第28話 説明会
入口へ入ると受付に立った男性から、
”地域衛生保全隊員の説明会へお越しの皆さまは二階の方へお進みください”と誘導される。
それに従い会議室のような部屋へ入ると、
既に中には20名ほどの男女が詰まっていた。
ここは若者センターのはずだが一見すると大半がおじさんやオバサンばかりで、中年サポートセンターといった方が的確だろうと感じた。
私は部屋の前方の空いているパイプ椅子へ腰かけると、ぼーっとしばらく小説の世界を頭に浮かべて時が経つのを待った。
すると間もなく私の目の前のドアを通って、説明担当と思しきスーツ姿の男性と女性が入ってくる。
メガネでキッチリ髪を撫でつけた真面目そうな40代ぐらいの男性と、長い黒髪とスラッとした脚の長さが印象的な30前後の女性。
このような説明会は場慣れしていると見えて、どんよりした人々の雰囲気を無視して、ピントがずれた底抜けに明るい声で女性の方が話を始める。
「お集りの皆さーんおはようございまーす!本日は地域衛生協力隊員、通称C3活動説明会への大勢のご参加ー、あらーまことにありがとうございますわー!」
「・・・・・ありがとございまーす」
集まった中年男女からのまばらで張りの無い声では、目の前の女性の腹から出す発声力に遠く及ばない。
「どうぞ、コチラの冊子を自分の分を受け取ってから後ろに回していってください」
もう一人のスーツ姿の男性から来場者へ登録用紙と説明資料が配られていく。
「えーそちらの冊子部外秘ですので、今回ご登録なさらないという方は持ち帰らずに、説明会が終わりましたらご返却のほどお願いします。では説明をどうぞ」
「ハーイそれでは定刻になりましたのでー説明会を始めさせていただきますわー!まずはこちらの映像からご覧くださーい!」
そう言って女性は部屋を薄暗くし、前方のスクリーンへと資料映像を映し出す。
【地域災害・インフラ防衛・衛生環境保護に従事する自衛隊員の活動】
このC3隊員活動のための映像は事前に用意されていなかったと見え、代わりとして自衛隊の映像を30分ほど見ることになった。
要は似たようなことをやるんだというアピールだろう。
だがここに来た覇気のない連中では、映像にあるような過酷なトレーニングや災害救助活動などに耐えられるはずもなく、いくら金をもらおうがやる気もないだろう。
部屋から少しため息や舌打ちが漏れていた。
この映像はやや誇張が過ぎますと今からでも訂正すべきだ。
私も大した意味のない啓発映像などに集中することは出来ず、うっすら小説の構想を浮かべながらぼんやりとしていた。
すると私の斜め前辺りに座っていた、説明担当の女性と目が合うのを感じた。
即座に目を伏せてやり過ごそうとした私に対し、女性はニッコリと微笑みを返すなんて余裕ある対応をしてみせてくれる。
そこでようやく私もうっすら笑顔で会釈を返すことができた。
目の前の女性のように、対人能力に長けた人間にとっては笑顔で返すなど、あいさつ程度のごく自然な振る舞いなのだろうが、それに対し私は30過ぎにもなって女性に照れを見せる中学生のように目を逸らしてしまうとは。
おまけに好みでもない、がめつそうな女性の仕草ひとつに興奮すら覚えてしまっている。
先日のモールでの件といい、私のこのような社会性に欠けた振る舞い全般が、これまで人々に(主に女性に対してだが)不信感を抱かせていたのは間違いないようだ。
そばにいたもう一人の説明担当の男性から女性に耳打ちがされている。おそらく私に関する何かだろう。あまりおかしな奴は相手にするな、とかだろうか。
過去の嫌な記憶がフラッシュバックしたことで自分の姿を客観視してしまうと、このような国からあっせんされた仕事にありつこうと、今パイプ椅子に座っている自分の姿がひどく情けなく思えてきた。
小説を書くためにこの活動をするのではなく、小説が上手くいかない場合の言い訳として私はこの隊員活動を求めているんじゃないか?
この説明会が終わり次第冊子を渡して帰ろう、そして私に見合った手ごろなアルバイトでも探して小説に専念しよう。
私はほとんどそう意思を固めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます