第26話 布告

≪今般、我が国を取り巻く環境には大変厳しさを増しております。

周辺国から我が同盟国に対して威嚇ともとれる軍事行動が幾度となく行われ、もはや我が国としてもこれは看過できない重大事態と捉え、この度、周辺事態法により自衛隊を派遣することを決定した次第であります≫


 お隣の迷惑大国が、ついに西側諸国に牙をむいて全面対決姿勢をあらわにし始めていた。


 西側陣営における重要な基地を抱える日本も大国同士の争いに歩調を合わせることを余儀なくされ、

自衛隊はその本来の役割を一歩押し進め周辺事態法という法律の元、他国と向き合う南洋の前線へと送られることになったらしい。


 それについての総理大臣からの発表のようだった。


 そんな緊迫のニュースをどこか人ごとのように聞きながら、私は頭の中で構想を膨らまし、登場人物たちの動きをパソコンの画面上に思い通りに描写していく。


――――――――――――


『ほらーっまた三島かー!なんで君は言った通りできんのだー!

倒れる時そんな言葉になるかー?

役に入り切れてないからそんな変な倒れ方になるんだよー!』

 

 事前の打ち合わせ通り、主演の男優が舞台袖に表れたタイミングで女優の前に音楽に合わせてリズムよく躍り出る。

そして銃声音と共にバタバタ倒れていく。実際その通りに三島はやったはずだ。


 だがいつものごとく何故か自分だけ演出家からの理不尽な罵声を浴びる。

いつからか三島は、そのことに何も感じなくなっている自分に気付いていた。

―――――――――――――


≪そこでこの日本で生きる各地域の皆様方には、ぜひ自衛隊の隊員が日々担っていた役割を代行していただければと考えています。

・・・・・地域の衛生活動、お年寄りからお子様の暮らしを守る活動、生活を維持するインフラ防衛活動、地域災害における復興支援活動、各種、様々な役割を担ってくれる方々を我々は募集します。

もし我こそはと感じられる方がいるなら国家としてそれを大いに歓迎し、募るところであります―――≫


―――――――――――


『ねえ三島くん、私としてあなたの演技へのアプローチあれで正しいと思ってるわ。みんなだってそうよ。ちょっとアナタは上手くやりすぎてやっかまれたのかも』

 劇団の看板女優、恩田麻里香から三島への励ましの声がかけられる。


『そうですか。まあ僕もそう思ってるんですけど』

 上手く彼女の相手の目を見て話すことが出来ない三島。

こういうところをおそらく演出家は弱みと見ているのだろう。


『ふふっ落ち込まないで、アナタにはきっと別の役割があるのよ。いやきっと』

 確かに美麗ではあるが、どこかはかなげで影を感じさせる麻里香の横顔。

妖艶さがまた彼女の魅力でもあると、皆が言っていた。


 実際彼女が売れているのは演出家と寝ているからだとか薬をやっているだとか、

影で悪い噂している人はいくらもいる。それこそ彼女へのやっかみだろう。


『はい、僕も間違ってないと思ってます。

恩田さんからそう言ってもらえるとすごく自信になります』


『うん、そうよね。ってか三島くんは私のこと恩田さんって呼ぶんだ。

みんな麻里香っていうのに。同じ団員なんだし麻里香って呼んでよ』

『えっと、まっ麻里香さん』

『フフッよろしい』


 呼びかけに微笑みで返して見せた麻里香の目から、一筋涙がこぼれていたことに三島は気付いてしまう。


 その涙が呼び水となり、後の三島の人生に降りかかることになる災厄には、

まだこの時点では当然気付くはずもなかった。


―――――――――――――


≪主に地域での衛生活動、災害時などのボランティア活動、それら公共事業に労役を供出してくださる方は、後日地方行政、公共団体等から発信される行政ニュースや地域情報を適宜ご覧になってください。

いずれにいたしましても、我ら政府は完全に同盟国と一致団結して事に当たり、皆様方の暮らしや仕事、経済活動を完全に守り抜く所存であります。

皆様方もぜひそれぞれの場所で地域で役割を果たし貢献してくだされば、我らとしてもおおいに勇気づけられるところであります!≫


 総理大臣による会見が30分ほどで終わる。

緊急時ということで、記者からの質問へは一言二言答えただけで去っていった。


 要するに他国との争いのため外海へと出動した自衛隊の代わりに、国土を防衛してくれる人材を募っているということらしい。


 名付けて、地域衛生保全隊員(CHCC)

コミュニティヘルスコンサーベーションコープス。

通称C3(シースリー)部隊というものを発足させるということだ。


 昨今の不況のさなか失業者もあふれているということで、その人材をいわば自衛隊の下請け組織として国が雇用して、公共事業などに当てさせようという思惑もあるらしい。


 私は小説を書きながらこの会見を聞いていて、すぐにこの活動へ応募してみようかという考えが頭をよぎっていた。


 ほとんど嘘みたいなフィクションの世界が現実を侵食しているようだった。

世界が私に小説を書くことを求めて、現実の世界を改ざんしつつあるような。


 このような緊張した世界の元では、

もはやありふれた作り話など誰も読む気分にもならないだろうが、私にとってはかっこうの執筆環境が整えられているようで、見えざる意志の存在にプレッシャーを感じずにはいられなかった。


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