらしいことが何もできなかったってことがそんなに腹が立つ?』
『まさかそんな・・・・わけ。ただちょっと家族のことを置いてきちゃったから、それが』
確かにこの先の旅路を共にする麻里香との間に、昨晩から今日にかけて共に過ごしても恋人らしき仲が深まらなかったことには忸怩たる思いがあった。
麻里香の待つホテルに向かい、何がしたいと聞かれても指一本触れることの出来なかった自分にむしゃくしゃした感情は残る。
だが今はそれ以上に置いてきてしまった存在、妹の瑠璃のことが気になって仕方なかった。
『うそつき』
昨日の晩、瑠璃との約束を反故にし、麻里香との逃避に身を捧げてしまってから何度もメールが送られてくる。
メールを見るたびに三島は何度も悔いた。
そのせいで麻里香との思い出作りの情事にも乗り切れなかったのだろう。
その後も一時間おきに約一通、ひっきりなしに瑠璃からのメールは届く。
『まだ待ってる』
『シチュー冷めちゃうよ』
『兄さん私のこと好きでしょ?』
『プレゼントもいらないよ、兄さんがいればいいの』
『兄さん嘘だよね?』
『ルリのこと裏切った?』
『どこにいるの?お願い教えて』
『死にたいよ』
『兄さんといっしょに死ねばよかった』
メールを見るたびに、瑠璃のところへ飛んでいって抱き寄せたい思いに駆られた。
せめて生きる気力を持っていてくれ。
その一心でついに三島は瑠璃に自分の無事を知らせるメールを送ってしまう。
『ルリごめんな、どうしても僕はこの世界で生きるのが辛くなった。だけど心配しないでくれ、僕は少し遠くの場所に行ってそこで暮らす。
瑠璃はちゃんと自分を裏切らない相手や道を見つけて、どうか幸せになってくれ』
これで安心してくれれば。
その想いが野暮だったと、この時点の三島には知る由もない。
メールを送信すると三島は目を閉じた。
『なあに?それがもしかして置いてきちゃった人?』
『ええ、でももう大丈夫です。僕も全て捨ててきましたから』
麻里香からの声に、不自然な笑顔で返した三島の頬にふいに一筋の涙がこぼれ落ちる。
それに気づいた二人は、互いに目を逸らして笑いあった。
三島のケータイに、すぐさまメールの返信が知らされる。
『兄さんのうそつき。わたしもそこへ行くからじっと待ってて』
まさかの瑠璃からの追跡を知らせるメッセージだった。
そこには添付の画像として、今三島たちがいる位置情報が地図情報で示され、この先のルートまでもが記されていた。
秋の暮れ、肌寒い森の中を進む電車の中で、三島は身の震えを感じずにはいられなかった。
―――――――――――――
【招集日のお知らせ】
先日は地域衛生保全隊員、通称C3隊員に関する説明会へのご参加ありがとうございます。こちらはその隊員活動へのご登録を完了した方へお送りしているメールです。
(身に覚えの無い方は恐れ入りますが、下記の連絡先にある地域衛生課へご一報お願いします)
さっそくなのですが、4月〇日、C3隊員へご参加を決めた方々に正式な業務にあたっての事前準備に入っていただこうと考えています。
最寄りの地域ごとに一か所の施設に集まっていただいて、これからの任務にあたっての身体検査、ブリーフィング等をおこなわせていただきます。
今後の業務内容や用意する物、必要になる心構え等をお伝えし、健康診断等をおこなう予定となっております。
なにとぞご参加のほどよろしくお願いいたします。
もし現時点で活動への参加を辞退なさる方は、下記の地域衛生課へその理由をご説明の上ご報告ください。おって除隊手続きは完了します。※再入隊は認められません。
参加をご希望の方は、当日この通知用紙に添付されている登録用紙、誓約書等への記入を済ませ、なるべく動きやすい服装で、所定の集合場所を確認された上でお越しください。
※集合場所は同封の書類に記してあります。
ご自身の隊員番号とご照合の上、集合場所の確認をお願いいたします。
以上。
五島様の隊員への参加を心待ちにしております。
地域衛生保全協力隊は、
あなた方の地域を護ろうという崇高な気持ちを応援します。
2600年続く美しい国日本。
地域や自然、人々の笑顔を私たちで護ろう!
地域衛生保全課
あやふやな気持ちのままで、地域衛生保全隊員への参加を決めてから間もなく、書面での通知が届いた。
初の招集日の知らせだった。
4月某日。
サクラの花が舞い散る美しい景色の中を歩いていると、私は半ば乗り切れない感情のままこの場所へやって来てしまったことを少し悔いていた。
自分には本業といえる小説への向き合い方も求められている。
このような中途半端な気持ちで執筆作業へも同時に向き合えるのか?
つらい二者択一を迫られている気分だった。
まだ見えぬ活動と先行きへの不安で、どうしても足取りは重たくなっていた。
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