第22話 サイン会
『サイン会の整理券をお持ちの方は、
こちらへスペースを充分に空けて、順番にお並びくださーい』
書店の前で店員がお客に向けて呼びかけている。
私の持つ整理番号は11番。定員は50名なので、わざわざ開店すぐに来て購入するまでもなかったようだ。
私は今日小説家、宮藤レイヤのサイン会に参加するためショッピングモールの中にある大型書店までやって来ていた。
最近の売れ筋らしいと、
先日書店のおばあちゃんから教えてもらった小説『あの世で君と添い遂げる』
通称“ノヨソイ“というらしい、
その作者が宮藤レイヤだ。
不治の病に見舞われた男女の悲恋を描いた話。
病魔に襲われて余命幾ばくもない彼女のために、遠く離れた場所にいる彼氏がメッセージでやりとりする話で、めっちゃ泣けると若者に大いに受け入れられているという。
そこから私は次回作に臨む上でのヒントを得ようとしていた。
ただ人が一人死ぬだけの話をことさら大げさに悲劇的に描くことで人を号泣させられる小説となるなら、その手法を取り入れない手はない。
男女の恋愛話を描く中でどっちか一人を病気で死なせるぐらい簡単なこと。
私はこの単純な設定を次回の作品に取り入れることにした。
さらに分析を進めていく中でノヨソイについて調べていると、その作者である宮藤レイヤのサイン会が近場のショッピングモール内の書店で行われることが分かり、この作者からさらにヒットする小説の秘訣めいたものが分かるかもしれないと、初めてこのようなサイン会に参加してみることに決めたわけだ。
サイン会の場所である大型書店は以前警備担当として勤めていたショッピングモール、正にその内部で営業していたため、やや緊張してやって来ることになったが、ただ昨今は時期関係なくマスクは社会人の標準装備となっており、そこにメガネをかけるだけでもはや私と気付く人はいないだろうと思われる立派な変装になった。
わざわざ開店と同時に書店へ向かい、
買いたくもない小説ノヨソイ(2400円、最近は物の値段が高騰している)を購入してまでサイン会への参加資格を取った。
小説家になるための何かしら身になる経験になればいいが。
午前11時からのサイン会が始まる。
書店内に並んでいるのはまだ20名ほどで、それも私の後ろの数人は何度か見たことのある顔で、書店員がサクラとして並んでいるのは明らかだった。
まあ一人当たりの質問できる時間が増えるならいいかと考えながら待っていると、サクサクと思ったより早く列が進んでいく。
向こう側にはおそらく作家の宮藤レイヤがいると思われる、パーティションで囲まれているスペースがあるがどのようなやり取りが行われているのかはうかがい知れず、まさか質問の時間はなく、流れ作業的にサインだけもらって終わりじゃないだろうな?と不安な気持ちになっていた。
10分ほどで私の順番がやって来る。
囲いの入り口でスーツを着た男性に購入した小説と整理券を見せると、不審者を見る目つきでじろじろと見回される。
すぐに金属センサーを身体に通され、消毒液を身体にシュッとかけられる。
思わず目を瞑っていると、その間に勝手に人のカバンの中身までチェックされるという、大変気分の悪くなる入場検査手順をなんとか我慢した上で、ようやくパーティションの中へ入ることを許された。
『どうぞー』
背中に無遠慮に手を当てた、おそらく出版社の人間に促されるまま進み、
足のマークがあるところで立ち止まる。
そこで用意された簡易テーブルにて座って待つ、宮藤レイヤと思しき人物の前に向かいあった。
「えっ!?」
その瞬間思わず、驚きが声に出てしまった。
『はいっ何でしょう、どうかしましたか?』
心配した出版社の人間から声がかけられる。
「いっいや宮藤さんって、おばさんだったんですね。てっきり若い男性かと・・・・」
思ってたことをつい言葉にして出してしまい、しまったという感情が頭をよぎる。
しかし名前と作風からなんとなく予想していた宮藤レイヤは、中年もしくは若者の男性であり、それに対し現実の目の前にいる人物はあまりに平凡な小太りメガネのおばちゃんで、そのまさかのギャップから素直な言葉がつい声に出てしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます