第21話 共感力

 ほとんどが簡単なダイエット本や、見た目や生き方を改善するための方法論。

または特定の国へ向けたヘイト本や、金が溜まる錬金本、不透明な社会情勢に合わせたサバイバル関連など。

 

 どれもがタイトルを眺めれば読んだ気になれる類の、購買者の関心を引こうと煽り立てる本ばかりで、中身が無いことは明らかなものばかりだった。


 私ならとてもじゃないが読む気がしない。

おそらく購入した人たちも皆そうではないだろうか?

自分がすでに見知っていることを、

再確認したいためだけに購入しているのではないかと思える本ばかりだ。

そこにはなんら想像の余地がない。 


 現状の病気や差別、紛争が蔓延する混迷の社会では、小説などを読んで想像の世界を思い描くゆとりなど、もはや人々にはないのだろう。その表れに思える。

「えっと、こういうのが今売れてるんだ・・・・へえ」


「まあ売れるって程じゃないですけど、ボチボチですね。私もあんま分からないんですけど、そういう本がよく配本されるから仕方なくってのもあるわねえ」


 絶望的な状況を知っても、わずかなりとも

希望めいたものも探さずにはいられない。

コミックスの横の棚に、わずかだがライトノベルコーナーがあるのに気付く。


「あそこライトノベルって漫画の絵が入った小説があるけど、あれは売れてるの?」


「ああまあね。たまに買っていく子はいるね。今は条例でスケベな雑誌全般がダメになったでしょう?

お兄ちゃんたちの頃はよくスケベな本買ってくれてたわよね?あれもけっこうな売り上げになってたんだけど、その代わりに買ってるんじゃないかって思う時があるわね。」


 そういえば昔、この店でしばしば隠れながら読んでいた青年向けエロ本漫画雑誌や、成人向け投稿誌等は全く見当たらなくなっている。

一般の漫画雑誌に挟んでドキドキしながら買ったものだ。


「今の子はほら、インターネットがあって、

写真の裸とかには見慣れてるでしょう。

それになんだか最近の子はアニメやゲームの絵ばっかり見てるみたいで、

だからなのかアニメとか漫画のやらしい絵が好きな子が多いみたいだね。

私にはもう何が何だかさっぱり。世も末だあ~」

「・・・・・ああそうですか」


 いちおう相槌は打っておくが、

アニメ絵でしか興奮できない若者たちの気持ち、感性を否定しきれない自分もいる。

私もかつて、人間関係に苦しんだ10代の頃に、アニメ絵によって慰められる体験をしていたからだ。


 人間としての魅力がアニメの絵に負けるのは生物としてどうかと思うが、

この情報自体は希望として捉えることが出来そうだ。

想像力が現実に打ち勝つ要素があるということだから。



 あんまり長居して質問攻めにするのもどうかと思い、感謝の意を込めて、文芸誌一冊と宝くじを購入することにした。


「はい、ありがとうございます」

そしてついでに、ここが本屋で小説家への原点と感じる場所だからか、

はたまたおばちゃん相手で言いやすいだけなのか、初めて他人に面と向かって自分の決意表明をすることにした


「あのおばちゃん、実は僕小説家目指してるんだ。だからそのもし本当になれたらでいいんだけど、小説置いてないって言ってたけど、僕のが出たらここに置いてくれよな」

「はいそうですか。分かりましたよ、頑張ってください」

 

 励ましの言葉を聞き、気分よく店を後にしようとした私に対し、おばちゃんから付け足しの言葉が飛ぶ。

「ああそういえば、小説の配本一冊きてたねえ、これは売れ筋だからって」


 そう言ってその本を示してくれる。ハードカバーでなかなか重厚な本だ。


【あの世で君と添い遂げる】宮藤レイヤ  

 タイトルと表紙を見ると、どうやら不治の病をネタとして男女の悲恋を描く恋愛小説のようだった。

私が好む作風ではない。 


「へえ~やっぱこういうのが売れ筋の小説なんだ・・・・」

また自分が否定されているような気がして私は切なくなった。


「とりあえず置いてるだけで私は読んだことは無いんだけどね、あらすじを見ると病気で余命短い女の子を見守る青年の話って書いてあるね。

感動するらしいわよ。まあたまにあるわよね、そういうの」

「まあ確かに、よくあるよな」


 病気で人が一人死ぬだけの話。こう書くといたって自然なことでたいした面白みはないのだが、そこに若い男女の悲恋を絡めると人は大いに共感してくれるらしい。


 そのことを考えながら、まじまじとその小説を眺めていると、頭で何かがピンと閃くのを感じていた。

なんだ、そんなシンプルなことで良かったのかと、次回作に臨むうえでの大きなヒントを得た気がしていた。

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